第34話
第34話 嵐の前の静けさ


 小鳥の鳴き声が聞こえる。
 窓から降り注ぐ陽射しは、禁忌の森が近くにあるということを忘れさせるくらいあたたかい。
 ようやくシャムロックが目を覚ましたのは、あれから丸一日経ったそんな朝のこと。

 「う……」
 聞こえてきた小さな声に、私達は動きを止めた。
 朝食後にみんなで様子を見、何人かの手当て組以外は外に出てようとした矢先だった。
 ゆっくりと、彼の瞼が開かれる。
 「おお、気がついたかシャムロック!!」
 第一声を発したのは、言うまでもなくフォルテ。
 でもさすがに間近で大声出されたのが響いたらしく、シャムロックが顔をしかめた。

 「ちょっと、いきなり大声出すんじゃないの!!」
 「いや、大丈夫。ちょっと頭に響いただけだから……」
 たしなめるケイナにフォローするシャムロック。
 まだ体調は万全とは言えないけど、あの大怪我でここまで回復すればいいほうだろう。

 「それより、砦は? 私の他に生き残った者は……」
 沈痛な沈黙が降り注いだ。
 それは否定の言葉よりも残酷な答え。
 「だめ、でしたか……やはり……」
 「私達も生き残りをできるだけ探そうとしたんだけど……」
 「正直、全滅としか言いようのない有様だった」
 ケイナの言葉の続きをネスが引き継ぐような形で告げる。
 「すまねえ……」
 フォルテの謝罪が痛々しく響く。
 ビーニャに気づいたときにはもう全員やられていた。それはみんなわかっている。
 でも、誰の顔にもやりきれないような表情が張り付いていた。
 私は知っていたから……それだけに悔しい。

 「いいえ、ふがいない私を救っていただいただけでも充分ですよ」
 シャムロックは無理矢理作ったような笑顔を浮かべた。
 そして、私の方に向き直ると、
 「特にあなたにはお世話になりまして」
 「……は?」
 私、何かしたっけ?
 「おかげで助かりました。さすがはフォルテ様にお仕えする従者の方々でんぐっ!?」
 さらに続けようとしたシャムロックだったけど、あわてたようにフォルテがその口をふさいだためその先は聞けなかった。

 「はははっ……き、気にするなよ
 やけに乾いた笑い声を出しつつフォルテ。
 ……あ、そーか。あの時は「私」じゃなかったんだっけ。
 「いいよ。別に気にしてないから……」
 「それより、今フォルテ『様』って……」
 「あーその……そう、起きたばっかりで頭の動きが今ひとつっぽいんだろっっ!!」
 怪訝そうなケイナの問いを強引にフォルテが遮った。
 当のシャムロックは口をふさがれたままなので「んぐ?」と小さく首を傾げる。

 「と、いうわけでだ! 俺はこいつを落ち着かせるから、ちょっと外出てろ!!」
 「え、あ、ちょっと?」
 やはり強引に話を打ち切ると、フォルテは手近にいたケイナとかの背中を押してドアへと向かわせた。
 みんな釈然としないようだったが、とりあえず言われたとおりに外へと出て行く。
 そして全員出ていった瞬間、ドアはばたん! と大きな音を立てて閉ざされた。

 閉め出されたこっちはといえば、唖然呆然。
 「何よ、あいつ。身勝手ね……」
 「まあ、彼なりに事情があるんだろうな」
 ネスはそう言うけど、
 「そうかぁ?」
 「何か悪巧みしているだけのようなんだけど……」
 弟妹弟子コンビはそうは思ってないようで。
 「シカシ、アノ方デモ動揺スルヨウナコトガアルノデスネ……予想外デシタ」
 「何か弱みでも握られていたりしてな、ヒヒヒ……」
 護衛獣にまでこの言われよう……
 フォルテ、本当に変なとこで信用ないよなあ……

 ついでに言うと。
 「どっちかと言えば、フォルテの方がシャムロックの弱み握ってそうに見えるんだけど」
 『……確かに』
 なんかけっこうハモってますが……
 結局私達のフォルテ観はそんなもんらしい。


