第38話
第38話 友情と因縁の遁走曲(フーガ)


 いつもは誰かしらいて、それなりににぎやかになっている道場。
 でも、今はとても静か。

 ……大丈夫かな、ユエル……さっきからしゃべらないし。
 そう思っていると、ようやく不安げにユエルが口を開いた。
 「……許してくれるかな?」
 「そのためにここに来たんでしょ?大丈夫、ちゃんと話せばわかってくれるよ」
 そして、また沈黙。
 ……状況が状況だから、話がなかなか続かない。
 まして、ユエルと二人だけだから広い道場も寒々しいだけ。
 ……早く帰ってきてよー、ミニス、トリス……





 話は少し前にさかのぼる。
 「トリスとケンカしたぁ!?」
 「ケンカっていうよりは、ユエルが怒って逃げちゃったんだけど……」
 素っ頓狂な声を上げた私に、ユエルは説明を始めた。

 話はこうだ。街のごろつきに絡まれていたところを、通りがかったトリスに助けてもらった。けど、取られそうになっていたペンダントが友達の(言うまでもなく、ミニスのことだ)物かもしれないと言われ、ついひっかいて逃げ出してしまったらしい。嘘をついて取り上げる気だと、そう思って。
 「……でも、後でやりすぎたかなって……謝ろうにもあれから会わないし……」
 「そっか……」
 おそらく、その頃には私達はファナンを離れていたからだろう。
 買い出しに行くことはあっても裏路地とかまで行かないし。

 「……それじゃ、トリスに謝りに行く? そろそろ帰ってくる頃だと思うし」
 「うん。それと、これ……」
 ユエルはポケットから何かを取り出すと、手を広げた。
 そこには大きな緑色の石が付いたペンダント。

 「……シルヴァーナ?」
 確認とかいう訳じゃなく、なんとなくつぶやいた名前。
 でも、ほのかに石が光ったような気がした。
 それを少し寂しそうに見つめるユエル。
 「……やっぱり、帰りたい……?」
 再び石が光る。
 ただ、さっきよりは弱いように見えた。

 「……いいよ。もう、ユエルひとりぼっちじゃないから……」
 ペンダントをしばらく見つめてから、ユエルは再びポケットにしまった。
 「行こう。ユエルが離れ離れにしちゃったなら……ユエルが返さないと」
 まだ完全に吹っ切れてはいないようだけど。
 それは、許してくれないかもという怯えよりも強い気持ちのはずだから。
 「うん。ちゃんと謝れば、二人ともわかってくれるよ」
 だから、背中を押してあげた。





 そういうわけで。
 私達は道場でトリスとミニスを待っている。
 まだ帰っていなかったので、玄関近くにいたロッカに戻ってきたら道場に来るよう伝言を頼んである。
 にしても、遅いなあ……
 まさか、途中でケルマに捕まってるとか……

 そこまで考えたとき、近づいてくる足音三つ。
 ところどころだけど、会話も聞こえてくる。
 「あ、ほら。戻ってきたみたい」
 ユエルがぴ、と耳を立てたところで。
 「? 何、話って?」
 「あれ、ユエル?」
 入り口からミニスとトリスが顔を出した。
 その後ろにはマグナもいる。

 「さ、ユエル」
 ユエルはちらり、と私を見……
 意を決したようにペンダントを取り出した。
 「あーっ! それ、私のペンダント!あなたが見つけてくれたの!?」
 次の瞬間、ミニスはすごい勢いでユエルの所まで駆け寄った。
 目を輝かせて身を乗り出しているミニスとは対照的に、ユエルはしどろもどろで腰が引けている。

 救いの手は違うところから来た。
 「落ち着いて聞いてね、ミニス。そのペンダントは、この子がずっと持っていたの」
 「え……?」
 呆然と、ミニスはトリスを見つめる。
 やがて目に少し涙を浮かべると、今度はトリスに詰め寄った。
 「知ってたならどうして黙っていたの!? 私がシルヴァーナのことどれだけ心配したか……」
 「違うよっ! トリスは悪くないよ、ユエルが返したくないってひっかいたから……っ!!」
 ミニスの言葉を遮ってユエルが叫んだ。
 何ともいえない沈黙が漂う。
 もっとも、マグナは状況を飲み込むのに精一杯みたいだけど。

