第48話
第48話 籠の鳥は空を夢見る


 二度あることは三度ある、という。
 しかも、悪いことに限ってそういうのは多い。

 いや、知ってたし予想もしてたよ?
 だけど。

 いいかげんこのパターンはきついよ……マジで。







 私が魔力切れで寝てる間に、話はしっかりまとまっていたらしい。
 まずはアメルの要望を聞いて、レルムの村へ向かうことになった。
 まあ、他にも色々気になること……例えばアイシャのこととか……はあったけど、それはとりあえず後回しで。

 準備を済ませ、街道を歩いて。
 「黒の旅団は出てくるか」という話題の真っ最中に……これまたお約束のように彼らはやって来た。

 「独断で動いて正解だよ」
 ひた、とこちらを見据えてイオスが言う。
 「目的地はゼラムだな?」
 続けての問いに、私はマグナ達と顔を見合わせた。
 イオスがそう思ってるってことは……アイシャは本当にしゃべっていない?

 「答える必要はない!」
 でも、すぐにロッカが切り口上を返したため、思考はそこで中断せざるをえなかった。

 ふと、イオスと目があった。
 一瞬だけ……本当に一瞬だけ、苦しそうに表情が歪む。

 「これ以上、お前達に振り回されるわけにはいかない。あの召喚師達に大きな顔をさせないためにも……『鍵』となる聖女、今日こそは手に入れさせてもらうぞ!」
 そう高らかに告げ終えたときには、イオスはもう軍人の顔に戻っていた。
 ネスが顔面蒼白にして息をのんだ。
 他のみんなの表情にも怪訝そうな様子が見え隠れしている。

 当のアメルは。
 「どうあっても、黙って通してはくれないんですね……?」
 決意のこもったまなざしで前を見、立つ。
 こっちも、止まってはいられない。

 そして、なだれ込むように戦いはまた始まった。







 で。
 「わわっ!?」
 あわてて避ければ、さっきまでいた場所に槍が刺さる。
 うわ、今のは本気で足狙ったね。

 「イオスさん……か弱い女の子にこれはないんじゃないですか?」
 「はいそうです、と着いてくる気はないんだろう?」
 そりゃそうだけど。
 ちらりと見ても、まだみんなは一般兵を相手にしていて。
 はぁ……数の暴力が身に染みる。ここまで人使うか黒の旅団。

 毎度おなじみとなったイオスの「総員、行けっ!」の合図からすぐ。
 思い切り人海戦術取られて、いつの間にかこっちはバラバラにされてしまった。
 それで、どういうわけか私はまたイオスと対峙している。
 ……アメルの方はまだ護衛が多い分、持っているのがせめてもの救い。

 「で、イオス特務隊長殿」
 「……何だ?」
 「私を捕獲する理由は、まだ教えてくれないんでしょうか?」
 「……さあな」
 「あら冷たい」

 ……ほのぼのと会話しているようだが、この間にも応酬は続いている。
 こんな会話をできる程度には、私も慣れてきたようである。
 とはいえ…やっぱりイオスとは戦いたくない。
 そのせいもあってか、なかなかこの場を切り抜けられずにいた。





 「くそっ……数が多すぎる!」
 「急がないと、一人じゃイオスは……」
 マグナが剣でなぎ払い、トリスが召喚術を放っている間にも次の兵が来る。
 だいぶ減ってはきたが、それでもまだかなりの人数がいる。

 以前に比べれば余裕は出てきたが、防戦一方の
 そのに次々槍を繰り出すイオス。
 傍目から見れば、どう見てもが不利だが……

 (……?)
 それに気づいたのは、フォルテを始めとするほんの数名だったろう。
 戦い慣れした戦士達の、独特の観察力。
 (何を焦ってやがるんだ? いや、むしろあれは……)
 追いつめられている? 何に?
 はっきりしているのは、それがイオスの攻撃の鋭さを欠き、がかろうじて無事でいられる理由だということだけだった。






 しゅっ!


 「つっ……」
 イオスの槍が、私の左頬をかすめた。
 血が流れるのがわかる。
 あ……あっぶなーっ……

 次の攻撃に備えて身構えた…けれど。
 「……イオス?」
 てっきり畳み掛けてくるかと思ったのに、イオスは突っ立ったまま。
 私の血が付いた槍を構えて。

 「あ……」
 呆然と見つめているのは……私なのか、血の付いた刃なのか。
 「イオス?」
 さすがに様子がおかしい。
 私は思わず状況を忘れ、構えた棒を下ろして一歩踏み出した。


 「切り裂け闇傑の剣! ダークブリンガー!!」


 ざしゅざしゅざしゅ、と私とイオスの間に割り込むように数本の剣が降ってきたのはその時だった。
 「あっ……危ないじゃないのっ!!」
 「あっ、ごめん!! それより大丈夫だった!?」
 私の手を引っ張りながら、マグナが謝る。
 いや、無事だけど。イオスの方が心配なんですが……

