第44話
第44話 波紋を起こすもの
コンコン。
「マグナ?」
数秒の間をおき、返事がないことを確認するとネスティはドアを開けた。
部屋のベッドには明らかな膨らみ。
今朝も手の掛かる弟弟子は、まだ夢の中らしい。
それを起こすのはたいていネスティの役目。
いくつになっても、どこへ行ってもこれは変わることのない習慣。
「いいかげん起きろ。朝食が冷めるぞ」
声をかけるが、無反応。
とはいえ、ネスティは気にしない。マグナの寝起きの悪さは、長いつきあいの中で充分にわかっている。
「早くしないと、ゼラムに着くのが遅くなるぞ。大事な役目なんだ、一刻も……?」
ふと、ネスティは眉をひそめた。
いくら何でも反応がなさ過ぎる。いつもなら、ここで寝言の一つも出てくるはずなのだが。
目の前の膨らみは、動きさえしない。
「おい、マグナ……!?」
なにやら不吉な予感がして、ネスティは掛け布団をめくる。
そして絶句した。
「なっ……」
そこにあったものは……一本の丸太だった。
他には何も見あたらない。
そう、何も……?
そういえば、と辺りを見回す。
レオルドとハサハもいない。
まさかまたろくでもないことを企んでいたりは、と思った時。
「ネスティさん、大変です! トリスさんとさんが!!」
あわてた様子でアメルが駆け込んできた。
そしてマグナの部屋を視界に入れるなり、
「あっ……マグナさんも?」
「マグナもってことは……トリスともいないのか?」
「はい……」
とりあえず移動して見てみると。
それぞれのベッドの上にはぬいぐるみと乾電池の山が、主に代わってその存在を主張していた。
やはり、バルレルとレシィの姿もなかった。
「それで、その……これ……」
おずおずと、アメルが一枚の紙を取り出す。
「さんのベッドの上にあったんですけど」
ネスティは何だと思いながら受け取ると、その文面に目を通した。
――ちょっと用事ができたんで出かけてきます。
ロッカやマグナ達も一緒なのでご心配なく。
夕飯までには戻ります。
P.S. お土産買ってくるから怒んないでねv
と、いうわけでごめんみんな(特にネス)!
あたし達が責任持って守るから!!
トリス――
ぶるぶると、ネスティは全身を震わせた。
反応に困ってるアメルの目の前で、怒りにまかせて書き置きを握りつぶす。
そして。
「何を考えているんだ、あのバカ共はっ!!」
不幸な青年の絶叫は、家の中はおろか外にまで響き渡った。
『ハックション!』
二つのくしゃみがぴったりと重なった。
「風邪デスカあるじ殿、とりす殿?」
「いや、違うと思う。多分……」
レオルドの質問に、鼻をすすりながらマグナが答えた。
「はーっ……今頃ネス怒ってるだろうなぁ……」
ため息をつきながらトリス。
容易に想像できちゃうからね……「あのバカトリオ!」とか言いながら書き置き破いてそうだし。
……帰ったらファミィさん並のカミナリ落ちるだろうな……
「ごめんね、二人とも……」
「いや、気にしなくていいよ」
でもやっぱり、マグナの顔も引きつっていたりする。
「それにしても、水くさいじゃないですか。村に行くのなら、僕が案内したのに」
にこにこ笑顔でロッカが言う。その後ろでは少し不機嫌そうなリューグ。
「だって、単なる憶測だからね。それより、私はロッカ達が外で聞いてたのにびっくりしたよ……」
「そうそう、話終わった途端に『面白そうな話していますね』だもの」
うんうんとトリスがうなずく。
そう、実はこの二人、一緒に行く予定じゃなかった。
昨夜マグナ達にレルムの村へ行く相談を持ちかけたら、ロッカとリューグに立ち聞きされてしまったのだ。
二人ともついていくと言いだして聞かず……結局、レオルド達を足して9人で向かうことになったというわけ。
「でもさ、ホントに想像だよ? お爺さんいないかもしれないよ?」
「その時はその時です。それに、止めたって聞かないでしょう、さんは?」
「第一、お前らだけじゃ危なっかしくてしかたねえよ」
双子にすっぱり言い切られ、ちょっとぐっさりきた。
危なっかしく見えるんですか、私達? というか、マグナ達とワンセット?
「……よっぽどのことがない限り大丈夫だと思うけど……」
やはりちょっと傷ついたらしく、トリスがすねたように言った。
「そうだよ、ルヴァイドとかが来たら厳しいけどさ……」
そう言いながら前に視線を戻したマグナが…足を止めた。
続いて、ロッカとリューグの表情も硬くなる。
何だろうと彼らの視線を追って……
「……げ」
……凍りついた。
「あ、来たわね」
友達との待ち合わせのように軽い口調で言ったのは……忘れもしない、白い仮面をつけた顔。
あああ、言ってるそばからヤバイのが――――っ!!
「、下がっていろ!」
マグナ達が身構えても、当のアイシャは肩をすくめただけ。
「物騒ねえ……まあ、仕方ないけど」
言いながら、無造作にこちらへと歩いてくる。
「でも、そっちから来てくれて助かったわ。来なけりゃ、誰かさらってでも来させるつもりだったから」
……なんか今、聞いちゃいけないようなこと聞いたような……
「そういうわけで、ちょっと付き合ってもらうから」
…………………………
「はい?」
さらに聞いちゃいけないようなセリフを聞いた気がして、思わず聞き返してしまった。
「断る……と言ったら?」
剣を向けながらマグナが問う。
アイシャは口元に笑みを浮かべる。
「悪いけど、拒否権はなし。どうあっても来てもらうわよ」
「ふざけんじゃねえっ!! 誰がはいそうですかと従うかよっ!!」
リューグが斧を振り上げて飛びかかった。
「よせ、リューグ!!」
ロッカの制止は間に合わなかった。
がきぃん!!
