第42話
第42話 嘘と呪縛の哀歌
「聖王都への伝令役?」
お祭りから一晩明けて。
朝ご飯の席でシャムロックが切り出したのをきっかけに、今朝もちょっとした会議が始まる。
「ええ、すでに聖王家への急使は発ったとのことなのですが。それとは別の文書を」
「わざわざ僕達を指名するということは、その書状は蒼の派閥に宛てたものですね?」
納得したようにネスがうなずく。
そっか、それでゼラムに戻るんだっけ。
……って、あれ? 何か忘れてるような……?
私が考えている間に話は進む。
「いかがでしょう?」
「俺は別にかまわないけど」
「あたしも」
「僕も異存はない。一度、聖王都まで戻る必要はあると思うしな」
蒼の派閥トリオ、全員首を縦に振った。
「そうですね。黒の旅団がトライドラに来ている今なら、街道の監視も緩んでいるはずです」
「派閥とかの都合なんて俺には関係ねえがな。村がどうなったのかは確かめておきたいぜ」
ロッカとリューグもうなずいて……
……村……?
「あ―――――っ!!」
思わず大声を上げたものだから、みんな驚いて私を見た。
「び、びっくりした……」
「どうしたの、?」
でも、私はそれどころではなかった。
そうだよ、なんでこんな大事なこと……
これなきゃ話変わっちゃうじゃないの!!
アグラ爺さん忘れてた!!(酷っ)
そういえばロッカもリューグもここにいるから、誰も探しに行ってないし……
どーすんのよ私!
「おいっ!!」
「うひゃっ!?」
いきなりリューグが怒鳴りつけたもんだから、つい間抜けな叫びを上げてしまった。
「な、何……?」
「何じゃねえよ。突然大声出したと思ったら、何言っても反応しねえし」
「どうかしたんですか?」
「え、あ、その、あはは……」
ホントはあんた達のどっちかがお爺さん見つけて戻ってくる頃だ、なんて……言えるかぁっ!
そもそも、私がリューグ止めたのが原因みたいなもんだし……
……やめよう。なんかドツボにはまってきた……
「えー……では、私はファミィ議長にこのことをお伝えしてきます」
「じゃあ、俺達は出発の準備を整えておこうか」
シャムロックとマグナがそう言い、とりあえずその場はお開きになった。
はー……どうしよう。
やっぱり、このままゼラムに行っちゃまずい……よね?
かといって、今更みんなに探しに行こうなんて言えないし……
…………
……まてよ。そうか、これなら……
「、どうしたんだよ?」
マグナが心配そうに問いかけた。
「え?」
「……、やっぱり今朝から変だよ?」
「そ、そう……?」
『うん』
マグナとトリス、異口同音で即答。
がーんっ……
……って、ショック受けてる場合じゃない。
このままじゃ、この買い物済み次第ゼラムに出発、なんて事になりかねない。
……この二人なら協力してくれそうだし……よし!
意を決して話そうとした時。
「……あれ? あそこから走ってくるの、ユエルじゃないか?」
「あ、ホントだ。おー……」
ばひゅん、とすごい勢いでユエルが私達の目の前を走り去る。
「……い?」
声をかけようとしたトリスと見つけたマグナはぽかんとした顔。
この二人を無視して走っていくなんて……まさか!?
「私、ちょっと様子見てくる!」
「あっ、!?」
私はユエルを追って走り出した。
もっとも私じゃ見失わないようにするのがやっとだし、行ったところでどうにもならないかもしれない。
でも……!
「ユエル!」
走り疲れたのか、裏路地でぺたんと座り込んでいる後ろ姿が震えた。
それでもおそるおそる振り向いて。
「……」
今にも泣き出しそうな表情。
それでも何かを堪えるように、私からじりじりと離れようとする。
私が一歩踏み出した、まさにその瞬間。
「ユエル、っ!!」
「ずいぶん手間をかけさせてくれたな、道具の分際で?」
前と後ろから、それぞれ声が飛んできた。
後ろはもちろん、ユエルを追いかけてきたらしいモーリンとミニス、それにマグナ達。
前も言うまでもない。いかにも胡散臭そうな外道召喚師カラウスと、黒装束の暗殺者達。
私は固まっているユエルの腕をつかむと、私の後ろへと無理矢理移動させた。
カラウスは私をじろりと見て、一言。
「返してもらおうか。それは私が召喚したものだ」
「冗談。どこの誰があんた達みたいな怪しい奴信用するのよ?」
言ったものの、内心は冷や汗だらだらだった。
暗殺者相手の戦いのきつさは、昨日のパッフェルのことで身にしみている。
とはいえ、ハッタリでもこうするしかない。
「お前達の信用などどうでもいい。そいつは暗殺のための優秀な道具だ。ギルドの幹部もお怒りでな、そろそろ仕事をしてもらわないとこちらの首が飛ぶんだ」
「ユエルに人殺しさせたのはお前じゃないかっ! 悪い奴だからやっつけてって嘘ついて……何も知らないユエルを利用したくせにっ!!」
後ろのモーリン達が息をのむのがわかった。
「あなた、それでも召喚師なのっ!?」
「黙れ! 私が召喚獣をどう扱おうと自由だろうがっ!!」
ミニスの剣幕にも平然として返すカラウス。
こんな扱いをしたからユエルは誰も信じないで、何も知らずにさまよって……
「ユエルはお前のところになんか、絶対に戻らないっ!」
ユエルの答えを聞いたカラウス、不満そうな顔になったけど。
すぐ、「いいこと考えた」というような表情に変わった。
「ふん……あくまで抵抗するのなら、その首輪にものを言わせるまでだ!!」
ぼそりと、よくわからない言葉をつぶやく。
いけないと思い振り返ったときには、ユエルが爪を振り上げて私に襲いかかるところだった。
「っ!!」
(右!右に避けて!!)
