第45話

 「レイム様。あの女が、彼女に接触した模様です」
 昼なお暗い会議室の一つ。
 そこでキュラーは、事務的に一言告げた。

 「そうですか」
 レイムはただ、おかしそうに笑うだけ。

 「お言葉ですが、放っておいてよろしいのですか?」
 「あんなオンナ、さっさと殺しちゃえばいいのに」
 キュラーもビーニャも不満そうに言う。
 言葉にこそ出さないが、ガレアノも表情で同意を示していた。

 「まあ、お待ちなさい。どうせ途中までの目的は同じです。泳がせておいても問題ないでしょう。それに……」
 レイムは微笑んだ。
 どこか冷たくて、だからこそ美しくも見える。

 「なかなか乙なものですよ? 自分で自分の傷口をえぐる様というのも」







第45話 うたかたの夢


 道なき道を私達は進んでいた。
 茂みをかき分け、たまに枝に引っかかり……
 …………………

 「……って、なんで街道思いっきり外れて山道歩いてんのよ――っ!!」
 「そうは言っても……仕方ないわよ。他の人に見つかったら面倒だし」
 うんざりしたようにアイシャが…
 ……ん? 他の人に見つかったら面倒?

 「ちょっと待て。テメエ、俺達を連行するんじゃねえのか?」
 リューグも不自然さに気づいたか、そう問いかけた。
 でも、返ってきたのは呆れたようなため息。

 「あのね……誰がいつそんなこと言ったのよ?」
 「え、でも……」
 「今回は雇い主殿とは関係なし。別口よ」
 それ以上言うことはない、とばかりに再びさっさと歩き出す。

 「……本当だと、思う?」
 私はマグナ達に聞いてみた。
 「うーん……どうだろう?」
 「けっ、連中のことだ、罠か何かだろ?」
 「ちげえよ」
 リューグに反論したのは、意外にもバルレルだった。

 「なんでそう言い切れるのよ?」
 「あのオンナの魔力なら、そんな小細工必要ねえ。まして今はな。俺達を捕まえるなり殺すなり、思いのままだ」
 トリスの質問に、バルレルは面倒くさそうに答えた。
 だから戦いたがらなかったのか……って……
 ……じゃあ、バルレルにそこまで言わせるほどとんでもない相手ってことになるわけ……?

 「……よく無事だったわね、私達……」
 今更ながらに震えがくる。
 そしてふと、バルレルが私をじー……と見ていることに気づいた。
 「ん? 何?」
 「いや、何でもねえ」
 あっさり視線を逸らすと、それきり何も言わずに歩き続ける。
 何でもないように見えなかったけど……

 「でも……本当だとしたら僕達、どこに向かっているんでしょうか?」
 ロッカが首をひねった。
 そういえば……どこに行く気なんだろう?
 街道を外れてしまったから、見当が全然つかないし。
 山の中って、何かあったっけ?

 「何やってんのよ? 遅いわよ」
 「しょうがないでしょっ!! 慣れない山道なんだからっっ!!」
 アイシャに怒鳴り返したら、思い出したように足が痛くなってきた。
 ……そういえば、レルムの村以外はほとんど平坦な道ばっかりだったからなあ……

 「……おい。もしかしなくても、足痛めているだろ?」
 ぎく。
 はいそうです。痛いですリューグさん。……って言えたら楽なんだけど……
 うう、なんでみんな平気なのよぉ……

 「あ……!」
 「すみません、気づかなくて」
 「とりあえず座って、靴を脱いで。トリス、治癒を」
 「うん、えーとプラーマは……」
 サモナイト石を探そうとしたトリスだったけど、アイシャがそれを手で制した。

 「いいよ、私がやる」
 そして紫のサモナイト石を取り出すと、呪文を唱えだし……
 「……?」
 何…この感じ?
 なんか落ち着かないような、懐かしいような……
 ううん、懐かしいというより……知ってる?





 「嫌よっ、そんなの……っ」
 「だめだ。このままじゃ、奴の思うつぼだ」
 「でも!」
 …………誰?
 顔がぼやけてて、よく見えない。

 「……ごめん」
 あたりが一瞬光った。
 続いて、衝撃。

 ぼんやりと、誰かの足が見えた。
 「な……何、を……」
 やっと出しているような、かすれた声。

 再び、あたりが光った。
 「……彼女を、頼む。なるべく遠くへ逃がしてくれ」
 息をのむ音が、やけにはっきり聞こえた。
 「嫌……やめて……」
 今度は、視界が高くなる。
 ぼやけたままだったけど、誰かがこちらを見上げているのだけはわかった。

 「ごめん、俺達はここまでだ……君だけでも生き残ってくれ」
 「やめてよ……そんな、これが最後、みたいに……」
 言葉、声。一つ一つが胸を苦しく、切なくさせる。

 「……行けぇっ!!」
 それを合図に、すべてが急速に遠ざかった。
 視界はだんだんはっきりしてきたけど、もう話していた人の姿も見えない。

 そして。
 すさまじい閃光がほとばしった。





 「―――――っ!?」
 私はぱちっと目を開けた。
 心臓がどくどく言ってる。
 なんであんな夢……
 ……あれ? そういえば、いつの間に私寝てたの?

