第49話
第49話 始まり、そして終わり
焼け落ちた建物。燃えてしまった木々。
これが「聖女の奇跡」でにぎわっていた村だったなんて、誰が想像できるだろう?
最初は、誰も言葉はなかった。
一度見た、私達でさえ。
「以前は緑にあふれた、のどかな村でした……あの夜がやってくるまでは……」
「見てみたかったわね、こうなる前に」
アメルの、ルウの言葉が重くのしかかる。
もしかしたら、なんとかできたかもしれない…止めるまではいかなくても。
「でも、汚れていません。そんなにひどいことがあった場所なのに、空気が澄んでいます……」
カイナが穏やかな笑みを浮かべた。
ああ、とロッカが言う。
「それはお爺さんが村人達を弔ったからだと思います。僕達が会ったときもお墓を作っていましたから」
「あの爺さんらしいぜ。ほっておけなかったんだろうな」
会話が途切れる。
悲しいような、しんみりしたような空気が少し流れて。
「……行くぞ。こっちだ」
それを断ち切るかのように、双子が歩き出した。
村の外れの方、という位置が幸いしたのだろう。
久しぶりのアグラ爺さんの家は、大した被害もなくそこにあった。
こん、こん。
「お爺さん、来ました」
ロッカのノックが、声がお爺さんを呼ぶ。
沈黙と、かすかな緊張が横たわることしばし。
力強い足音が近づいてきて、止まった。
軋むような音と共に開く扉。
「……来たか」
一瞬、別人かと思った。
そのくらい、雰囲気が違っていた。
さながらすべてを受け入れて、刑罰を待つ罪人のように。
「お爺さん……」
アメルの表情が、徐々に緩んでいく。
目尻に涙を浮かべて、アグラ爺さんに駆け寄ろうとした。
「近づいてはならぬ!」
「え……?」
どうして、と言いたげな顔でアメルがアグラ爺さんを見る。
他のみんなも似たり寄ったり。
ロッカとリューグだけは相変わらずだった。
「わしは、そう呼んでもらえる資格などないのさ……それだけのことを、わしはしたのだからな」
淡々と、アグラ爺さんは話し始めた。
アメルをしっかりと見つめて。
「わしは、ずっとお前に嘘をついていた……小さいお前が寂しがるのが辛くて、ついてはならぬ嘘をついたんじゃ……」
「お婆さんのいる村のことですね?」
アメルが口を挟む。
アグラ爺さんはゆっくりとうなずいた。
「見つけることはできませんでした。そこにはたくさんの悪魔が封じられていて、とても人が住める所ではなかった……」
あの時のことを思い出したのか、心なし沈んだ様子でアメルが言った。
「……そうじゃろうな。わしが最初に訪ねたときも、そうだった」
「え?」
ルウが、アメルが。
そしてみんなが、程度の差こそあれ驚いた顔でお爺さんを見た。
「わしはな、昔あの森に入ったことがあるのさ」
お爺さんは語った。
悪魔の封じられた森とは知らずに、仲間達と入っていったこと。
仲間は次々とやられ、アグラ爺さんだけがかろうじて生き残ったこと。
そして…森の奥で赤ん坊を見つけたこと。
「そう……お前は、わしがあの森で拾ってきた子供なんじゃ……」
しん……と辺りが静まり返る。
「だから、お前に祖母はおらん。それどころか、両親さえいるのかもわからん。これが、わしがずっとお前に隠していたことじゃ……」
それきり、アグラ爺さんは目を伏せた。
誰も、何も言えなかった。いや、誰が口を挟めるだろうか?
