そもそもの発端は、二つの家の対立。
ある一族が別の家の捕虜となったとき、命と引き替えに差し出したのが翼竜と誓約した石。
でも、その一族は石を取り戻そうとしていた。
そして一つの石を巡っての対立が続いた。
今もまた、石と一族のプライドをかけて戦いが繰り広げられている。
……はず、なんだけど。
「ほーっほっほっほ! ラブミーストーム!!」
「わーっ! あっさり魅了されてんじゃないわよマグナっ!!」
「これも私のためお給金のためー♪」
「だーっ!!」
この戦いをどこからどう見ても、そんな背景はちーっとも伝わってこなかったりする。
見てる分には面白いのか、遠巻きながらも野次馬が見物している。
いーよなあ、関係ない人は気楽で……
「……何やってんだろ、あたし達……?」
「……それは言わない方がいいと思う……」
特にげんなりしているのがトリスやルウ、私といった霊属性の召喚術が使える人。
だって、さっきからずーっとルニアばっかり……
攻撃しに行って、逆に魅了されちゃ世話ないよ……男性諸君。
もはやまともに戦っているのはネスやミニス、ケイナにハサハ、それとレナードぐらい。……早い話が遠距離攻撃担当。あと、状態異常関係なしのレオルド。ちなみにアメルは回復役がいないと困るので、治癒に専念してもらっている。
カイナ? ……あー、カザミネ共々ほっといた方がいいでしょ。まだやってるから。
「いいかげんにしなさいよシャインセイバー!!」
「それはこちらのセリフですわアクアトルネード!!」
「魅了ばっかりしてる人に言われたくないわよアシッドブレス!!」
「小娘がひがむんじゃありませんわよラブミーストーム!!」
……前言撤回。ミニスも「まともに」とは言い難い。
それにしても、よく口ゲンカしながら召喚術使えるわね……ある意味すごいよ。
でもあんたら、状況考えなよ……あそこだけメチャクチャになってるよ……
さすがに野次馬もあそこは危険だとわかったのか、そこだけ誰もいない。
あ、今出来かけの屋台が壊れた。
修理費全部でいくらになるか、考えるだけでも怖い……
「隙ありっ」
「うひゃっ!?」
横手からパッフェルが飛びかかってきたのはその時だった。
あーっ、そういえば彼女の方は手薄だった!!
どうにかすれすれでナイフをかわし、間合いを取る。
とはいえどうしよう……呪文唱えるヒマなんてくれなさそうだし。素早いパッフェル相手じゃ私の棒も当てにできそうにない。
「すみませんねさん。妙なモノ呼ばせないようにとのご依頼ですので」
やはりにっこり笑顔で言うパッフェル。
……実はしっかり根に持ってたんじゃないの、ケルマ……?
どっちにしろ、乾電池とか落とす余裕ないけど。あっちはそう思ってくれないよなぁ……
「お覚悟っ!」
繰り出されるナイフ。
私は避けるので精一杯。
味方もそれどころではないので、助けも期待できない。
そしてついに。
「わあっ!」
足を滑らせて、しりもちをついてしまった。
そこにパッフェルのナイフが突き出される。
「ここまで、ですね」
「……みたいね。悔しいけど」
そう言ってから、ふと私はそれに気づいた。
……どうしよう? うーん、でもなあ……
「とはいえ、他の皆さんのお相手もしないといけませんので。申し訳ないんですが……」
「あのさ、パッフェル……」
「何です?」
……やっぱり、教えた方がいいか……
私は意を決して、一言。
「……後ろ」
「後ろがどうかしたんですか?気を逸らそうったってそうは……」
「そうじゃなくて……」
「この忙しいのに何やってるんだ、パッフェル?」
答えたのは私じゃなく、いらだったおじさんの声。
「こっちだって忙しいんですよ、見れば……って、店長!?」
振り返ったパッフェルが青ざめた。
そこには一人のおじさんがいた。
見覚えのある制服姿。胸元には、これまた見覚えのあるケーキ屋の名前とエンブレム。
関係者かなと思ったけど、店長だったか……そういえば、ファナンの方の店長さんは会ったことなかったな……
「今日は確か、お前は休みじゃなかったな?」
「え、いや、その……」
「今日は豊漁祭だから忙しいって、言ったはずだが?」
「あぅぅ……」
修羅場その3、発生。
パッフェル、ケーキ屋のバイトさぼってたのか……どうりで。
それにしても、元暗殺者さえびびらせるこのすさまじい殺気……恐るべし!
