第37話
第37話 再会と出会いは波乱の前奏曲


 潮の匂い。潮騒。
 畳の感触。木の天井。
 帰ってきたんだなあ、と思う。

 モーリンの家の前で、「ただいま」「おかえり」を言い合ったのは少し前。
 荷物を置いてから、道場の畳の上に寝転ぶと安心感が押し寄せてきた。
 ここを出てから波瀾万丈な日々が続いていたし、まだ問題は解決していないけれど。
 くつろげる場所があるのとないのとではやっぱり違う。



 さて、と。
 「疲れもとれたし! そろそろメイメイさんのとこ行くかなー」
 「ああ、そうだな。行こうか」
 …………………………
 へ?
 「何を驚いているんだ?」
 「何って……」
 そりゃ、ごく自然に独り言に乗られちゃあ……
 第一……

 「あのさあ、ネス? 私、占い師さんの所行くんだけど?」
 「彼女のことについて聞くんだろう? だったら、僕も行く」
 ………………はい?
 「彼女については、僕も気になることがあるからな」
 「気になる? ……って、まさかネス……」
 かすかにネスの体がぴくんと震えた……気がした。
 もしかしてと思いつつ、続ける。
 「……好みのタイプとか?」
 「違う」
 憮然とした表情で返された。





 で、結局。
 「あんまり期待はできないかもよ?」
 「何も知らないよりはいい」
 ……ついて来ちゃったんだよねー……やっぱり。
 もっとも、まずはお酒調達しないといけないんだけど。
 一応マグナ達に聞いてみたんだけど……あの状況で持ってるわけなかった。

 とりあえず、近い上通り道ということで選んだのが下町。
 お店の人に頼めば、一本くらい売ってくれるかも。
 ダメだったら、遠回りだけど市場通りで買う、ってことで。

 さて、お酒売ってそうなとこ……やっぱり酒場とかかな?
 そう思いながら辺りを見回していると。
 「―――――――――っ!!」
 いきなりがしっ、と誰かに抱きつかれた。
 え? え? え!?

 「誰だっ……って、君は……」
 ネスは怒鳴ろうとしたみたいだけど、相手を見てぽかんとした。
 ふさふさの耳としっぽ。これは……
 「ユエル!?」
 「知ってる匂いがしたから、もしかしてと思ったんだ! 元気だった?」
 「あ……うん。ユエルはどうしてここに?」
 「あのね、ここのおばちゃん達のお仕事手伝うことになったんだ! そうしたら、食べ物分けてくれるって」
 ああ、あのイベントね。
 惜しいもの見逃したなあ……

 それはさておき。
 「ねえ、この辺りでお酒一本売ってくれそうなとこ知らない?」
 「お酒? ユエルは知らないけど……おばちゃんに頼めば売ってくれるかも。一緒に行こう!」
 そう言うなり、ユエルは私の手を引いて歩き出した。

 「驚いたな……」
 なんとか後に続きながら、ネス。
 「あの時とはまるで様子が違う……」
 「知ってるの?」
 「ああ。ゼラムで盗みをしていて……捕まえようとしたマグナが引っかかれていた」
 そういえばそんなイベントもあったっけ。
 マグナ……ご愁傷様。

 そんな会話をしてるうちに、一軒の店にたどり着いた。
 ユエルがその扉を思いっきり開ける。
 「ただいまー、おばちゃん!」
 「おやユエル、おかえり。……お客さんかい?」
 「うん、あのね……」
 「手土産にお酒が欲しいんですけど、何かいいのありませんか?」
 私が尋ねると、おばちゃんは「ちょっと待ってておくれよ」と店の奥に引っ込んだ。
 どうやら、お酒の方は問題なく終わりそう……

 「ねえ、……トリス、ユエルのこと何か言ってた?」
 さっきまでとは打って変わって、元気のない表情のユエル。
 「え、別に何も。……どうしたの?」
 「うん、あのね……」
 なぜか、言いにくそう。
 なんとなく、悪いことがばれそうな子どもを連想した。
 「ユエル、トリスに……」

 奥に引っ込んでいたおばちゃんが、瓶を片手に戻ってきたのはちょうどその時だった。
 「お待ちどう! これならそんなに高くないし、口当たりもいいからちょうどいいよ!」
 「あ、はい。ありがとうございます」
 「あ、そうそう。ユエル、届け物を頼みたいんだけど」
 「……うん!」
 ユエルは一瞬戸惑ったような顔を見せたけど、すぐに元気よくうなずいた。
 それからちらりとこっちを見て、
 「後で、また来てくれる?」
 「いいけど……」
 「絶対だよっ!」
 そう言うと、何事もなかったかのようにおばちゃんから荷物を受け取って出ていった。