 「……ねえ、あなたどうして返したくなかったの?」
 「その石を覗くとユエルのいた世界が見えたから……ユエル、帰れなくなっちゃったからそれがとても嬉しくて、だから……」
 答えるユエルの声がだんだん小さくなっていく。
 それでおぼろげながら事情を察したらしい。ミニスは少し沈んだ表情でユエルを見つめた。
 そしてユエルの手からペンダントを取ると、両手に乗せる。

 「シルヴァーナ?」
 ミニスの呼びかけに応じて、石が淡く輝いた。
 ろうそくの炎のように揺らめく光を見ながら、ミニスはしばらく相づちを打ち。
 微笑みながら顔を上げた。
 「シルヴァーナがね、あなたのこと許してあげてって」
 「え……?」
 「あなたが一緒にいてくれたから、シルヴァーナも寂しくなかったって」
 ユエルの表情が、安心したように緩んでいく。
 「ありがとう、ユエル。見つけてくれて」
 「よかったな、二人とも?」
 『うん!』
 ミニスとユエル、二人がそろってうなずいた。

 「もう一つ言うことがあるでしょう、ユエル?」
 私が言うと、ユエルは「あ……」と声を漏らして。
 「トリス、あの時はごめん」
 「いいわよ別に。訳聞いたら納得したから」
 「だけど、いいの? あなた、またひとりぼっちになっちゃうよ?」
 複雑そうにミニスが問いかけた。
 だけど、ユエルはあっさり首を横に振った。
 「ユエル、もうひとりぼっちじゃないから大丈夫だよ!」
 満面の笑みには、曇りなんて一つもない。
 心配そうな様子は、もう誰にも見えなかった。

 「まあ、これで心配の一つは解決したわけだ」
 「うん。あとは……」
 マグナとトリスは顔を見合わせると…気まずそうに私を見た。
 ミニスも似たような表情をしている。
 ……まさか、やっぱり……
 「……何か、あった?」
 「うん、それが……」
 「また、ケルマが決闘を申し込んできたの。今度は助っ人も呼んでいいって」
 ……なんか妙な空気が漂う中、ユエルだけがきょとんとしていた。





 そんなこんなで夕暮れ時。
 中央大通りは、たくさんの人でごった返していた。
 もちろん、ほとんどが豊漁祭で集まった人達なんだけど……でも、今は単なる野次馬。
 なんせ兵士を連れたド派手な召喚師が、変な取り合わせの集団に向かって高笑いしてるんだもんねぇ……
 ちなみにこっちも、ほぼ全員が嫌そうな顔をしていたりする。
 「今日こそは、決着をつけて差し上げますわよ!」
 あー、みんな「何やったんだこいつら」って目をして見てるよ……

 「ケルマ殿。私怨に目を曇らせてはならぬと、拙者は申したはずだが?」
 説得しようと思ったのか、カザミネがすい、とケルマの前に立つ。
 でもねぇ……
 「カザミネ様……私は女である前にウォーデン家の当主です。愛するあなたと戦うのは心苦しいですが、勝利の暁には栄光もあなた様の愛も勝ち取って見せますわ!」
 ざわっ。
 「まあ!?」
 爆弾発言だか問題発言だかに、反応したのはカイナ……と野次馬。

 「カザミネさん、あなた……」
 「ご、誤解でござるカイナ殿っ!!」
 「忘れてはいませんわ、あの時のあなたの熱いお言葉……」
 「け、ケルマ殿も誤解を招くようなことは……っ」
 「不潔ですっ! 知りません!!」
 「カイナ殿〜〜〜〜っ!!」
 ……哀れ、カザミネ……
 あーあ、さらに野次馬が増えてる……冷やかしまで混ざってきてるし。

 「……帰っていいか?」
 「ネス……気持ちはわかるけどさ……」
 疲れたようなネスの肩を、ぽんぽんと叩く。
 私だってねぇ……やっぱりユエルのとこにでも避難すればよかったかなーって思ってるんだよ……
 「安心しろネスティ。俺らもお前やと同意見だ」
 フォルテの言葉も、全然フォローになってない。
 とはいえ何人かがうなずいているあたり、本音はみんな同じらしい。