 そこまで考えてから、ようやく気づいた。
 ゆさゆさと、規則的に揺すられる感覚。
 誰かの首筋と、身体に感じる暖かさ。

 「……起きたか」
 ……………………………
 「えぇぇぇっ!? ちょっ、リューグ、何でっ!?」
 「わっ、こら落ち着け、暴れるな!!」
 そう、どういうわけだか私は。
 リューグにおんぶしてもらっていたりするわけですよ。

 「 、治療の途中で倒れちゃったのよ」
 トリスが横から言った。
 「早起きした上、慣れない山道を歩いたから疲れが出たんでしょう」
 「一応足は治ってるみたいだけど、しばらくは無理しない方がいいよ」
 ……心配しているようなセリフの割に、マグナとロッカの表情が複雑そうなんだけど………?
 って、それより!

 「あ、その……ごめん、もう大丈夫だから! 下ろして!」
 「大丈夫じゃねえよ、さっきまで無理して歩いていたの誰だ?」
 「でも、リューグが大変でしょ!? 私重いし!」
 あ、今のは自分で言ってて自己嫌悪……
 でも、やっぱりリューグに悪いし!
 なにより、私の心臓が落ち着かない――――っ!!

 「別に重くねえ! いいからおとなしくしてろ!!」
 怒鳴り返されて、私は次の言葉を言えなくなった。
 「やせ我慢もいいかげんにしろっ!! 人のことばっか気にするくせに、テメエのことには気を使わねえし!! ったく、テメエって奴はっ!!」
 一気に続いたリューグの怒鳴り声は、そこでぴたりとやんだ。
 少しの間をおいて、ぼそりと続ける。
 「……テメエの心配してる奴もいるってことぐらい、覚えておけよ……」
 「……リューグ」

 ふう……と息を吐く。
 「……きつかったら早く言ってよ」
 それしか言えなかった。あんな事を言われたら。

 ふと、黙ってこっちを見ていたアイシャと目があった。
 私の視線に気づくと、あわてて目を逸らす。
 ……気のせいかな? なんだか悲しそうだったけど……





 それきり会話らしい会話もなく。
 みんな黙々と(私だけおぶさっていたけど)歩みを進めた。

 私は歩けもしないのですることもなく。
 話しかけようにもなんだか声をかけづらい。
 仕方なくぼんやりと風景を見ていたけど……飽きてしまった。
 だって木ばっかりだし……

 まだ着かないのかなあ……眠くなってきちゃったよ。
 揺れ具合とリューグの背中からの体温が、また眠気を誘うのにちょうどよくて。
 なんか安心する。

 ぼーっとする意識の中で、私はリューグにしがみついた。
 あったかい。ただそれだけなんだけど、幸せな気分になる。
 「おい、 ?」
 怪訝そうなリューグの声を最後に、私は再び夢の中へと旅立った。







 「……い。おい、着いたってよ」
 んー……
 「あと5分だけぇ……」
 「寝ぼけてんじゃねえっ! 起きろっ!!」
 「……ふぇ?」

 霞がかかった視界がはっきりしてくる。
 建物が焼け残った跡、真っ黒に燃え尽きた木々。
 「ここって……」
 リューグの背から降りながら、ぽつりとつぶやいた。
 誰もが沈痛な表情でうなずく。
 「ええ……レルムの村です」
 ロッカの言葉が、ただむなしく響く。

 こうなってるとわかってた。覚悟してたつもりだった。
 だけど……

 「遅かったな」
 低い男の声に振り返ると、そこには狼一匹。
 そういえば一緒じゃなかったな……

 「こんにちは、おじちゃん」
 ハサハが笑顔で挨拶を……
 ………………………………………え? おじちゃん!?
 「ん? おい、俺はまだそんな歳じゃないぞ」
 むっとして言い返す狼。

 「んなこと言ってる時点で充分おじさんよ。第一私よりすっごく年上でしょうが、セイヤおじちゃん」
 「……お前まで便乗するな。おじちゃんはいらん」
 アイシャにまで言われ、さらに不機嫌そうになる狼。
 セイヤって名前だったのか……
 それにしても……戦ってるときとずいぶん違うような……

 「それはそうと。あんただけ?」
 「いや、俺だけ先に来た。もうそろそろだと思うが……」

 「ロッカ、リューグ!? それに、お前さん達……」
 横から聞こえてきた声に驚いて、私達は振り向いた。
 そして、その姿を認めても、誰もしばらくは反応できなかった。
 探していた相手だというのに。

 「……お爺さん?」
 ややあって……ようやく、ロッカがそれだけを口に出した。



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やっと村に着いた……ペース遅っ。
主人公寝てばっかり……いえ、ちゃんと理由はあるんですよ、一応。
一区切りついたらその間の話、リューグ視点の閑話で書こうと思います。
あと1、2話で合流予定。……書ききれるか?(いろいろな意味で)