第46話
第46話 戦いの理由


 ただ、沈黙が流れていた。
 誰も何も言えないまま。

 「どういうことだよ?」
 ややあって、リューグが口を開いた。
 「なんでジジイが、こいつらと一緒にいるんだよ?」
 射るような視線で彼らを見据える。
 誰も口を挟まない。多分、それを聞きたいのはみんな同じだから。

 「拾ったのよ」
 アイシャが言った。
 「ケガして座り込んでいたところを見つけて、ここまで運んだの。ちなみに簡単だけど手当てもしたし、知っているのは私達だけ、雇い主殿やイオス達はこのこと知らない。何か質問は?」
 「……どうしてですか? あなたは彼らの仲間でしょう、なぜ……」
 不審そうにロッカが問いかけた。

 でも、それはアイシャの方も予想してたらしい。
 言うと思った、とばかりに肩をすくめると、
 「仲間じゃなかったわよ、あの時は。この人の手当てしてから、あっちに雇われたの」
 みんな、呆気にとられる。

 ちょっと待った。
 ってことは、つまり……

 「……村襲ったのルヴァイド達だって、お爺さんから聞いた?」
 「ええ」
 「それ知ってて、黒の旅団の仕事受けたの?」
 「そうよ」


 再び、沈黙。


 「何それ!?」
 「やってることメチャクチャじゃないの!?」
 「何考えてんだよ!?」
 順にトリス、私、マグナ。

 「あーもー、いっぺんに聞かないの。ちゃんと言うから」
 詰め寄る私達を手で制しながら、アイシャはため息をついた。

 「あっちの仕事は、ついでよ」
 「ついで?」
 「そ。私にはやらなきゃいけないことがあるの。あそこでね」
 「なんだよ、それ?」
 「それは話せない。あんた達を信用しないわけじゃないけど、どこから漏れるかわかんないし」

 漏れるって……漏れたらまずいってこと?
 そこまでしてやらないといけないことって?

 「だから、ここでのことは私は報告しないし、できる立場じゃない。そのことに関しては保証するわよ」
 保証するって……リューグとか、信用してなさそうだけど。

 「私はあんた達を捕獲しなかったこと、あんた達は聖女の身内がここにいることをあっちに知られたらまずい。そういう意味では利害は一致してるんじゃないの?」
 ……要するに、「ばらしたらこっちも困るし、あんた達も困る」ってことらしい。
 確かに、下手に知られたらこの周りに包囲網張られそうだしね……

 「……というわけで、私の話はおしまい。あとはそちらでお好きにどーぞ」
 そう言うと、アイシャは少し離れたところまで歩いていき……そこに座り込んだ。
 「逃げも隠れも襲いもしないから。何なら見張り付けても結構よ」
 やけにあっさりしているなあ……拍子抜け。
 どうしようかと、みんな一瞬顔を見合わせたけど。

 「オレが行く」
 バルレルが名乗りを上げ、そのまま歩いていった。





 ……さて、と。
 二人(+一匹)がおとなしくしているのを確認すると、私はお爺さんに向き直った。

 「……お久しぶりです」
 「……アメルは元気か?」
 「ええ。無事ですし元気です」
 そこで会話が途切れる。
 もちろん言うべきことはある。でも、それは私じゃなくて……

 「なんでアメルに嘘教えやがった?」
 「アメルのお婆さんの村は……本当にここから西なんですか? いえ、そもそも本当にあるんですか?」
 リューグとロッカの問いに、アグラ爺さんはしばらく黙り込み……
 「そうか、探したのか……」
 深々とため息をついた。

 「やっぱり……」
 「どうしてだよっ!? アメルがどれだけ傷ついたと思ってるんだっ!!」
 表情を曇らせるロッカと、いきり立つリューグ。
 私達は何も言えずにいた。
 誰もがわかってしまった。
 あそこには、アメルのお婆さんはいない。やっぱりあれは嘘だったんだって。

 「……潮時かも知れん。アメルを呼んできてくれ」
 やがて顔を上げたアグラ爺さんは、覚悟を決めた瞳をしていた。
 「あの子の出生に関わることだ」





 「テメエ、どういうつもりだよ」
 アグラバインと話している達をちらりと見つつ、バルレルは言った。

 「ニンゲン共はごまかせても、オレにはわかるぜ」
 「何が?」
 「とぼけてんじゃねえ。あんなこと、そうそう起こってたまるか」
 「あんなことって、どんなこと? わからないんだけど」

 本気なのか、とぼけているのか。
 問いかけられている当の本人は、のらりくらりとかわしているが……おそらくは後者だ。
 そうでなければ腑に落ちない。

 「まあいい。オレはテメエの正体や目的なんざどうでもいい」
 どうせ今聞いたって無駄だ。話す気なんてないだろう。
 ただ……

 「なら、どうしてそんなこと訊いたのよ?」
 アイシャが不思議そうに訊いた。
 そんなのこっちが知りたかった。
 興味ないもの、やばそうなものには関わらない。今までだってそうしてきたのに。
 どうしてこんなに引っかかる?