重たい金属音の後、倒れていたのはリューグの方だった。
間髪入れず、アイシャがその喉元に剣を突きつける。
「もう一度言う。拒否権はないわよ」
やけに冷たい声音。
そのままリューグを刺すこともためらわないような、そんな感じ。
張りつめた緊張感と、戸惑い。
それを破ったのは、意外な人物だった。
「……いっしょに、いこう?」
「ハサハ!?」
驚く私達にはお構いなしで、ハサハがとてとてとアイシャに向かって歩いていく。
行っちゃダメだ、とマグナがあわてて呼び止める。
でも、首だけこっちを向いて。
「……だいじょうぶ、だから」
微笑んだ。
やがて、今度はバルレルが槍を下ろした。
「バルレル?」
何してるの、と言いたげにトリスがバルレルを見る。
対してバルレルは、ふんと鼻を鳴らした。
「今は、こいつを相手にしたくねえんだよ。テメエらがその気でもな。俺はやめとくぜ」
なーんか、らしくないセリフ……
どうしようかと他のみんなを見ても、ただ困惑の表情が浮かんでいるだけ。
無理もないか……
ハサハとバルレルは戦う気はないとして。
そういえば、この二人は何か気づいていたようだったけど……
この行動もそのためだろうか。
……だったら……
「……わかった。だから、リューグを離して」
「ちょっと、……!?」
「どうしようもないでしょ、これじゃ」
どのみち選択権はない。
ハサハはあっちだし、バルレルは戦線離脱宣言してるし、リューグは剣突きつけられてるし。
まして拒否権なしと言うからには、それこそ強硬手段に出るだろう。
さすがにマグナ達を進んでそんな目にあわせたくない。
それに正直、アイシャ自身のことも気になる。
「……それじゃ、ついておいで。言っておくけど、変な気起こしたら一発かますからね」
剣を鞘に収めると、アイシャは踵を返してさっさと歩き出した。
「くそ……っ」
やっと解放されたリューグが舌打ちした。
「本当についていく気ですか?」
まだ不安そうなロッカに、だけど私はうなずいた。
「ハサハの判断を信じるよ。それに、いい機会かもしれないし。虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってね」
もちろん、不安がないわけじゃない。
でも、連行されると考えるよりはそう思うことにした。
くい、とハサハが私の手を引いた。
「……いこう」
「うん」
そして、二人で歩き出す。
マグナ達も数秒遅れて後を追った。
同時刻。
「ネスティさん? ……ネスティさん!!」
「え? ……ああ、どうしたんだアメル?」
「どうしたんだじゃありません、お塩、お塩!!」
「え?」
言われて手元に視線を移すと……フルーツの上に塩が山のようにかかっていた。
ちなみに、塩の瓶はすでに空。
「今更あんたの好みをどうこう言う気はないけどね……考えごとするたびに調味料使い切るのは勘弁してくれないかな」
呆れたようにモーリン。
ネスティの前には、砂糖、コショウ、マヨネーズ、ジャム等々……空の調味料入れがいくつも転がっていた。
「そういえば、ルウの家にいたときもすごかったよね。砂糖とか一回で空っぽになっちゃったし」
「す、すまない……」
蒸し返されて、さすがに恥ずかしそうにネスティは言った。
「まあ、かわいい弟妹弟子や生徒が心配なのはわかるけどな……」
「別に心配なんかしていない」
フォルテにそう返しつつ、思考はやはりそちらに向かう。
特には狙われているのに。自覚ないのかまったく、と心の中で毒づく。
「……イオスとかに見つかってたりして……」
ぼそりとつぶやかれたミニスの言葉は、まさしくネスティには爆弾だった。
いやまさかそんな、と思う一方で不安が頭をもたげる。
だって自分の立場はわかっているはずだ。だが、狙われる前はイオスと親しかったのも事実だ。
(「遊びに行こう」なんて誘われてほいほいついていって、そのままさらわれるなんて事になりかねないな……)
……本人達が知ったら間違いなく激怒するような想像である。
それ以前に同行しているリューグ達がそれを許すはずがないのだが、ネスティの思考からそれは完璧に抜け落ちていた。
「まあ、マグナ達のことだからうまくやるでしょ。……あれ、どうしたのネスティ?」
「やっぱり心配なんじゃないか? 召喚術が使えるとはいえ、女だからなあ……」
「別に、一人ってわけじゃないんですから……」
「ん? 俺様は、のことだって言ってないぞ?」
にやりとレナードが返した。
……からかわれている。
「とにかく、あのバカ達の心配していたらきりがないです」
ネスティはなるべく平静を装うと、スープを口へと運……
「……ネスティ……フォークでスープは飲めねえと思うぞ?」
再びフォルテから指摘が入る。
目の前のフォークからは、むなしくスープの滴が垂れていた。
「あ、ああ」
ネスティはあわててスプーンに持ち替えると、スープをすくって何口か飲む。
そして今度は、そのスプーンでサラダをつつき始めた。
当然野菜が刺さるわけがなく、サラダボウルの中で新鮮なレタスが砕けていく。
「……重症だな」
「そうですね」
彼ら……主に、内情を知っている「のお相手は誰だダービー」の参加者……はうんうんとうなずき……
とりあえず早く帰ってきてくれ、とこの場にいない少女達を思い浮かべた。
なぜかネス出張る。
白状します。後半の動揺しているところは書いてて楽しかったです。
そして、ようやくアイシャが本格的に絡んできました。
様々な不安を残しつつ、次回へ続く!(←キートン山田風に)