第52話
第52話 心の行方


 「と、ところで。ガゼルやフィズ達は元気?」
 「ええ、元気ですよ」
 「モナティやイムラン達も相変わらずだし」
 「そ、そうなんだ、あはははは」
 「あははははは」


 しーん……


 ミニスやナツミ達はぎこちなく乾いた笑いを引っ込めた。
 かなり大人数での夕食だから普通はそれなりに盛り上がるはずなのだが、はっきり言って空気は気まずい。
 その原因のネスはといえば、やたらに重たいオーラを発しながら黙々と食事をとっている。
 さっきなんてドレッシングをかけすぎてテーブルや自分の服にまでたれていた。
 謝る言葉もなんか気が抜けたような感じだったし……

 私は隣のトリスの肩をちょんちょんとつつくと、小声で話しかけた。
 「ねえねえ、まだ、あれからネスと話してないの?」
 「うん……こっちも確かめたいことがあるのに」
 「確かめたいこと?」
 「うん。ギブソン先輩が言ってたの。少なくとも総帥は、殺せなんて命令しないって……」
 そうだよね、命令したのフリップだし。

 「だったら誰が命令したのか聞きたいんだけど……」
 「ろくに話もできない、と」
 トリスはうなずいた。
 「だって、見つけてもネス逃げちゃうし」
 「あ、そういえばそうだね」
 私もあれから何度かネス見たけど、すぐ逃げちゃったし。
 こっちも色々聞きたいんだけど…

 がたん、とネスが席を立った。
 そのまま何も言わずに応接室を後にする。
 静かにドアが閉められた後、ようやくあたりは騒然とし出した。

 「おい、どうしたんだよネスティは?」
 「何かあったんですか?」
 マグナやトリスが近くにいるから、自然と質問がこっちに集中する。
 「そんなこと言われても……」
 「こっちが知りたいくらいだよ」
 困ったようにトリスとマグナ。

 早くなんとかしないとまずいな……これは。







 だがしかし。
 タイミングが悪いのか、それともこちらが気づく前にネスが逃げてしまったのか。
 ネスを捕まえることはできず、とうとう探すのも疲れてしまった。

 「……テラスにでも行こうかな」
 部屋に一人でいると気が滅入りそうだった。
 もしかしたら誰かいるかもしれない、という期待もあったけど。

 「……あれ?」
 テラスに出ようとしたら……先客がいた。
 しかもあの赤いマントは……ネス?
 ……これじゃお屋敷の中探してもいないわけだ……

 普通に行っても逃げられそうだし……さんざん避けられたお返しも兼ねて。
 私はそーっとネスに近づいた。
 そして息をかければわかるほどの距離までになると。

 「ネースっ♪」
 「……っ!?」
 ネスは驚いて離れようとしたけど……そうはいくか。
 ここで逃げられたら女が廃る!

 なんとか手を伸ばしてネスの腕を掴むと、しっかりとそこに抱きついた。
 さすがにこれなら動けない。

 「なんで逃げるの?」
 できるだけ笑顔で言ってやる。もちろんわざと。
 「別に逃げてなんか……」
 「嘘! あからさまに避けてた!」

 しばらくお互い何も言わず。
 やがて、ネスが観念したようにため息をついた。

 「……聞いたんだろう?導きの庭園で」
 「最後の方だけ。残りはマグナ達から聞いた」
 「そうか……」
 どこか諦めたような顔で、ネスがつぶやく。

 「なら、僕の言いたいことも」
 「わかんない」
 全部言い切る前に否定で遮る私。

 「理由もなしで関わるなだの殺すだの言われて納得できるわけないでしょうが」
 「だが、これ以上あの森に関わるなら僕は君達を……っ」
 「じゃあ、なんでマグナ達にそんな話したのよ?」
 会話が途切れる。
 ネスは一瞬凍りついた後、少しうつむいてしまった。

 「大事だからでしょう? 殺したくなかったから、傷つけるの覚悟であんなこと言ったんでしょう?」
 返事はない。
 でもこれが正解のはずだし、答えがあってもなくてもどっちでもよかった。
 これだけは言いたかったから。

 「だけど、つき合い長いならわかってるはずだよ? あの二人にああ言ったって、アメルのためにも手を引こうなんて思わないって」
 つまり、それに気づかないくらいネスが追いつめられていたってこと。
 それに……
 「むしろ、どうしたらネスが苦しまなくてすむのかまで考えるよ。どっちかなんて取れないんじゃないの?」
 ネスは苦笑を浮かべた。
 「……そうだな」

 どっちかなんて選べないから、できる限りのことをしている。
 一番いい方法を探そうとしている。

 そして、ふと思った。
 ……私は?