何だろうと思う前に、身体が動いていた。
あわてて避けた私の左腕を、ユエルの爪がかすめる。
ぴりっとした痛みが走った。
「ウゥゥゥ……ッ」
外したか、と言わんばかりにユエルが振り向く。
その瞳は赤く、表情も飢えた獣のよう。
操られるまま、ユエルが再び爪をこちらに向けたその時。
「ユエルっ!?」
間の悪いことに、下町のおばちゃん達がこっちに気づいてやって来た。
「あっ、ダメっ! 来ないで!!」
ミニスの制止は間に合わなかった。
突然の乱入者を標的と定めたユエルが、すぐそこまで来ていたおばちゃん目がけて爪を振り下ろす。
ざしゅ、と嫌な音。おばちゃんの腕から血が滴る。
「ユエ、ル……?」
おばちゃんも、ついてきた下町の人達も。
まるで状況がわからないまま、呆然と佇む。
顔面蒼白で駆け寄るミニス。あわてておばちゃんの治療を始めるモーリン。
カラウスはそんな状況を、薄い笑みを浮かべながら見ていた。
……しゅたしゅたっ!
「うわっ!?」
そんな嫌な静寂を破ったのは、どこからか飛んできたナイフ。
足下に刺さったそれに驚いて、カラウスが飛び退いた。
「どこかで見たような方がうろついていると思えば……やはり、組織の関係者でしたか!」
そう言いながら姿を見せたのはパッフェルだった。
身のこなしから正体を悟ったか、カラウス達の表情が変わる。
そのため、操るどころじゃなくなったのだろう。
ユエルが正気に戻る。
震えながら自分の爪、そこについた血を見つめ。
「あ……」
私とおばちゃんを呆然と見……弾かれたように走り去った。
「、じっとしてて! 今ケガを……」
召喚術を使おうとするトリスを、私は首を振って止めた。
「私は大丈夫……それより、ユエル追いかけないと」
「でも……」
トリスの視線がさまよう。
言いたいことはわかる。本当はかなり痛いし、血も結構出てる。
でも、あの状態のユエルを一人にしちゃいけない。
「俺が行ってくる」
だからちゃんと治してもらえよ? とマグナが言う。
「うん、終わったら追いかけるから」
トリスがうなずいたのを確認して、マグナは走り出した。
悔しいけど、確かにケガしたまま行っても足手まといでしかない。うまく集中できないし。
「……お願い、トリス」
トリスはわかればよろしいとばかりに微笑むと、呪文を唱え出した。
「……誓約のもと、トリスが命じる。慈愛の聖母よ、祝福を……」
まばゆい光が走り抜ける。
続いて、光をまとった手が傷口に触れた。
傷が、痛みが消えていく。
役目を終えたプラーマが消えるのを見届けると、トリスはゆっくりと息を吐いた。
「……ふう。これでだい……」
「お待ちなさいっ! 逃がしませんよっ!!」
突然、パッフェルの大声が聞こえてきた。
そっちを見ると、走り去るカラウスとそれを追いかけるパッフェルの姿。
……って、そっちは……!!
「トリス! あっちって、ユエルが走っていった方向じゃ……!」
「ええ、早く追いかけないと!!」
私とトリスがうなずきあったとき、
「こっちは終わったよ!」
モーリンとミニスが駆け足でこっちに来た。
4人で追いかけたはいいけれど、相手は腐っても暗殺者。
パッフェルはもちろんカラウスまで足が速くて、すぐ見失ってしまった。
「確か、こっちに行ったと思うんだけど……」
「早く見つけないと、ユエルが……」
見回す顔には、どれも焦りが浮かんでる。
一体、どこ行っ……
「ユエル!? しっかりしろ、ユエル!!」
マグナの悲痛な叫びが聞こえてきた。
カラウスに見つかったんだ……!!
私達は一瞬、顔を見合わせて。
「あっちから聞こえたよ!」
「急ぎましょう!!」
間に合うよう、必死で走り続けた。
近づくにつれて、会話がはっきり聞こえてくる。
「ユエルは、本当にそれでいいのか!?」
「マグ、ナ……」
「嘘つくなよっ! そんな悲しい嘘は、つかなくていいんだっ……!!」
「……嫌、だ……死にたくっ……ないよぉっ……!!」
……助けないと。絶対に。
……許せない。あんな奴は。
二つの思いがわき上がる。
同時に、私の中の「誰か」も同じ気持ちであることを、今明確に感じていた。
アグラ爺さん忘れ去られが判明(笑)
でも、そっちに行く前にユエルです。
これ見た後で禁忌の森行くときついですね……精神的に。
一応、次で決着の予定。