隠し事をしていた「祖父」と、何も知らなかった「孫娘」に対して。
ややあって。
「そっか……だから、あの森の景色を見て懐かしいと思ったんだ……」
非難の言葉を言うでもなく、ただアメルは微笑んで。
「顔を上げてください、お爺さん。謝る必要なんてないですよ?」
お爺さんは弾かれたようにアメルを見た。
予想もしていなかったのか、少しの間呆然として。
「しかし、わしはお前に……」
「嘘でも!」
強い口調で遮られて、アグラ爺さんは言葉を飲み込んだ。
アメルは続ける。
「嘘でも、あたしはそれでよかったと思います。だって……だから、あたしは幸せに暮らしてこれたのだもの」
言いながら、優しくお爺さんの手を取って。
笑った。
「ありがとう、お爺さん。見つけてくれて……」
「それじゃ、私達は外に出てるから」
アグラ爺さんのケガをきちんと治す、とアメルが言いだして。
大したことないとか言っていたアグラ爺さんも、結局折れた。
久しぶりに会う二人だ。積もる話もあるし、いい機会だろう。
「あ、そうじゃ。」
「はい?」
出ていこうとしたら、アグラ爺さんに呼び止められた。
「お前さんに伝言を預かっとるぞ」
「伝言?」
あの時はロッカ達と一緒にいたし、伝言もらうような人なんて……
……いた。
「そういえば……彼女はどうしました?」
「お前さん達が行ってすぐ、そろそろ戻らないとまずいと出ていったぞ。それで、伝言じゃが……」
アグラ爺さんは少し考え込んだ。
「『ここから先は覚悟して行け。傍観者でいられる時期はもう終わっている』」
……え?
「そう言えばわかるはずだと言っとったぞ」
続く言葉に、余計頭がこんがらがる。
覚悟して行け? 傍観者? どゆこと?
わかるはずだと言われても……
「? 何やってるんだよ?」
「あ、ごめん!今行く!!」
マグナに呼ばれて、あわてて外へと出ていく。
アグラ爺さんが何か言ったような気がしたけど、ほとんど聞こえなかった。
その後みんなで話し込んでるうちに、それは頭の片隅に追いやられてしまって。
思い出し、その意味を理解したのはだいぶ後のことになる。
時は少しさかのぼり、黒の旅団駐屯地。
「……戻ってきたか」
「戻ってきたね」
全員負傷して戻ってきた兵士達を見ながら、セイヤとアイシャはつぶやいた。
先頭を行くのは沈んだ様子のイオス。
「ここまでは順調だな」
「うん。あとは……」
それきり、アイシャは黙り込んだ。
何か苦悩しているような、そんな表情が浮かぶ。
「不安か?」
「……まあね。それだけのことをしてるんだし、それに……」
一旦言葉が途切れる。
「そろそろ、あいつらも黙ってはいないはずだわ」
アイシャは唇をかんだ。
ひゅぅぅ……と駐屯地に冷たい風が吹く。
どちらも、しばらく無言だった。
「大丈夫だ。お前は俺が守る」
「……セイ?」
「あの時決めたからな。何があっても、最後までお前に付き合うと」
「……ありがと」
アイシャは優しく微笑んだ。
セイヤが満足そうにうなずく。
「……さてと! じゃ、そろそろ行きますか!!」
「……どこへだ?」
突然張り切って歩き出したアイシャに、セイヤは怪訝そうに問いかけた。
アイシャはふふーん、といたずらっ子のような笑みを浮かべると、
「落ち込んでる特務隊長殿を激励しに! ここでへこまれちゃ困るし」
そして、足取りも軽く一人テントへ向かって行った。
「……まったく……いつまで経っても鈍いな……」
セイヤが不満そうにつぶやいた。
長いつきあいだからわかる。おそらく、先程の言葉を激励の意味で取ったのだろう。
彼自身にしてみれば、精一杯の告白だったのだが。
出会って、彼女の目的を知って。
その結果どうなるのかも知ってしまった。
それでも、力になってやろうと決めた。
大きすぎるものを背負ってしまった、彼女を救いたいと思った。
だが。
「やはり、俺では無理なのか……?」
その問いに答える者はいなかった。
今回はさらっと流すように。
そろそろ怒濤の真実暴露が始まりますからね……(汗)
そして、鈍い相手に悩む男(オス?)がここにも。
とりあえずがんばれ。