 この世界と元の世界、どちらかを選べと言われたら……?



 「ところで、いつまでしがみついてるつもりだ?」
 「え?」
 あー……そういえばネスの腕に抱きついたまましゃべってたよ。
 そろそろと、ネスの腕から離れる。


 ひゅうぅぅっ


 「うひゃーっ、寒っ」
 でもあんまり風が冷たくて、またネスの腕に抱きついてしまった。
 「お、おいっ!?」
 焦ったようなネスの声が降ってくる。

 「だって、あっかいんだもん」
 「だからって……」
 「……知ってるよ。マグナやトリスにいつもきついこと言っているのも、あの二人を思ってのことなんだって」
 「……」

 あの二人だって、それはわかっているはずだから。
 だから……

 「くしゅんっ!」
 さっきの風で冷えたせいか、くしゃみが出てしまった。
 「……そろそろ戻った方がいい」
 「そうだね。中であったかいものでも……」

 飲もうよと言いかけて。
 視界の隅に、何か光るものが映った。
 それはまっすぐにこっち目がけて……

 「危ないっ!!」
 私はとっさにネスを押し倒した。
 飛んできたそれは、私の背中をかすめて落ちる。
 それを確認すると、私はネスから離れて構えた。
 多分……まだ他にもいる。

 「何だっ!?」
 ネスは急いで身を起こすと、はっとした顔で辺りを見回した。
 近所の屋根に影。それらがぐるりと私達を囲んでいる。
 よりにもよってこんな時に……!

 「我が主君キュラー様の命はそこの娘の捕獲……邪魔者は消す!」
 苦無だか手裏剣だかを手に、宣言する鬼達。
 冗談じゃありませんっての!

 とはいえ……どうする?
 こっちはネスと私だけ、向こうは悪鬼憑きのシノビ大勢。
 離れているうちはまだいいけれど、懐に飛び込まれたら勝ち目はない。
 そう考えているうちに、連中はこっちに降りてきて……


 びしゅっ!


 「ぐわぁっ!?」
 飛んできた矢を受けて、一人倒れる。
 …………え?

 「二人とも、下がって!」
 入り口からミモザの声が聞こえてきた。
 「わざわざ来てもらって申し訳ねえが、土産付きで帰すわけにいかねーんだよ」
 フォルテが剣を抜きながら進み出る。
 よく見ると、ほとんど全員揃ってそこにいた。

 「……さて、丁重にお帰り願おうかしら?」
 ミモザの不敵な笑みを合図に、敵も味方も動き始めた。







 「……大丈夫、二人とも?」
 「うん、平気……」

 いくら鬼やシノビとはいえ、この人数に勝てるわけなく。
 結構早く戦闘は終わってしまった。

 「、背中破けてるわよ? 血もついてるし」
 「え?」
 ミニスに言われて見ようとしたけど……見えなかった。
 仕方ないので背中に手をやったら……確かにほつれた布の手触り。
 さっきかすったときか……これ、結構気に入ってたのに。

 「ところで、どうして先輩達はあそこにいたんですか?」
 ネスの質問に、何人かがぎくりと身を強ばらせた。
 「だって、かわいい後輩の様子が変じゃ気になるじゃない?」
 悪びれもせずミモザ。しかも、やけに楽しそうだ。
 覗いてたな、この人達……ったく……

 ……………………
 ……あれ……?

 「ミモザ先輩っ!!」
 「いやぁ、しかし若いっていうのはいいねぇ、ネスティ君?」
 「フォルテっ!!」

 なんか、頭がぼーっと……

 「でも、覗く気はなかったのよ?ただ、雰囲気的に出にくくて……」
 「それあんまり説得力は……?」
 「おい、どうした?」

 返事しようとしたけど、息が苦しくて声が出ない。
 体が、熱い……力が入らない……

 「おい、!!」
 「どうしたの、しっかりして!」
 誰かの腕に抱えられているのと、みんなが呼びかけているのだけはかろうじてわかった。
 それさえもだんだん遠ざかっていく。
 真っ暗闇の中へと……



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というわけで(何)事件発生編。
想像つくと思いますが、マグナ達はシオンと一緒に戦ってる頃です。
ところで、どうやってネス達の居場所突き止めたんだろーかミモザさん……(汗)
では、こんな状態ですが次回に続きます。