第50話

 「……チェック完了。今のところ、異常なしです」
 「そうか」
 中年の男の声が安堵を伝える。
 「もうすぐだ……これさえ完成すれば……」
 「ああ、これで……」

 それが何のためなのか、彼は知らない。
 しかし、ここにいる人達は恩人であり、初めて自分達を対等に扱ってくれた存在だ。
 その頼みなら、断る理由なんてなかった。
 だが……

 「…………」
 ふと、その中の一人……彼より4、5歳ほど年上の青年と目があった。
 青年は苦笑を浮かべると、再び視線をそれに戻す。
 青年だけは悲しげな目でそれを見つめ続けていた。

 理由はわかっている。
 そこにあるのは、青年を……いや、人間を助けていたもの。
 対等の友として、力を貸していたもの。
 そして……

 ふいに、入り口がパシュゥッと音を立てた。
 振り返って、視界に入ってきた影は。
 「……っ!?」
 彼は息をのんだ。
 「……っ!!」
 青年が何かを叫んだ。





 「……っ!!」
 ネスティは声にならない叫びを上げながら跳ね起きた。
 頭を抱えながら、しばらく荒い息を整える。

 (また、あの夢か……)
 たまに見る、一族の記憶。
 赦されざる大罪。
 (どうして……!)
 よりにもよって、こんな形で。

 ある程度落ち着いてから、ゆっくりと辺りを見回す。
 幸い、誰も起きていないようだ。

 「マグナ、トリス……」
 壁の向こうで眠っているはずの弟妹弟子。
 このことを知ったら、酷く苦しむのは目に見えている。
 自分すら憎み、二度と笑うこともなくなるかもしれない。

 「……」
 己の胸元にそっと触れる。
 醜い体に臆することなく、触れてきた少女。
 何も知らずに、異形の自分を受け入れてくれた存在。
 だが、彼女は。

 「どうしてなんだ……っ」
 苦渋に満ちたつぶやき。
 聞く者がいなかったのは、幸いだったのか不幸だったのか。









第50話 紐解かれた発端


 翌朝。
 「やはり、そのことを語らぬわけにはいかぬということか……」
 アグラ爺さんの話は、疲れたようなため息と共に始まった。
 「お爺さんにとって話したくないことだっていうことなのはあたし達だってわかってるわ」
 「でも、敵がアメルを狙う理由と目的をつきとめるためには、過去になにがあったかどうしても知る必要があるんだ」
 マグナとトリスが交互に話しかける。

 「貴方は仲間たちとあの森に向かったとおっしゃったが、我々派閥の人間すら知らない禁忌の森の場所をどうやって知ったのか? また、入れぬはずの森にどうやって入ったのか? 包み隠さず、お話していただきたい」
 やけにピリピリしたオーラを放ちながらネスが問う。
 まあ、無理もないだろうけど……

 「……わかった」
 観念したかのようにアグラ爺さんがうなずいた。
 「あんたたちにはそれを知る権利がある。いや、むしろ話す義務が、わしにあるのか。この村が滅びた原因は、このわしにあるのやもしれぬのだからな……」
 「っ!?」
 何人かに動揺が走ったのが見なくてもわかった。
 そして、それが誰なのかも想像がつく。

 アグラ爺さんはひとしきり周りのみんなを見回し、一呼吸置いてから続ける。
 「わしはもともとこの村の人間ではない。それどころか、聖王国の民でもないのだ。わしは旧王国の生まれ、この村を滅ぼしたデグレアの軍人なのだ」
 「!?」
 アメルが驚いて息をのむ。

 「崖城都市デグレア所属、遊撃騎士団・騎士団長。これが、わしが捨てた本来の肩書きだ……」
 「まさか……! それでは、貴方がデグレアの双将として勇名を馳せた『獅子将軍』アグラバインだとおっしゃるのか!?」
 シャムロックが大きく身を乗り出した。
 でも、他のみんなは一部を除きほとんどぴんときてない様子。
 「獅子、将軍……?」
 「旧王国の侵攻が最盛期だった頃、デグレア軍を率いていた二人の将軍の一人さ。ただ者じゃねえとは思ってたが、これほどの有名人だとはな」
 フォルテが含みのある口調で言った。

 「それでは、貴方があの森に向かうことになったのは……」
 ピリピリを二割くらい増加させて、さらにネスが問いかける。
 「デグレア議会の決定による軍事行動だった。その目的は……森の中にあるとされた機械遺跡の発見とその確保だ」

 しーん……
 妙な沈黙が少しだけここを支配する。

 「機械遺跡ですって!?」
 「ちょっと待って! 森の中にそんなものがあるなんて、ルウも聞いてないわよ?」
 ミニスが、ルウがそれぞれ素っ頓狂な声を上げた。

 「真偽はわからん、我々は任務に失敗してしまったからな。わしが聞かされたのは、その遺跡の中にある品を手にできれば召喚術より強大な力が我が軍のものになる、ということだった」
 「召喚術以上の!?」
 「なんか、話がどんどん大事になってきましたですねー……」
 みんなが驚く中、パッフェルだけは相変わらずのマイペースだ。

 「では、いったい森の中にはどうやって入られたのですか?」
 カイナが至極もっともな疑問をぶつける。
 アグラ爺さんは一つうなずくと近くの引き出しまで歩いていって鍵を開け、
 「この情報をもたらした召喚師が持参してきたこれを使った」
 引き出しからまばゆく輝く羽根を出した。 

 「うわあ……ぴかぴかの羽根だぁ!」
 確かに、これはユエルじゃなくても綺麗だと思う。
 単純に金色っていうのももったいないくらい、神秘的な光を放っていて。


 ズキンッ……!


