第41話
第41話 花火の下で


 花火の下の、それぞれの思い。



 「豊漁祭、か……」
 ルヴァイドは複雑そうな面持ちで、夜空を染める花火をながめていた。
 そこに集い騒いでいるのは何も知らぬが故か。
 それとも、知っていてなお希望を捨てないという現れか。

 ふと、隣に立つ部下と目があった。
 その表情が語るものは、言わずとも察しがつく。
 「本当は行きたかったのではないか、イオス?」
 言葉には少しからかいの色が入っていたかもしれない。

 「……いえ、これでいいんです」
 だが、反応は意外にもすがすがしいものだった。
 「今会いに行けば、に迷惑がかかります。それに……今だけは楽しませてやりたいんです。我々や戦いのことは忘れて、自由に……」
 彼らの立場からすればあまりに滑稽で、許されぬ望みだ。
 だが、せめて今だけは。

 「……そうだな」
 これから先、どんなことになっても苦しむことには変わりない。
 その胸を焦がすのが禁じられた想いなら、今この時ぐらいは認めてやろう。
 軍人と捕獲対象ではなく、一人の少女を想う男でいさせてやろう。
 それが思いつく限りの、ルヴァイドの精一杯だった。

 「……デグレアの民にも見せてやりたかったな」
 「はい」
 咲き乱れる大輪の花。
 それらを見つめたまま、彼らはそれぞれの思いを巡らせていた。





 「綺麗だよね」
 「ああ」
 アイシャとセイヤは地面に座り込んでそれを見ていた。
 仮面に覆われていない口元には、複雑そうな笑みが浮かんでいる。

 「あの時は、またこうしてこれを見るなんて思いもしなかったな……あの時はみんながいた。楽しいって思ってた。あんなことになるなんて知らなかったから……」
 「やめろ」
 セイヤは不機嫌そうに遮った。
 「こんな時にまで思い出すな」
 「……ごめん。つい……」
 「つい、じゃない。まったく……」
 ふい、と再び視線を空へと戻す。
 しばし、花火の音だけが響いた。

 「……歌ってよ」
 「は?」
 「だって、いつも『歌え』って言われるのはこっちじゃない。たまにはあんたの歌も聴かせてよ。辛気くさい思い出話が嫌だって言うなら、さ」
 再び沈黙。

 「……2、3曲」
 「え?」
 今度は、アイシャが怪訝そうな声を上げる番だった。
 「後で2、3曲歌え。それならやってやる」
 「何それ……結局私が損してるじゃない」
 「嫌ならいいんだぞ別に」
 「……わかったわよ」
 このワガママ狼、とついでにつぶやく。
 もっとも、この相棒は堪えるどころか聞き流しているだろうけれど。

 低い声が、歌を紡ぎ始めた。
 ゆっくりとした、どこか不思議な調子。
 花火の音に負けないようにそれは響き、やがて終わった。
 余韻を残すかのような静寂の後、アイシャが一言。
 「……ヘタっぴ」
 「悪かったな」
 くすくす笑う相棒を、セイヤは複雑そうに見つめた。





 「ふぅ……」
 パッフェルは空になったケーキのケースを積み上げ終えると、ため息を一つついた。
 豊漁祭も残すところ花火の打ち上げを終わらせるのみとなり、屋台や大通りからは人がだいぶ減っている。
 それでもまだかなりいるのだが、仕事が少し楽になるだけありがたかった。
 今日も忙しかったから。
 そして、明日も忙しいだろう。これからも。

 「頑張ってるみたいだね、パッフェル?」
 「あっ、いらっしゃ……」
 つい反射的に言ってから、相手の正体に気づいた。
 傍目から見れば、いいとこのお坊ちゃんがケーキを買いに来たようにしか見えないだろう。
 だが目の前に立つこの少年こそ、彼女の敬愛する上司だった。

 「首尾はどう?」
 「はい、とりあえず潜入には成功しました。ケガの功名ですけど、いい隠れ蓑もありますし」
 「……そう」
 少年は少し安心したようだった。
 「彼らを……そして彼女のこと、頼んだよ」
 「はい」
 パッフェルはうなずいた。

 それから「あ、そうそう」と手を打つ。
 「そういえば、さっき面白い人達がさんと歩いてましたよ」
 「面白い人?」
 「ええ。ちょっと大きな声では言えませんので……お耳を拝借」
 少年が耳を近づけたのを確認すると、左右を見てからそっと耳打ち。
 少年が驚いたのが、顔を見ずともわかった。