 「そちらは一安心として、問題はこれからどうするかです」
 「だな……あてにしていた情報も聞けそうにもねえだろうし」
 ロッカの言葉に、渋い顔してうなずくレナード。
 そしてネスの顔は、それにもまして深刻だった。
 「それ以前に、デグレアが本格的に侵略行為を開始したことが問題だ。トライドラと全面戦争ということになれば、今までのように旅を続けることはできなくなるぞ」
 「しかし、戦の準備にはそれなりに時間が必要でござろう?」
 「それが、唯一の救いといったところだな」
 「それまでに応戦の準備が整えられるってわけか」
 と、マグナが締めくくったところで。

 「そのためにも、伝令が必要なんです……」
 開かれていくドアから、うめくような声。
 そこから出てきたのは……もちろんシャムロック。
 鎧の下からのぞく包帯が痛々しい。
 「ちょっと、あんた! 怪我人が鎧を着こんでどうするつもりだい!」
 「今からトライドラまで砦の陥落を知らせに行くんだそーだ……止めたんだがな、どーしても言うことを聞きやがらねえ」
 モーリンの質問に答えたのは、シャムロックの後ろから現れたフォルテ。
 その目と、頬を伝う脂汗が「まったくこいつは……」と語っている。

 「フォルテさ……いえ 彼から、詳しい事情は聞かせてもらいました。お世話になった皆さんにお礼もできないのは心苦しいですが、事態は急を要するのです。一刻も早く、生き残りである私がこのことを知らせないと……」
 シャムロックの言ってることは正しい。
 でも、彼は立っているのがやっとの状態。誰が見たって…
 「だからって、そんな状態で行くなんて無茶だわっ!」
 ミニスが叫ぶ。
 「無茶でも、やるしかないんです!私が急使として走らねば、トライドラだけでなく、聖王国が危機にさらされる……」
 「お前さんじゃなけりゃダメなのかい?」
 妥協案とばかりに、レナードが口を挟んだ。
 「騎士である私の言葉だからこそ、遅滞なしに領主まで伝わるのです」
 シャムロックの答えに、全員顔を見合わせて笑った。

 「そういうことなら止められないわね?」
 「いたしかたあるまい」
 「もうひと頑張りできるかい、アメル?」
 「ええ、もちろんです!」
 何の事やらわからずに、シャムロックはぽかんとする。
 「俺達があなたをトライドラまで無事に送り届けるんです」
 「な、言っただろ? 俺の『仲間』はこうするって」
 マグナとフォルテはそろって力強い笑みを浮かべた。







 というわけで。
 私達は再びトライドラ方面の街道を進んでいた。
 特に何かに襲われるということもなく、道中は久しぶりに和やかだった。
 なので、談笑しながらの平和なひととき。

 例えば……
 「きついようだったら言ってくださいよ、シャムロック……さん」
 「呼び捨てでかまいませんよ。堅苦しいことは抜きにしましょう」
 「あー……うん、ありがとうシャムロック。私のこともでいいから」
 「お前はその堅苦しい言葉遣いをなんとかしろよな。疲れるったらないぜ」
 「はあ……」
 「勝手なこと言ってんじゃないわよっ!!」
 ばしぃっ!とケイナの裏拳が久々に決まる。
 いきなりの夫婦漫才にシャムロックは唖然とした。
 「……あれはいつものことだから気にしないで」
 「はあ、まあ……あの方らしいというか……」
 ……なんて具合で。

 誰もが目的や状況を忘れたかのように。
 実際スルゼン砦のことからずっと、みんなでのんびりすることなんてほとんどなかったからなあ……
 ずっと神経使うよりはいいだろう。
 たとえ、それが嵐の前の静けさだとしても。






 そしてそんな時間が終わりを告げたのは、トライドラに到着してシャムロックが付き添いのフォルテと一緒にお城の中に入って行ってから。
 「……辛気くせぇ」
 バルレルがぽつりと言った。
 「騎士の街だって言うから、期待してたのによぉ……」
 「そういえば……」
 遅ればせながら、みんなも気づいたらしい。
 一言で言えば、活気がない。
 いくら何でも、通行人の話し声ぐらいはするだろうに。

