第47話
第47話 事態は知らぬ間に動き出す
「それじゃ、アメル達連れてまた来ます」
「おう、気をつけてな」
お墓参りを終えてアグラ爺さんのところへ戻った後。
予定より遅くなってしまったので、そろそろ戻ろうということになった。
この様子なら、お爺さんもしばらくは大丈夫そうだし。
アイシャのことも、お爺さんやハサハはかなり信用しているみたいだし……このことに関してはそんなに心配しなくても問題ないだろう。
「さ、早いとこ帰ろうか!」
「……でも、……足痛めてるだろ? ふもとまで俺がおぶっていこうか?」
「えっ、そ、そんな悪いよ」
マグナの申し出に、だけど私は首をぶんぶん振る。
気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしい……
「なら、僕が背負いましょうか?」
いや、ロッカ……そういう問題じゃなくて。
「ありがとう、でも大丈夫だから……」
「テメエの『大丈夫』は信用できねえんだよ。いいからおぶされ」
……リューグまで……
「リューグは行きに背負ったから疲れてるだろう?」
「あんなの疲れたうちに入るかよ」
「何だよ、最初に言いだしたの俺だぜ?」
……どーしてそこの男三人、険悪なムードが漂ってるんでしょうか……?
なんか、バックに火花が似合いそうな感じなんですが。
「……どうしたの三人とも……?」
私が聞いても、トリスは目を泳がせたまま答えない。
レシィはおろおろしてるし、バルレルはなぜか面白そうに見てるし。
レオルドとハサハは……わかってないだけだろうな、きっと。
ちなみにアグラ爺さんとアイシャ達は、「やれやれ」と言いたげな顔で見ている。
……なんて周りを観察している間に、話は「じゃんけんで決める」ことになったらしい。
さっきからかけ声が延々と続いている。
しかし、ここまであいこが続くと……もう執念だね……
これじゃ日が暮れちゃうよ。
所在なくポケットの中のものをいじっていると、指先に堅い物が触れた。
取り出してみると、それは緑色のサモナイト石だった。
あー、これ……あれから入れっぱなしになっていたゲルニカだ。
そういえば、これ飛べるんだよね。
「……それ、もしかしてあの時のゲルニカ?」
横からトリスが声をかけてきた。
「うん」
「あれには驚いたわねー。穴の中が光ったと思ったら、そこからゲルニカが出て来るんだから」
そう言われても……あの時は私じゃなかったから覚えてない。
でも、使えたら便利だろうな……
「このゲルニカ召喚できたら、ファナンの近くまで飛んでって頼めるのになー」
さほど期待せずに、そうつぶやいた瞬間だった。
しゅうぅぅぅ……
「え?」
手の中のサモナイト石が光り出す。
じゃんけんをしていたマグナ達も、異変に気づいてこっちを向いた。
「な、なにこれっ!?」
魔力が、勝手に流れていく。
しかも……半端じゃなくきつい。全身を押さえつけられるような感覚と共に、汗が一気に吹き出る。
だけど、私は必死に耐えるのが精一杯だった。
ダメ。これで気を抜いたら、暴発しちゃうかも知れない……!
「!?」
声がする。それが誰のものなのかさえ、判別することができない。
目の前の空間が歪みだしたのだけは、かろうじてわかった。
「!!」
「う……」
気がついたら、いつの間にか地面に座り込んでいた。
もうサモナイト石は光ってないし、体の方もなんともない。
ただ……
「なっ……!?」
目の前にやたらに大きい影。
真っ赤な巨体、その背に大きな翼、例に違わず厳つい顔。
えーと……これってもしかして……
「、いつの間にゲルニカ呼べるようになったんだよ!?」
……こっちが知りたいぐらいなんだけど、マグナ。
Bランクだってようやく使いこなせるようになってきたぐらいなのに……
いや、その前に呪文はおろか魔力も込めてなかった。少なくとも自分の意志では。
「呼べたらいいなー」って思っただけで、全然召喚しようともしなかったのに。
なんで?
「……お取り込み中悪いんだけど、この子が命令待ってるわよ」
アイシャの声に我に返ると、「早くしてくれ」と言わんばかりにこっちを見ているゲルニカの姿。
命令か……やっぱり、あれしかないよなぁ……
「……まあ、せっかくだし。このゲルニカに乗せてってもらおうか?」
「そうね」
トリスは即答。
「……大丈夫かよ、これ?」
リューグは不満そうにゲルニカを指さし、ロッカとマグナも相づちを打っている。
……気持ちはわからなくもないけど。
「でも、他に頼めることないでしょ……まさかこの辺燃やせ、なんて命令できないし」
私がそう言うと、マグナ達は仕方なさそうに「わかった」とだけ言った。
まだ納得してなさそうだな……
「大丈夫だって! あんまりスピード出さないように頼むから、捕まってれば落ちないって!」
できるだけ明るく言ったんだけど……まだ男性陣の顔は曇ったまま。
「そうじゃないんだって……」
言いながら、深々とため息をつくマグナ。
「え? 他に何かあるの?」
てっきり、落ちそうだから心配なのかと思ってたんだけど。
マグナは再びため息をついて、
「……いや、なんでもない」
……?