 ……?
 なんだろう?
 今、一瞬胸が痛んだような……

 「この、金色の羽根はいったい?」
 「天使の羽根だとその者は言っておった」
 「まちがいねェな……本物だぜ、コイツは」
 バルレルが横から補足した。
 みんなの視線がバルレルに集まる。

 「そうなの?」
 トリスが代表して訊いてみれば、
 「ああ、オレの大嫌いなヤツらの魔力の匂いがぷんぷんしてきやがる」
 かなり嫌そうにバルレルがうなずいた。

 「なるほど……天使の張った結界を天使の力で中和したんですね……」
 納得したとばかりにカイナ。
 「だが、その召喚師も森が悪魔の巣窟だとは知らなかったらしい。後は、前に話したとおりだ……」
 見つけた赤子と共に森の外まで逃げ延びて、ロッカとリューグの両親に救われたと。
 そう短く付け足して、アグラ爺さんは話を締めくくった。

 とはいえ。
 「あのさ……ジイさまが、どういう立場の人間だったのかはわかったけど。それがどうして、村が襲われる原因になるわけなんだい?」
 モーリンの言うとおりで。
 まだ(私以外は)その辺がはっきりしていない。

 「もし、デグレアがまだ遺跡を諦めていなかったとしたら?」
 今度は私に視線が集中した。
 「待ってよ! だって、それってずっと昔のことじゃなかったの!?」
 ミニスがあわてたように言えば、
 「デグレアと聖王国との対立は、それよりも昔から続いてるんだよ、ミニス?」
 シャムロックの落ち着いた声が帰ってくる。

 「そういえばあいつら、アメルのことを『鍵』って……」
 「あの森の結界を開かせるため、ってことか!?」
 トリスとマグナが顔を見合わせた。
 「それなら、あの時結界が破壊されたのも納得できるかも」
 「で、キーだと判断した嬢ちゃんを確保すべく村を襲撃したワケか」
 ルウやレナードさんもなるほどとつぶやく。

 「……ならば、やはり村を滅ぼすきっかけとなったのはわしじゃ」
 重々しく、やりきれない言葉がアグラ爺さんの口からこぼれた。
 誰も、何も言えない。
 痛いほどの静寂が降りる。
 トリスが何か言おうと口を開きかけて。

 「でしょうね」
 ネスの肯定がやけに響いた。
 「彼女を連れた貴方がこの村で暮らしてさえいなければ、村人達は巻き添えにならなくても済んだということですから」
 「ネスっ!! 言い過ぎよ!」
 トリスの抗議が飛ぶ。

 「そうだよ、いくら何でも……?」
 続いてのマグナの言葉は、アグラ爺さんが手で制することによって遮られた。
 「いいんじゃ……まさに、そのとおりでしかないのだからな」
 獅子将軍とまで言われた人なのに、その姿がとても小さく見えた。





 「デグレアの狙いがおぼろげにわかってきたでござるな」
 「ええ、アメルの力で結界を解き放ち、遺跡にある品を手に入れる」
 「その力とやらの獲得を前提において、今回の全面侵攻を開始、か」
 お爺さんをアメルにまかせ、残りのメンバーでいつもの話し合い。
 思わぬ方向に進んだためか、みんなの表情はいつにもまして硬い。

 「しかし……そのような力が、実在するのでしょうか?」
 カイナはまだそれが気になるようだった。
 「それを調べるのが次のあたし達の目的ってことよ」
 「本当に存在していたとしたら、デグレアが利用することのできないようにしてしまえばいい」
 トリスとマグナが交互に告げ、
 「そうでしょ、ネス?」
 「そうだろ、ネス?」
 揃ってネスを振り返った。

 でも、問われた本人は眉間にしわ寄せて黙り込んでるだけ。
 「…………」
 「……ネス?」
 「二人とも、あまり先走るな。まずはゼラムに戻ろう。手紙のこともあるし、先輩たちにも挨拶しておかないと。これから先のことはそれからだ」
 「あ、ああ……」
 「ええ……」
 どこか釈然としない様子でうなずく二人。
 結局話はそこで終わってしまい、誰からともなく自然に解散していった。



 「あのさ、ネス……」
 そのうち残っているのはネスと私だけになって。
 理由はわかっているとはいえ気になったので話しかけてみたけれど。

 「悪いが、少し一人にさせてくれないか」
 ネスはそれだけ言うと、返事も待たずに去っていく。
 声が、背中が、そして歩くスピードが拒絶しているようで。
 私は追うことも声をかけることもできなかった。

 「ネス……?」
 どうして、そんな態度を取るの?
 どうして、そんなに泣きそうな顔で私を見るの?
 どうして……?



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ヤなとこで終わるな自分……
もちろん冒頭の夢も理由の一つなんですけど。
その辺のことは閑話とかで明かせたらなと思います。
では、次回はゼラムにて。