 「それに、何か変な匂いがします……」
 レシィが辺りを見回す。
 ハサハに至っては完全に怯えてしまい、さっきからマグナにしがみついている。
 みんな首を傾げるが、原因がわかるわけがない。
 ……まさかとっくに街が乗っ取られてるなんて。

 そう思うと、なんか空気までねっとりした嫌なシロモノのような気がした。
 ここにはキュラーがいる。
 胸騒ぎがして、落ち着かない。
 「さん? どうしたんですか?」
 「あ、平気平気。なんか落ち着かなくて」
 アメルにそう言うと、ゆっくりと深呼吸。
 ……怖がってちゃダメだ。

 「……お待たせしました。領主、リゴール様との謁見がかないそうです」
 不意に、シャムロックの声が響いた。
 全身を駆け抜ける緊張感。
 いよいよだ……







 再び城の中で待たされ、謁見の間に通され。
 見た目は威厳と貫禄に満ちた領主様。危機を知らせるための謁見。
 それがすぐ崩れることは知っている。
 でも、それを抜きにしても嫌な感じは強くなるばかり。
 さすがに半分くらいの人がおかしいと思い始めたらしい。
 別の意味で緊張した顔。どこかピリピリした空気。
 平然と報告するシャムロック達の声も、ほとんど耳を通過するだけ。

 「……っ!?」
 突然、寒気が走った。
 この感じ、どこかで……?
 「……ふふふっ、くくくっ……」
 「領主様?」
 記憶のたぐり寄せを中断させたのは、目の前に座る領主の笑い声と怪訝そうな問いかけ。
 今までの威厳や貫禄は一気に消え、かわりに歪んだ笑みが領主の顔に浮かんでいく。

 「ひゃーははははっ!! それが本当ならばまたしても重ねて礼を言わなくてはなぁ?なにしろ……」
 「ワタクシは労せずして、あの方の望む『鍵』を手に入れたことになるのですからねぇ」
 領主の言葉を継いだのは、玉座の陰から現れた人物。
 息を、のむ声。
 「しかも、『器』まで一緒とは好都合ですよ」
 そいつの視線がこっちに移った。冷たい、刃物のような……
 ……!
 思い出した!ゼラムでレイムに会ったときの、あの感じ……!

 「てめえ……一体、何者だ!?」
 フォルテの怒号にも、そいつはどこ吹く風。
 「ワタクシはキュラー、貴公達のことは同輩より耳にしております。スルゼン砦でガレアノを倒し、ローウェン砦ではビーニャを退けたご活躍とのこと」
 「ってことは、お前さんもデグレアの手先ってわけかい」
 それぞれが武器を構える。
 ……未だ状況が飲み込めないシャムロックを除いて。
 キュラーはそれを満足げに見つめ……
 「仰せのとおりで。しかし、ワタクシはあの二人よりいささか勤勉でしてな。貴公らがおいでになる前に、命じられた仕事を終えております……」
 どこか楽しげな口調で告げるとともに。

 「ぐっ、ぐるるぅぅっ! ぐゲっ、がアっ!?」
 「領主様っ!?」
 胸をかきむしり始める領主。
 その目が爛々とした光を帯びる。
 「ククク……さあ解放なさいませ、貴方の黒き衝動を……いざや、鬼へと変じませいっ!!」
 「ふゲがアぁァぁッ!!」
 絶叫の後、そこにいたのはもはや人間ではなかった。
 どす黒い肌、岩のような角。ぎらぎらとした目。
 申し訳程度にまとわりついたぼろ布のような服だけが、それが領主であったことを物語っていた。
 「リゴール様ぁっ!?」
 シャムロックが悲痛な叫びをあげた。


 ……どくん。
 私の中で、何かがうごめいた。



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久しぶりに早く、短めにできました。次はしっかり書き込みたいのでこの辺でストップ。
やっぱり扱いの悪いフォルテ。マグナ達も従者どころか悪目立ちする集団のような……(汗)
とあるプレイログサイトで「このメンツが従者に見えるなんて……」とあったときにはうなずきつつ大爆笑しました。
次はVSキュラー。……時間かかるだろうなー……(遠目)