 「それ……本当?」
 「本当ですよぉ。グラムス様から聞いたのと特徴が同じでしたし」
 「調律者の末裔に、エルゴの王の後継者か……」
 考え込む少年の姿は、本来の肩書きをなんとなく思わせる。
 その見た目とは裏腹に、多くのものを背負った人。
 だからこそ。

 「……大丈夫ですよ」
 営業用でも演技でもない、本当の笑顔を少年に向ける。
 「話せば、ちゃんとわかってくれますよ」
 「……だと、いいけど」
 少年は表情を曇らせたまま、鮮やかに花開く花火をながめた。

 「どちらにしても、彼らには辛い思いをさせることになる……」
 「エクス様……」
 美しい花火。笑いざわめく人々。
 目の前にあるはずのそれらが、今は遠く感じられた。





 彼らはやや離れたところから彼女を見ていた。
 連れらしい集団に混じって、花火を見ながらはしゃいでいる。

 「街の英雄に見えないよな、ホントに……」
 ハヤトがぽつりと言う。
 「人のこと言えないだろ、お前ら」
 呆れたようにソル。
 その隣でカシスもうんうんとうなずいている。
 事実、ここにいる彼らが世界を救ったなどとは誰が想像できるだろうか。

 「まあ、彼女と仲良くなっておいて損はないだろう。話も聞きやすくなる」
 「キールぅ? そういうこと言ったら怒るよ?」
 ナツミが上目遣いでキールを見据えた。彼は肩をすくめて悪かったよ、と返す。
 トウヤが目を伏せた。
 「でも、シオンさんの情報通りなら……どのみち無視するわけにいかない」
 「かわいそうですよね……たまたま事故で呼ばれただけなのに」
 アヤの言葉に全員が黙る。
 放っておけないのは皆同じなのだ。

 「……情報とかは別にしても、なんとかしてあげたいよね……」
 「ああ……」
 しんみりした空気が漂う。
 そんな彼らの気持ちなど、当の彼女は気づいていないだろうけれど。





 彼もまた、そこに佇んでいた。
 視線の先には顔見知りの集団、その中の数名。

 「そう……せいぜい、今のうちに笑っていなさい……」
 おだやかそうな表情とは対照的に、その声音は恐ろしく冷たい。
 「一つの真実にたどり着いたとき、あなた方は絶望にまみれるのですからね」
 祭りの楽しげな雰囲気に似合わぬ、凍てついた刃のような冷酷さ。
 だが、誰も気づくことはない。そこに誰もいないかのように。

 彼は続ける。
 「そして、それはさらなる絶望を生むでしょう。仮に、それを乗り越えたとしても……」
 微笑みながら、一人の少女に目をやる。
 「もう一つ、己を縛る鎖に気づくのですから」
 まだ全てを知らないからこそ、笑っている。
 あの顔が、これから苦痛に歪むのだ。
 考えるだけでぞくぞくする。

 「その時こそあなた達の力、手に入れて見せます」
 闇に堕ちた少女達の魂は、さぞ極上の蜜となろう。
 強い光と力は、砕け散ったときにこそ甘美な虚無へと導くから。
 そして、すべてが彼のものになる。
 「今度こそ逃がしませんよ……エステル」





 「……え?」
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回した。
 でも、みんな花火を見ていてそれらしい人はいない。
 「? どうしたの、きょろきょろして」
 「あ……なんでもない」
 トリスにそう言うと、私は再び視線を花火に戻した。

 現れては消える光の花。
 それを受けて輝く海面。
 歓声を上げたり、手を叩いたりする人々。
 なんだか、不思議な感じがする。

 「あたし、こうして生きてこられてすごく幸せだって思います……」
 アメルの声が聞こえてきた。
 うんそうだね、と言おうとして。
 「そうだね……あーあ、こんな楽しいこと知らなかったなんて、損した気分!」
 なんともルウらしいセリフが飛んできた。

 「また、さ」
 みんなが不思議そうに私を見た。
 一呼吸置いてから、続ける。
 「みんなで行けたらいいよね……お祭り」
 「……そうだな」


 だから、絶対終わらせよう。
 必ず、メルギトスに勝つんだ……



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第二部完結、です。
今回は別行動の方々メインで。デグレアの皆さんお久しぶり。……あ、ゼルフィいないや(苦笑)
第三部からはいよいよ核心に迫っていきます。レイムのセリフなどから想像してみてくださいませ。
……でも、その前にユエルイベントが(笑)