 そうしてる間にケルマは、そんなことしている場合じゃないと気づいたらしい。まだもめているカザミネ&カイナに背を向けて、こっちへと戻ってきた。
 「さあ、さっさと始めますわよ!」
 「……ねえ、やっぱり今日はやめない?」
 「何を言いますのチビジャリっ!?」
 「だって、人が多すぎるわよ。巻き込んだりしたら大変じゃないの」
 「ほーっほっほっほ! それぐらい制御すればいいだけのことですわ! まさかできないんですの? 所詮はお子様ですわね」
 「何ですってぇ!? できるわよそれぐらい!!」
 止めるつもりが、逆に挑発に乗るミニス。
 …………まあ、期待はしてなかったけど。

 「今日は今までのようにはいきませんわよ。なにせ、特別の助っ人を雇ったんですからねぇ?」
 今のやりとりでペースが戻ったか、自信満々にケルマが告げる。
 私を除く全員に緊張が走る。
 「厄介だな……ウォーデン家の財力なら一流どころを雇うのも難しくない」
 「いよいよ本気ってわけか……やべえぞ」
 ただならぬ雰囲気は野次馬にも伝わったらしく、空気がぴんと張りつめる。

 そして。
 「さあ、あなたの出番ですわよ!」
 「はいはーい、どうも皆さん、お待たせしましたー♪」
 ……深海よりも深い沈黙が数秒間横たわり。
 『パッフェルさん!?』
 知ってる人は彼女の登場に、知らない人はあまりに(一見)場違いな存在の出現に唖然とする。

 「ごめんなさいねー。恨みはないんですけど、日当2万バームで雇われたものですから」
 笑顔でさらりと言うパッフェル。
 ……それはそれで嫌だ……
 「あの……失礼ですけどパッフェルさん、戦えるんですか?」
 戸惑ったまま問うロッカに、しかしケルマは悠然と笑って。
 「ふふふ……見せておあげなさいパッフェルさん?」
 「そーですねー。それでは、ちょっとだけ……」
 パッフェルはどこからか果物を取り出すと、それを上へと放り投げ。
 「はっ!」
 目でとらえられないほどのスピードで銀色が閃き。
 とすとすとすっ、と皮をむかれ均等な櫛形に切られた果物が地面に落ちた。

 再び、沈黙。でも、さっきとはまるで意味が違う。
 「おいおい、お前さんこんな芸当を隠していたのかよ!?」
 信じられない、と言うようにフォルテ。
 素人の私にだって、とんでもない芸当だっていうのがわかる。
 「別に隠してませんよー、ギブソンさん達から聞いてないんですか? 私、一番長い職歴が暗殺者稼業なんですよ、てへっ♪」
 「てへっ、って……」
 「聞いてないよ〜〜〜〜っ!!」
 絶叫する者数名。主に、マグナとトリス。

 「なるほど、それならあの砦から無事脱出できたのもうなずける……」
 「ちょっとネスティ、あなたも感心している場合じゃないでしょう?」
 呆れたように言うケイナ。
 でも反応したのは言われた当人ではなく。
 「そう! あれで結局お給金が回収できなくてですねー、今月の目標額に全然到達できなくなっちゃったんですよ! それで、急遽昔のお仕事を再開させたってわけです、はい」
 月いくら貯めてるんだろう、この人……
 っていうか、考えてみればあいつが原因みたいなものじゃないの……ガレアノのバカ――――っ!!

 「そういうわけなんで、覚悟してくださいね」
 語尾にハートマークでもくっついてそうな口調で言いながら、パッフェルは懐からナイフを取り出した。
 兵士達もそれぞれに武器を構え。
 「さあ、行きますわよ!」
 ケルマの声を合図に、いろんな意味で怖い相手二人との戦いは始まったのだった。



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なだれ込むようにケルマ戦開始まで……
あの辺のセリフはうろ覚えなので所々捏造。特にカザミネのとこなんて思い切りエセ…(汗)
ついにガレアノまでバカ呼ばわり。あそこでパッフェルが給金手に入れていたら、どうなっていたのやら……
次回、はた迷惑な争い決着。