 「……何なんだ、一体?」
 「さあ?」
 私とネスはといえば、首を傾げるだけだった。





 「メイメイさーん! ……って、あれ?」
 店に入ったはいいけど、当の本人の姿はなし。
 おかしいなあ……出かけてるのかな?
 「いないようだな……出直すか?」
 「うーん……とりあえず、もうちょっと待って……」

 「ん〜? だぁれぇ〜〜〜?」
 下の方から妙に間延びした声が聞こえてきた。
 まさか……
 声のした方角を見れば、酒瓶片手に寝転がっているメイメイがいた。
 例によって、顔は真っ赤。

 「あらぁ、〜。いらっしゃ〜い……」
 「どおりで、姿が見えないと思えば……」
 「だってぇ〜、せっかくいいお酒もらったんだものぉ〜。飲まなきゃもったいないじゃないぃ〜、にゃはははははっ!」
 悪びれもせずにメイメイは言った。
 あ、ネスが「大丈夫か、こいつ」って顔してる。無理もないか……

 「で、ここに来たってことは……そこの彼との相性でも見たいの?」
 「違います」
 ネス、即答。
 よけい嫌そうな顔になってる……早く用事すませた方がいいな、これは。

 「あの、ちょっと聞きたいことが……この前もらったこれのことなんですけど……」
 首に下げているネックレスをつまむと。
 「ああ、あの子のことね」
 「あの子って……やっぱり知ってるんですね!!」
 ……反応したのは私じゃなくてネスだったりする。

 「教えてください! 彼女は……」
 「……聞いて、どうするの?」
 静かにかけられる問い。
 それに対するネスの返事は……なかった。
 顔色も、心なしか悪い。
 「ネス? どうしたの?」
 「ああ、いや。何でもないんだ。何でも……」
 …………?

 「ま、そうは言っても本人は不安よねぇ。んー……」
 考えることしばし。
 そして、メイメイはおもむろにぽん、と手を打った。
 「あの子と話してみる?」
 「……はい?」
 「今、あなたとあの子の心は繋がっているようなものだから……私が術で精神に干渉して、あなたとあの子が話せるようにするわ。かなり難しい術だから、ちょっとの間しかできないけど。……どうする?」
 「……つまり、心の中に行って話をしてこい、ってこと?」
 「んー、そうとも言うわね」
 あっさりとメイメイはうなずいた。
 何でもありだなあ、この人…

 でも、確かに直接話せれば何かわかるかも。
 「……お願いしてもいいですか?」
 「うん、それじゃそこに座って。それから目を閉じて」
 言われたとおりにイスに座り、目を閉じて。
 額に何かが触れる感触を最後に、意識がゆっくり遠ざかっていった。



 「……あれ?」
 ここ……私の部屋?
 机に本棚、ベッド。そして、パソコンにPS。
 どう見ても、元の世界の私の部屋だ。

 こんこん。
 「……はい?」
 返事をすると、誰かがドアを開けて部屋の中に入ってきた。
 その姿を視界に収めた瞬間……私は絶句してしまった。
 体格、顔、髪型に服装。どれをとっても、それは私だったから。

 「……ごめんね」
 「私」がぽつりと言った。
 「私が、あんな事を頼んだから……」
 ……あんな事?
 まるっきり心当たりがないんだけど……
 「こうなるってわかってたら、違う方法も取れたのに……あなたを消しかけることもなかったのに……」
 そう言いながら泣き出す「私」。
 あー……なんか、背中がかゆいっ……
 泣かれるだけでもしんどいのに、それが自分と同じ顔じゃ……

 「あー、もう……泣かないでよ。別に怒ってないからっ」
 私はぽんぽんと「私」の背中を軽く叩いた。
 「……っく、でも……」
 「なっちゃったものは仕方ないでしょう。それより、これからのことを考えようよ」
 ……って、これを「彼女」に言うとは思わなかった……
 イメージしていたのとかなり違うし。
 なんか、妹を励ましている姉のような気分。
 「私もいるから。一緒にがんばろう、ね?」
 だから、こんな言葉もあっさりと言えた。