 「……わかんねえよ」
 それだけ言うのがやっとだった。









 ざっく、ざっく。
 土を掘る音が、ここまで聞こえてくる。
 お爺さんが、村人達のお墓を掘っている音。

 「いいのかな? あの二人だけにして……」
 「仕方ないですよ。お爺さんが『大丈夫だから行ってこい』の一点張りなんですから……」

 あの後。
 ロッカとリューグは「せっかくだから、両親の墓参りでもしてこい」と言われた。
 私とマグナ達は待っていようかと思ったんだけど、
 「一緒に来てください。別行動は危ないですし、紹介もしたいですから」
 と誘われたのでついてきた。

 「あれ? ハサハ?」
 ふと、マグナが辺りを見回した。
 そういえば……いつの間にかハサハがいない。

 「さっきまで一緒だったんだけど……また迷子か?」
 「自分ガ探シテ来マショウカ?」
 「ああ、頼むよ」
 ガションガションと音を立てて、レオルドが離れていった。





 それからしばらく歩いて。
 「着いたぞ」
 リューグが短く告げる。
 小さな墓碑がそこに立っていた。

 「……遅くなってごめん、父さん、母さん」
 ロッカがそう言いながら、そのあたりで摘んできた花を添える。
 「アメルも元気だよ。今、この人達と旅をしているんだ」
 報告するロッカの横で、リューグが複雑そうな顔をしている。
 なんだかやりきれなくて、私は手を合わせて目を閉じた。



 ごめんなさい。
 私、多分息子さん達にはいろいろ迷惑とかかけちゃってると思います。
 でも、必ず終わらせますから。
 こんな悲しいことは止めてみせますから。



 それだけを心の中で言うと、私はゆっくりと目を開けた。
 ロッカ達も報告が終わったみたいで、黙祷を捧げていた。
 マグナもトリスも、そしてレシィも。
 バルレルだけは案の定、つまらなさそうにそっぽを向いていたけど。





 アイシャはゆっくりと目を開けた。
 目の前にあるのは小さな墓、それを囲んでいる達。
 木の陰にいるせいもあって、向こうは気づいていない。

 やがて、耐え切れなさそうに踵を返した。
 始めは急ぎ足で、それがだんだん駆け足に変わり……唐突に止まる。
 後から悠然とついてきたセイヤがぼそりと言った。

 「……泣くな」
 「だって……」
 返す声はしゃくり上げ気味で。

 「悔やむな。そればかりでは、前に進めんぞ」
 「わかってる。わかってるけど……」
 とうとうその場に崩れる。
 セイヤはやれやれとため息をついた。どうもこういうのは苦手だ。

 ぽん、とアイシャの頭に手が乗った。
 そのままゆっくりとなでる。

 「……?」
 「お前は……」
 いつの間にいたのだろう。
 そこにハサハが立っていた。

 「だいじょうぶ。こんどは、おねえちゃんがたすけてくれるよ」
 ハサハは微笑んだ。
 「おじちゃんだってしんぱいしてる。ひとりじゃないよ、くるしまないで……」
 アイシャは呆然とハサハを見…
 弱々しく笑った。

 「ありがと」
 だが、すぐに表情を曇らせる。
 「でも、ダメなの。これ以上は……」
 ぎゅっと拳を握りしめる。
 セイヤは何も言わない。否、言えないのか。
 ハサハもただ彼女を見ているだけ。その瞳には、わずかに悲しみが浮かんでいた。



 「これが、私の……受けるべき罰なんだから」



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アイシャの事情、ちょっとだけ明らかに。
ちゃんと意味はあるんですよ、ここ。バルレルとハサハが何に気づいたのかも含めて。
次回、やっと待機メンバーと合流予定。色々と動き出します。
……けど、もうしばらくお待ち下さいませ。違う話も書きたいんですよ(汗)