 幸い、その心配は無用だったらしい。
 「くっ……」
 イオスがゆっくりと身を起こす。
 大したケガじゃなさそうで一安心。
 ただ、暗闇の効果はしっかりくらったらしい。目をしきりに瞬かせながら、辺りを見回している。

 そして。
 『パラ・ダリオ』
 間髪入れずトリス&ルウの召喚術が発動し、問答無用な形で戦いは終わった。







 「……なぜだ? どうして、とどめを刺さない!?」
 地面に転がったまま、イオスが叫んだ。
 確かに、今ならやろうと思えばとどめを刺せる。効率とかを考えるなら、ここで殺した方が楽なのだろう。

 だけど。
 「あたしたちは軍隊とは違うわ。あたしやみんなを守ることができればそれでいいの」
 「人殺しをしてまで目的を果たそうなんて思ってないんだ」
 トリスが、マグナが言う。
 目的のためには人殺しもやむなし……なんてこと、したくない。
 みんなそう思っているから、命を奪うような戦い方はしていない。

 「わかったような口を聞くなっ! 貴様らの言っていることは甘い幻想だっ! 現実を見すえてないきれい事だ!!」
 こちらをきっと見据えて、イオスが再び叫んだ。
 隣のアメルが身を固くする。

 「ひとつの利を得ようとすれば、必ずどこかで害が生じるんだ。ならば、誰でも己を利しようと考えて当然だ。貴様らとて、例外ではないだろう。理屈が違うだけでやっていることは同じだ……違うか!?」
 たまったものをすべて吐き出すように、一気に言い切って。
 イオスは荒い息を吐いた。
 痛いほどの沈黙がしばらく流れる。



 でも。
 それでも、私は。



 「そのとおりだな」
 『ネス!?』
 やおらつぶやかれた兄弟子の肯定に、弟妹弟子コンビが弾かれたように反応した。
 他の面々もネスを見たけれど、それ以上の行動は起こさずに次の言葉を待つ。

 「君の言葉は正しい。その点では評価しよう。だが……それを口にした時点で君に僕たちの行動を非難する資格はない。理屈はそれぞれ違うと君は自分で宣言したのだからな……」
 「く……っ」
 さすが。説教魔にかかっては、イオスもつまるしかない。
 ですよねぇ、とパッフェルがうなずくのが見えた。

 す、とトリスとマグナがイオスの前に立った。
 「黒騎士に伝えて……あたし達は、あたし達の望んでいることを絶対に諦めない」
 「それを貫くためにデグレアを敵に回したとしても、な……」
 それだけ言うと、二人は踵を返して歩き出した。
 他のみんなもやや遅れてそれに続く。

 私も着いていこうとして……ふと足を止めた。
 イオスを振り返り、言葉を紡ぐ。

 「覚えてる? フロト湿原で言ったこと」
 イオスは答えない。
 「あの時の気持ちは変わってないよ。確かにきれい事かも知れないけど……だからって、諦めたら絶対叶わない」
 そうだよね?
 この言葉をくれた彼女達に心で問いかけてみる。

 「私、ワガママなの。どっちも取ってみせるから」
 そこまで言ったとき、向こうから「おーい、早くー」と呼ぶ声が聞こえてきた。
 ああいかん、置いて行かれる。

 「じゃねっ」
 イオスに軽く手を振って、私は走り出した。





 走り去る少女を、イオスはぼんやりと見つめた。
 真剣に怒った顔、心配そうな顔、先程浮かべていた笑顔…すべてが浮かび、消える。

 槍がの頬をかすめたとき、無理矢理押さえていた恐怖がよみがえった。
 失ってしまうかも知れない…しかも、己の手で。
 そんな感情は許されない。わかっているはずなのに。
 どうかしている。

 どうかしているといえば。
 『私、ワガママなの。どっちも取ってみせるから』
 言われたばかりの言葉が思い浮かぶ。
 本当に変わっていて……強い。
 あんな言葉をぶつけてもなお、そうするというのか。

 「いや……僕は君のようにはできないよ」
 あまりにも違いすぎる。
 が大空で力強く羽ばたく鳥なら、自分は鎖に繋がれた鳥だから。
 デグレアという籠から、出られないから。

 「あの方のために……君を籠に入れないといけないんだ」
 自嘲気味の自分の言葉が、ただ痛かった。



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自分で書いたとはいえ、イオスが……
ここでこうなんだから、機械遺跡のあたりではどうなるんだ……自分の神経(汗)
書いていて思いましたが、この時イオスもマグナ達がうらやましかったのかも……
自由にしてあげたいです。早く。