「……がんばって、おにいちゃん」
少し離れたところで、ハサハは両手をぎゅっと握って声援を送っていた。
で、やっぱり不満そうな双子を説得し、「本当に僕なんかが乗ってもいいんですか〜」と怖がるレシィをなだめすかすこと約20分。
ようやく全員ゲルニカの背に乗って出発することとなった。
「次会うまでに、精進しておきなさいよ! その時は、黒の旅団の一員として動いてるはずだから!」
下の方からアイシャの声がする。
「はっ、言われるまでもねえよ! テメエに勝てねえで、黒騎士をぶちのめせるか!」
「ちょっと、リューグ……!!」
「勇ましーわねー。でも、大事なものおろそかにしちゃダメよー?」
笑い声付きで返事が返ってきた。
それが余計面白くなかったらしく、リューグの眉間にしわが寄った。
「……それじゃ、そろそろお願いね」
私が言うと、ゲルニカはぎしゃあぁと咆吼を上げた。
翼がゆっくり動き出し、辺りにすさまじい風が吹き始める。
さすがにアグラ爺さん達も、あわててゲルニカから離れた。
羽ばたきはどんどん速くなり、ついにゲルニカの体は宙に浮かんだ。
「また来ますねー!!」
「無理しないでくださいよー!!」
ゲルニカの背から口々に叫ぶ私達。
向こうも何か言っていたみたいだけど、あっという間に遠ざかって見えなくなってしまった。
「……やはりまずかったのではないか?」
「言わないでよ……ちょっと後悔しているところなんだから」
小さくなっていくゲルニカをながめながら、セイヤとアイシャはぽつりと言った。
「まあ、一時的なものだし、多分ばれないと思うけど……」
「あの悪魔あたりは怪しんでいると思うが?」
「……うっ……」
アイシャの頬に一筋、汗が流れる。
「いい機会だ。もう一度……」
「ダメ」
一瞬の沈黙。
「……まだ最後まで言っていないぞ」
「想像つくもの。どうせ考え直せ、でしょう?」
アイシャはすたすたと歩き出した。
そして、空を見上げる。
「もう、後戻りできないのよ。あの時から」
「わ――っ!!」
「マグナ、しっかりつかまってってば!」
「うっ……」
「ちょっと、リューグ大丈夫!? 顔色悪いわよ!!」
「わ―――っ、やめてください―――っ!! 僕なんか落としてもおいしくないです―――っ!!(混乱中)」
「だ―――っ、テメエらうるせぇ―――――っ!!」
ゲルニカは飛んでいく。大騒ぎする私達を乗せて飛んでいく。
……降りるまで全員無事かなぁ……
「……あれは……」
見覚えのある召喚獣、そこからかすかに聞こえてくる声。
それらを確認すると、彼……兵士はあわてて来た道を引き返していった。
黒の旅団の、駐屯地へと。
「や、やっと着いた……」
「……まだ吐き気がしやがる……もう、俺は二度と乗らねえからな……」
どうにかファナンの近くに降り立ったときには、ほとんど全員青い顔をしていた。
「ありがとう」
それだけ告げて、ゲルニカを送還する。
こ、これはこれできつかったかも…
何か力が……って……
「!?」
「ごめん、やっぱエネルギー切れた……ちょっとだけ、休ませ、て……」
抱きかかえたのが誰なのかを確認する間もなく、私は魔力切れで倒れたのだった。
こんこん。
予想通り、返事はない。
ドアを開けると、はあいかわらず眠ったままだった。
マグナ達がぐったりしたを抱えて帰ってきたのが2時間程前。
しかもその原因がゲルニカの召喚。
その場はをベッドまで運んだり、アグラバインの話になったりでうやむやになってしまったが。
ネスティはじっと、の寝顔を見つめた。
事故で呼ばれてしまった、異世界の少女。
召喚術の素質はあるようだが、まだ未熟なはず。
事実、この前やらせた実習でも高位召喚術が使える程ではなかった。
それなのに。
心当たりが、ないわけではない。
だが。
「…………」
名を呼ぶ声は苦しげで。
弱々しく首を左右に振ると、ネスティは部屋から出ようとした。
「何をそんなに恐れているんですか?」
突然かけられた声に、背中が震えた。
おそるおそる振り向くと、寝ていたはずのが上半身だけ起こしていた。
ただし、まとう雰囲気はまったく違う。
「お久しぶりです」
ぺこりとが頭を下げた。
いや、ではない。ネスティにはわかってしまった。
「そうか……やはり君は……」
ネスティの表情が険しくなる。
「なぜ、今更僕達の前に現れた?」
『』は答えない。
ネスティはさらに腹立たしげに問う。
「あの二人は何も知らない! 彼らが……僕達がどれだけ苦しんできたか、わかっているのか!?」
やがて、『』が口を開いた。
「わかっていないのはお互い様です」
「何……!?」
「あなた達は、忘れてしまった。は……まだ知らない」
『』の顔は曇っていた。
「でも、もうそれさえも許されない……時が、近づいている」
「どういう……意味だ……?」
「それは……」
言いかけて、『』は急に口をつぐんだ。
しばし考え込むようなそぶりの後、
「気をつけてください。闇は隙を見逃さない……」
その言葉と共に、『』の上半身は再びベッドの上に沈んだ。
「あ、まだ話は終わって……」
「ふぇ? ……どしたの、ネス?」
寝起きのぼんやりしたまなざしが、ネスティをとらえる。
もうその表情は、見慣れた少女のものだった。
うーっ、頭重い……
それはそうと、なんでネスがベッドの前にいるの?
