第54話

 「で、例によって何も覚えてない、と」
 「うん。テラスで倒れてから、さっき目が覚めるまでがぶっつり」

 ただいま、みんなで朝食中。
 そして、あれから何があったかを聞き終えたところ。
 みんな、私が何かしたって言うんだけど……ホントに覚えてないんだよね……

 でも……なんか大事になってたようで。
 起きたらネスにもお礼言っとかないと……

 「……ところで」
 私はカチャリ、とスープ用のスプーンを置く。
 「おかわり、まだある?」


 どがしゃっ!


 みんながテーブルに突っ伏した。

 「テメエ……まだ、食う気かよ……?」
 リューグが身を起こしながら言う。

 「だって、すっごくお腹すいて……」
 「だからといってこの量は……いったい何杯目だよ?」
 マグナの問いに、私は少し考えて。

 「……10杯目?」
 「12杯目デス」
 レオルドの訂正が、心なしか疲れたように聞こえた。









第54話 黒の素顔


 青い空、白い雲、眩しい太陽。
 今日は絶好の出発日和!

 「ん……」

 「の、はずだったんだけどね……」
 (部屋の中では比較的)無事だったベッド。
 そこは今、一睡もしてなかったらしいネスが占領していた。
 本音言うとマグナ達と話し合ってもらいたいけど、助けてもらった手前無理に起こせないし。
 つまり、ネスが起きるまで森には向かえない。

 「ヒマだ……」
 「なら、一緒に出かけない?」
 「わあっ!?」
 びっくりして振り返ると、やっぱり驚いたらしいトリスがいた。
 そしてすぐ、「むぅ」と膨れる。

 「そんなに驚かなくたって……」
 「いきなり話しかけてくるからだよ」
 「ごめん。……実は、ちょっとつきあってほしいの」
 「え?」
 「行きたい所があって。マグナも一緒。代わりに、服を買うのつきあうから」
 「……あ」

 そういえば、昨日ので背中破けちゃったんだっけ。
 思ったより早くくたびれてきちゃったし…
 うん、禁忌の森へ行く前の気分転換だと思えば。

 「じゃ、行こうか」
 「そうこなくっちゃ!」
 トリス、嬉しそうだな……





 「お待たせー」
 服を買い終えた私とトリスは、外で待っていたマグナに声をかけた。
 「おっ、どうだっ……」
 マグナの声が途切れる。

 「? 何かおかしい?」
 今私が着ているのは、タートルネックの黒いシャツにスリットの入った青のスカート(もちろんスパッツもはいてる)。
 さらにベージュのベストも羽織った。ジッパーの十字架の飾りがアクセント。
 私はけっこう気に入ったんだけど…

 「あ、ごめん。その……似合ってるよ」
 「ホント? ありがと!」
 えへへ……お世辞でも嬉しいな。

 「じゃ、今度は私がマグナ達につきあうよ」
 「でも……本当に、身体は大丈夫か?」
 「ん、平気。お腹いっぱい食べたら元気出たし」
 嘘ではなかった。
 シオンの大将によれば、体力とか消耗した分を身体が取り戻そうとしたんじゃないかってことらしいけど。

 「でも、きつそうだったら言うよ。……ところで、行きたい所ってどこ?」
 「あー、その……」
 歯切れ悪そうに言うマグナ。
 やがて、意を決したように。
 「レルムの村、なんだけど……。これからどうするにしても、村人達の墓参りはしておきたいし」







 「着いたーっ!」
 ようやく山道を登りきって、私は声を上げた。
 少しは慣れてきたのか、今回はそんなにしんどくなかった。
 考えてみれば、前々回は遠回りしてたし。

 相変わらず焼け野原で、もの寂しい雰囲気だけど。
 前のようなやりきれなさはなく、むしろ落ち着いた気持ちで村の跡を見ることができた。

 「あの日、ここからすべてが始まったんだよな……」
 「そうよね……」
 マグナとトリスがしみじみとつぶやく。
 アメルと出会って、ルヴァイド達の襲撃にあって。
 それからも色々あったけど、今私はここにいる。

 「アメルに初めて会ったとき、すごく懐かしい感じがしたわ」
 「あ、俺も。側にいると安心できて、でも時々不安になるような……」
 「……そういえば、ネスと初めて会ったときもそんな感じがした。すっかり忘れてたけど」
 「言われてみれば……」
 マグナとトリス、しばらく二人で話し込んでいたけど。

 「……やめとこう、これ以上考えるのは」
 唐突にマグナが話を打ち切った。
 何かを断ち切るように、軽く首を振って。
 「村の人達に挨拶をしたら、みんなのところへ戻ろう」
 「う、うん」
 マグナに促されるまま、私とトリスは村人達のお墓に向かった。







 「あれ?」
 お墓までもう少しというところで、トリスが足を止めた。
 「どうしたんだよ、トリス?」
 「あそこ。お墓の前に、誰かいない?」
 トリスが指さす先。
 ぽつりと佇む人影があった。