 「……ありがとう。よかった、あの時と同じあなたで……」
 「私」はようやく泣きやんで、弱々しく微笑みながら言った。
 ……あの時?
 「えーと……初対面、だよね? 私達」
 「あなたはね。でも、私はずっと昔にあなたに会っているのよ」
 ……何それ?
 なぞなぞのような言葉は、よけい私を混乱させるだけ。
 「それで……結局誰なの?あんた」
 「私は……」

 強風に吹かれたように、全てが流れて消えたのはその時だった。




 気がつくとまず見えたのはメイメイの顔だった。
 それから、額に彼女の指が触れていること。
 「……やっぱり、これぐらいが限界ね」
 メイメイはため息をつきながら私から離れた。

 「……どうだったんだ?」
 離れて様子を見ていたらしいネスが問いかけた。
 「どうって言われても……ちょっとしか話せなかったし。誰なのか聞こうとしたところで終わっちゃった」
 「そうか……」
 ネスは残念なのか、ほっとしたのか、いまいち判別のつかない表情を浮かべた。

 「見た目は私そっくりだったけど……」
 「あ、それは当てにしない方がいいわよ。あそこでは実体なんてないもの。あなたの意識の中でとらえた形に見えてるだけよ」
 「え?」
 「つまり、の場合はあの子を『もう一人の自分』というふうに思っているから全く同じ姿に見えた、ってこと」
 「……なるほど」
 私とネスは同時にうなずいた。

 「それで、どう? まだ不安?」
 「うーん……ないって言ったら嘘になるけど……一緒にがんばるって約束したし」
 「……そう」
 メイメイにはそれだけで充分だったらしい。満足そうに笑みを浮かべると、いつものイスに座った。
 「まぁ、多少のことなら大丈夫よ。また何かあったらいらっしゃい」
 「そうさせていただきます。……これ、この前のお礼も兼ねて」
 酒瓶を差し出すと、メイメイは嬉しそうにそれを受け取った。
 「わお、ありがと〜ぉ♪」
 酒瓶に頬ずりまでしてるし。

 その表情が、ふっと真剣なものに変わった。
 「そこのあなたもね、無理しちゃダメよ。そのままじゃ、遠からず自分を壊すわよ」
 すぐ側で息をのむ音がした。
 ……ネス?
 だけど、疑問を口にする前に、
 「それでは、僕達はこれで……」
 ネスが私の腕を引っ張りながら歩き出す。
 「ちょっとネス、引っ張らないでよ!」
 そう言ったけど、やめてくれる気配はない。
 ネスに引きずられるように、私は店の外へ出された。



 「さすがに気づいてるか……全てを知ったとき、彼はどうするかしらね」
 酒瓶をなでながら、メイメイは遠い目をして一人ごちた。






 銀沙の浜まで来たところで、ようやくネスは足を止めた。
 「どうしたのよ、ネ……」
 文句を言おうとしたけど、できなかった。
 覗き込んだ顔は強ばって、大量に汗まで流している。
 震える唇から、かすかに漏れる息。
 「……たかと思った……
 「え?」
 「いや、何でもない。忘れてくれ……」
 軽く首を振るネス。
 まるで何かを断ち切ろうとするかのように。

 「それより、早く下町に行った方がいいんじゃないか?」
 「え?」
 「え、じゃないだろう。ユエルと約束していたの、まさか忘れていたんじゃないだろうな?」
 「……そうでした。行ってきます。それでは」
 これ以上は絶対何か説教が出てきそうなので、その隙を与える前に退散。
 ネスも心配だけど、ユエルも待ってるしね……



 の姿が見えなくなると、ネスティは苦しそうに額を押さえた。
 「僕は、どうすればいいんだ……?もし、彼女が本当にそうだったら……」
 様々なの表情が浮かんでは消える。
 『ネスはネス! 誰が何と言おうと、私が保証する。マグナやトリス、それに他のみんなにだって文句は言わせないわよ!』
 あの身体を見ても、いつもと変わらずそう言ってくれた少女。
 だが……もしも、想像が正しければ。

 「誰か、教えてくれ……っ!」
 それが叶わぬ望みであることは、彼自身がよく知っていた。



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書き直ししまくった結果、こういう話に……後半重っ。
今回は再会と初顔合わせ。後者は顔判明してませんが(どこが顔合わせだ)。
ネス、ごめん……でも、ここらで悩んでもらわないと話が……
次回はあのイベント。