「罰金か残業、好きな方を選んでおけ」
「うぅぅ」
店長さんの冷たい宣告に頭を抱えるパッフェル。
こればっかりは自業自得だからね……悪いけど。
「……がんばってね」
「うぅぅぅっ……さんまでぇっ」
パッフェルは滝のように涙を流した。
こっちはもういいとして……問題は。
「これでもくらいなさいっ!!」
「あーもう、しつこいっ!!」
「だーっ、俺達まで巻き込むな―――っ!!」
……はた迷惑な争いはまだ続いていた。
ただでさえあちこち壊している上に、ケルマのラブミーストームに巻き込まれた男性陣がダメージと魅了をいっぺんに受けてたりするのだから始末が悪い。
さすがにトリス達にも疲れが見え始めている。
「いいかげん正気に戻りなさい、フォルテ!」
相当いらついているのか、ケイナがミーナシの滴をフォルテ目がけてぶちまけた。
レナードもうんざりした顔でミーナシの滴を投げている。
私を含め、正気の人ほぼ全員がこんな感じになりつつあった。
「ちょっとミニス、落ち着いて!」
「ケルマもやめなさいよ!」
私とトリスが叫ぶ。
「シャインセイバー!!」
「アクアトルネード!!」
……どっちも聞いてなかった。
無理にでも止めるしかないか、とポケットに視線を移して…
「っ、危ない!!」
「え?」
何だと思った瞬間、剣が飛んできて足下に突き刺さった。
ぼんやり光っているところを見ると、さっきミニスが召喚したシャインセイバーの一本だろう。
どうやら弾かれたらしく、他にも何本か刺さったり落ちていたりした。
「…………」
私はシャインセイバーを引っこ抜くと、足下に置いた。
沸々と、何かがわき上がる。
それは全身を駆け巡り、あっという間に支配して。
「いいかげんにしなさいあんたら―――――っ!!」
怒りの雄叫びと共に掲げた紫の石がまばゆい光を放つ。
それは暗い稲妻となって、対峙していたミニスとケルマの間に命中した。
しん……と沈黙が降りる。
一応加減はしたから、二人にはダメージはない。
ただ、突然の出来事に(他の人達共々)呆然とはしていたけど。
「……とりあえず、ここらでやめないか? この辺もメチャクチャだし」
いち早く立ち直ったマグナが、ケルマに剣の切っ先を向けた。
顔を歪めながら辺りを見回すケルマだが、味方が全員やられたことに気づいて肩を落とす。
「負けた……助っ人まで雇ったのに、また負けた……」
「……約束よ。もう、私につきまとわないでよね」
「ええ、私もウォーデン家の当主。二言はありませんわ」
仕方なさそうに言うケルマ。
でも、すぐに強気の姿勢になった。
「でも! 勘違いなさらないで!! 私が負けたのは己の未熟のせいであって、けしてマーン家の方が勝っていたというわけではありませんから!!」
「何言ってるの? そんなの当たり前じゃない」
「……は?」
ミニスから思わぬ言葉を言われて、ケルマはぽかんとした。
「あのね、ケルマ? 私、そんなことは最初からどうでもよかったの。どの家が優れているとかいう前に、私は一人前の召喚師になりたいの。それだけなの! シルヴァーナのことだって……あの子が最初に私の呼びかけに応えてくれた友達だから、離れ離れになりたくなかった」
「友達……?」
ケルマは呆然とつぶやくと……堪え切れなさそうに笑い出した。
「召喚術で呼び出して、使役している存在が!?」
「なっ……別にいいじゃない! 私がそう思ってるんだから!」
ムキになって反論するミニスに、ケルマはさらに大笑いして。
ぴたりと笑うのをやめた。
「……ばかばかしい」
「え?」
「ばかばかしいと言ったんです。そんな子どもじみた理由に気づかず、躍起になっていたなんて……私達、バカみたいじゃありませんの」
くるりとこちらに背を向けて、ケルマが言う。
顔はよく見えないけど、口調は妙にすがすがしかった。
「それじゃ……」
「無理に取り上げたって、ウォーデンの名を汚すだけ。チビジャリにくれてさしあげますわ!!」
ミニスの、マグナの、トリスの。そして、アメルの表情が明るくなっていく。
「よかったね、ミニスちゃん」
「うん!」