 「ほんとだ。俺達の他に、誰か来たのかな……?」
 そう言いながらそちらを見つめたマグナの顔が……すぐにこわばった。
 トリスも息をのむ。

 見間違えようがなかった。
 赤い髪に漆黒の甲冑をまとったその姿は。

 「そんな……どうして、黒騎士がこんな所に!?」
 マグナが呆然とつぶやいた。
 そしてはっとした表情になる。

 「、急いでここを離れよう」
 「そうね、あたし達だけじゃ見つかったらまずいわ」
 「ちょっ、ちょっと待って二人とも」
 私は慌てて二人を手で制した。
 私の安全を考えてくれてのことだってのはわかるけれど。
 ルヴァイドを……本当の彼を見てもらわないと、ダメだ。

 「何か……様子がおかしくない?」
 「?」
 私の言葉に、二人は視線を再びルヴァイドに戻す。
 幸い、ルヴァイドにはまだ気づいた様子はない。

 「許せとは言えぬ……恨まれるだけの、呪われるだけのことを俺はしたのだからな」
 淡々とした口調とは裏腹に、ルヴァイドの表情は辛そうだった。
 「だが、これだけはお前たちに約束しよう。俺は逃げぬ……だから、存分に俺を恨むがいい、呪い続けるがいい……」
 姿勢を正して、両足でしっかり大地を踏みしめて立っているのに。
 横顔が、背中が泣いているように見えた。

 言いたかった。何もかもを。
 でも、言えない。
 まだ、私の口から言っちゃいけない。それが歯がゆい。

 ふと、ルヴァイドがこっちを向いた。
 「その木の陰に隠れているのは誰だ?」
 「……っ!?」
 隣で小さく息をのむ音。
 あちゃあ…もう気づかれちゃったのか。
 だけど、誰も動かない。
 まあ、ほいほい出ていける身じゃないからね……いろんな意味で。

 「出てこい。さもなくば、こちらにも考えがあるぞ」
 「…………」
 マグナは「ここで待っていて」と小声で言うと、木の陰から出ていった。
 トリスも後に続く。

 「お前達か……」
 二人の姿を認めたルヴァイドは、もういつもの顔で。
 「どういうつもりなんだ、ルヴァイド……どうして、お前が村人達の墓になんて来るんだよ? 自分達が、皆殺しにしたくせにっ!?」
 マグナがまくしたてていても、表情一つ変えない。
 ただ、耐えるように押し黙っているだけだった。

 「答えなさいよっ!? ルヴァイドっ!!」
 半ば叫ぶようなトリスの言葉にも、返事どころかしばらく沈黙して。
 「運が良かったな……俺はもう、これ以上この村で血を流す気はないのでな。さらばだ……」
 答えることなどない、と言外に告げて。
 ルヴァイドは踵を返して歩き出した。
 「待てよっ!? 質問に答えろ!!」
 マグナの声にも振り返らない。
 拒絶する背中。

 「なんで……っ!!」
 思わず、私は声を上げた。
 ルヴァイドの歩みが止まる。
 「、出て来ちゃ……!?」

 「なんで、泣かないのよ……あんたもイオスも、そんなに辛そうなのにっ」
 ぼろぼろと、涙がこぼれる。
 見ていられなかった。
 あえて弁解さえしない彼らを。
 いくら罵られようと、自分の望みのために進み続ける彼らを。

 「どうして、何でもないふりするのよっ……」
 心は、そんなに泣いているのに。
 無理して、痛みを抱えたまま歩き続けて。

 誰も、何も言わなかった。
 それでも、振り向いたルヴァイドに対してマグナとトリスが私を庇うように立っていて。
 そのまま、少しだけ時が流れる。

 「…………」
 ルヴァイドが何か言った気がしたけど、よく聞こえなかった。
 「え?」
 なんて言ったの?
 そう聞きたかったのに。
 またルヴァイドは、私達に背を向けて歩き出した。
 今度こそ、振り返ることなく。







 「……いいの?本当に」
 横から声がして、ルヴァイドは足を止めた。
 「……これは俺の個人的な用だ。任務を持ち込む気はない」
 「……了解」
 苦笑めいた口調で返しながら、アイシャが木の陰から出てくる。

 「『なんで泣かないの』か。イオスがいたらなんて言ったかしらね」
 「さあな」
 「おや、実はちょっと嬉しかったりする? 雇い主殿」
 「……そう見えるのか?」
 「少なくとも私には」

 そうかもしれない。
 連れと同じように、罵りの言葉を口にするのかと思ったが。
 まるで自分達の代わりというように、涙を流して。
 泣け、と言うのか。
 任務を遂行する駒であり続けねばならない自分達に。

 「……俺は、愚かだと思うか?」
 「はい?」
 「己の心を殺して、部下を付き合わせて……そこまでして望みを叶えようとする俺を……愚かだと思うか?」

 アイシャは少し考えて。
 ゆっくりと、口を開いた。

 「そんなことない。あんたは自分を殺してでも果たしたい目的があるんでしょう?そんなあんただから、あんたの部下はついてきているんだよ」
 「そうか……そう思うのか、お前は」
 完全に納得したわけではなかったが、ルヴァイドはそれきり口をつぐんだ。
 アイシャは複雑そうな表情を浮かべて、その後をついていった。



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やや強引に墓参りイベント、です。
ゲームじゃさらっと行っちゃってるので、意外に動機つけるのが難しい……
ルヴァイドも結構出ました。彼は彼で抱え込んでることが多いですから。
次回、話は再び寝ているネスに戻ります。