しかも、なんか顔が怖いんだけど。
……まさか、これはやっぱり……
「……ごめんっ!」
「は?」
ぽかんとするネス。
でも私にそれを気にする余裕はなく、
「朝何も言わずに勝手に出かけてごめんなさいっ! どーしても気になっちゃって!」
「……ああ、そのことか。マグナ達から話は聞いたが……そういえば、君の分の説教がまだだったな」
あちゃあ、ヤブヘビ……って、違うの?
それじゃ……
「まさか、私寝ぼけて変なことした!? それとも、寝言で悪口言ったとか!?」
「……さっきから何を言っているんだ、君は」
呆れたように、ネスはため息を一つついた。
「だって、ネス怒ってるみたいだったから……」
私がそう言うと、ネスは「しまった」というような表情で息をのんだ。
え?何その反応。
「いや、君に怒ってるんじゃない。君には……」
声は虚空に消えていく。
拳を握りしめて少しうつむいた姿は、声を出さずに泣いてるようだった。
なんかよくわからないけど…
「えいっ♪」
「なっ……!?」
おー。驚いてる驚いてる。
抱きついただけでこんなにあわてるんだもんなー……
「何をするんだ!? いきなり……」
「泣きたいときは、泣いたっていいんだよ?」
ぴたりと、ネスの動きが止まる。
「全部言えとは言わない。でも、辛いときは辛いって言わなくちゃダメだよ」
「……言えないよ。言えるわけない。僕は……」
「私が嫌なの」
「……は?」
再び呆けるネス。
珍しいかも……それはさておき。
「いかにも『僕は悩んでます! 世界一不幸です!!』ってオーラまとったままのネスなんて、私が嫌なの! 見てるこっちまでへこむ! ちょっとは発散してくれないと、精神衛生上よくない!!」
「いや、いくら何でも世界一は……」
「そう見えるの! 悲愴な顔して『言えない』なんて言えば! 言えないことがあるのはわかるよ、でも何でもかんでも一人で抱え込むにも限度ってものがあるでしょう!? 私そんなに信用ない!?」
「信用してないわけじゃない!!」
ネスが怒鳴り返す。
私は思わず言葉を止めた。
「言えたら、これほど苦しまない! 人に言える話じゃないんだっ……誰も巻き込ませるわけにいかないんだっ!!」
泣いていた。
少なくとも、私にはそう見えた。
「……なんだ、ちゃんと言えるじゃない」
「え?」
「苦しいって、今言えたじゃない。いいんだよそれで。少しはすっきりしたでしょ?」
しばらくネスは、呆然とした表情を浮かべ。
やがて、苦笑に変わった。
「かなわないな、君には……」
ネスは私をじっと見つめて…おもむろに言った。
「もし、僕が……」
「え、何?」
「……いや、なんでもない」
えー、ちょっと何!?
そこで切られちゃ気になるー!!
「さて、どうやら朝のことは反省しているようだし……」
「許してくれるの!?」
私の淡い期待は、しかし次の瞬間あっさり砕かれた。
「そうだな。反省文で許してやろう」
ぴし。……と、一瞬の石化効果付きで。
「い――や―――っ!!」
その晩、私は「二度と勝手な真似しません」を何十回も清書する羽目になった。
「……まーねーしーまーせーん、にーどーと……何笑ってるのよ?」
「いや、別に」
なぜか嬉しそうなネスに見張られながら。
お待たせしてすみません……(滝汗)
意味深なところがぽつぽつと。……なので、一部に反動が(笑)
ネスと「もう一人」の関係もちょっとだけ。はうぅ、さらに重くなる……
ちなみにネスって、ストレスため込むタイプだと思います。発散も下手そう。