他のみんなもそれぞれに、やれやれという表情を浮かべる。
「では、私はこれで失礼しますわ。ここの修繕費を計算しなければ……」
兵士を引き連れて、ケルマが去っていく。
そして。
「ああっ!お客さん、ケルマさ―――ん!!」
「……答えは後で聞かせてもらうからな、パッフェル?」
「……はいぃ……」
二重の意味で泣き崩れるパッフェルがいた。
休憩等のため、一旦モーリンの家まで戻り。
いつものメンバーで、いつもの方針会議が始まった。
「これで、ミニスの目的は果たしたことになるな?」
「そうだな。それで、ミニス……」
言いにくそうに、マグナがミニスの方を向いた。
でも、大方内容は察しが付くもの。
「言っておくけど、今更仲間はずれは嫌だからねっ!」
そして、答えも案の定。
「だけど……」
「だけどじゃないわよ。マグナもトリスも、それにやアメルだって友達よ。助けてあげたいもの。そう言ったのはあなた達でしょう?」
『う……』
そろって言葉に詰まるマグナとトリス。
「二人の負けだよ」
「そうだな。それに危ない目ならもう何度もあってきて、彼女はそれを切り抜けてきた。今更反対するのも筋違いだ」
私とネス、二人がミニスの援護に回ってしまってはマグナ達に勝てるわけがなく。
「……そうだな。よろしく、ミニス」
「とりあえず、これでめでたしめでたし、よね」
それで話は締めくくられる……
「ちっともおめでたくないですよー……」
「うわっ!!」
「パッフェルさん……いつの間に……」
……わけなかった。
すごくしょんぼりしたパッフェルが、白い上品そうな封筒を片手に座っている。
「どうしたの? 元気ないけど……」
「ケルマさんにですねー、言われちゃったんですよ……『お給金に見合うだけの働きをしていませんわ!』って」
トリスの質問に、ものまねして答えるパッフェル。
「その通りじゃないか」
……身も蓋もないね、ネス……
「でも、パッフェルさんだってがんばったんですし……」
「そうそう、そう思うのでしたらこれを読んでくださいまし!」
アメルのフォローにうなずくと、パッフェルは嬉々として封筒を差し出した。
一番近くにいたマグナがそれを受け取ると、封を切って手紙を広げる。
注目するみんなを見回した後、マグナはそれを読み上げた。
「えーと……『前略、いまいましいマーン家のチビジャリとお節介な保護者の皆様へ』……」
――やむをえない誤解とはいえ、くだらなき理由によってそちらへと及ぼした迷惑は品格と礼節を重んじる当家として見過ごす訳には参りません。
つきましてはこの手紙に添えつけた人物をこき使って下さいませ。
聞くところによれば、そちらは多くの敵に狙われるとのこと。
役立たずの暗殺者ではありますが、工夫次第で利用価値を見つける事もできましょう。
追伸
そちらでの奉公が終了したと見なされた時点でその者には今回の報酬を支払います。
ケルマ――
「……つまり、君は不手際を補うよう残業を命じられた、と?」
みんなが何ともいえない表情をする中、ネスが尋ねた。
「そーなんですよぅ。お願いですから、私にみなさんのお手伝いをさせてくださいませ。じゃないと、私はタダ働きに……そんなの、絶対に我慢できませんよーっ!」
パッフェルは首をぶんぶん振りながら絶叫した。
誰もが困ったように顔を見合わせる。
パッフェルにはそれが断られるように見えたらしい。目標をマグナ&トリスにしぼってすがりつく。
「お願いしますーっ! 後生ですから、ねっ?」
「……わかった、わかったから……」
真っ先に折れたのはマグナ。
続いてトリスも仕方なさそうにうなずく。
パッフェルは目を輝かせた。
「ありがとうございますっ!! ……あの、それでついでにもう一つ……」
言いながら、パッフェルの目は私までとらえていた。
……嫌な予感。
「今晩、ケーキ屋の残業の他にもバイトあるんですよー……手伝ってくださいっ!!」
マンガなら辺り一面真っ白で表現されそうな沈黙の後。
「それはそっちの自業自得でしょ―――っ!?」
「俺も勘弁っ!!」
「あたしもっ!!」
三つの絶叫が響き渡ったのだった……