第56話
第56話 切ない痛み


 「ごめん。ごめんね、私……」
 誰かが泣いている。
 ぼやけていて、顔はよくわからない。
 声でかろうじて女の子だってわかった。

 「…………」
 もう一つ、声がする。
 でも、こっちはよく聞こえない。

 「おね、がい……」
 かすれた声がなんとか聞き取れた。
 「止め、て……クレスメントの……」

 …………え?
 今、何て言ったの?
 クレスメント? どういうこと?

 「もう、あなたにしか……頼め、ないから……」
 「うん、約束する。もう、繰り返させない……」
 こっちの困惑をよそに、話は進行する。

 「あり、が……」
 その声が合図であるかのように、急速にすべてが遠ざかっていく。
 (待って!)
 すごく大事なことのような、そんな気がするのに!
 けど思いもむなしく、あっさり私の意識は途切れた。






 「ってば!」
 「ん……」
 やけに乱暴に揺すられて、私は目を覚ました。
 視界には、心配そうなトリスの姿。

 「……おはよ、トリス」
 ぼんやりしたまま、私はトリスに朝の挨拶。
 トリスはそんな私をしばらくじー……と見つめた。

 「どしたの?」
 「だって、起こしに来たら泣いてたから……どうしたのかと思って……」
 「え?」

 言われて初めて、私は頬が濡れていたのに気づいた。
 とりあえず寝間着の袖で拭く。

 「大丈夫、なんでもないから。ありがと、起こしてくれて」
 「ならいいんだけど……ごはんできてるから、着替え終わったら来てね。やっとネスが許してくれたんだから、待たせたくないし」
 「ん、わかった」

 何事もなかったかのように、トリスは出ていって。
 着替え始めた頃にはもう、夢は半分以上忘れてしまっていた。
 切ないような感じだけが、しばらく残っていた。







 まずおじいさんには言っておいた方がいいだろうとの意見が出たので、先にレルムの村に寄った。
 事の次第をざっと話し終えたあと。
 「やはり、確かめに行くか……」
 アグラ爺さんがつぶやいた。

 「全ての始まりがあの森だったなら、終わらせる方法もそこにあると思うんだ」
 「それにもし、おじいさんの話してくれたことが全部本当だったなら、今のデグレアにそんな力を渡すわけにはかないもの」
 マグナとトリスが真剣な顔で言った。

 「あなたにしてみれば、複雑な気持ちかも知れませんが……」
 「気遣いは無用じゃよ、トライドラの騎士殿」
 心配そうなシャムロックの言葉を、アグラ爺さんが遮った。

 「わしの願いは、三人の孫たちが幸せに暮らすことができる未来だけ。それだけなんじゃよ」
 「おじいさん……」
 ロッカが、アメルが神妙な顔をした。
 リューグは少し複雑そうだった。

 「この天使の羽根を持っていくといい。きっと、あんたたちを守ってくれるだろう」
 おじいさんが、あの羽根を差し出した。
 相変わらず、金色の光を放っている。


 ズキッ……!


 また、だ。
 胸が、ひどく痛い。
 泣きそうに、なる。

 「どうしたの?」
 側にいたミニスが不思議そうに訊いた。
 「あ、ううん……なんでもない」
 私はなるべく元気そうに答え、視線を戻した。
 その頃には羽根は誰かが受け取ったらしく、もう誰の手にも見えない。
 胸の痛みとかも、もうなかった。

 「あたし達、必ずまたここへ帰ってきます。だから、待っていて、おじいさん!」
 アメルは明るく言うと、お爺さんに手を振った。
 私達もそれぞれおじいさんに手を振ったり、声をかけたりしてから小屋を後にした。







 鬱蒼と広がる森。
 はー……できれば来たくはなかったけど。

 「これが、悪魔の軍勢が封じられた森……」
 「なんか、じめっとして嫌な感じ……」
 シャムロックとユエルのつぶやきには、不気味さを感じ取っている響きがある。

 「はー、いかにもお宝が眠ってそうな雰囲気はありますねえ」
 ……パッフェルが暗殺者というよりは盗賊かなんかのようなセリフを言う。
 いつまでそんなことを言っていられるやら……

 「アグラ爺さんの話じゃその天使の羽根で結界を抜けられるってことだったけど。どうやって使うのかしら?」
 ケイナが首を傾げた。
 「悩む必要はなさそうですよ、姉様?」
 カイナがそう言うと同時に。

 「……!?」
 アメルが、マグナが息をのんだ。
 アメルの身体と、マグナのズボン…ポケットのある辺りが、光っている。
 きぃぃん……と結界が反応し、薄れ始めた。


 ごめんね……こんなことに、使わせたくなかった……


 ……あれ?
 何? 私、今何を考えた?
 ごめんねって、誰に謝ったの?

 「グォォォォッ!!」
 思考は、気味の悪い雄叫びで遮られた。
 この声に、めっちゃ嫌な感じ……来る!

 「ふいーっ……あいかわらず、熱烈な歓迎ぶりだねぇ……」
 レナードさんが捨てたたばこを踏み消しながら言った。
 「こんな物騒な歓迎はいりませんってばー!」
 叫ぶパッフェル。まったくその通り、君は正しい。

 「いかがいたす!?」
 「このまま突っ込んで強引に突破だ!!」
 マグナの決定は早かった。
 全員それに従い、ダッシュで森へと入っていく。

 だが、前回と違い今回はほとんど全員が一ヶ所に固まっている。
 しかも、その中には調律者やら融機人やら天使やら、とにかく悪魔に憎まれてる方々がいる。
 ……もうおわかりだろう。

 「待ァテェェェっ!!」
 「逃ガサぬゾォォッ!!」
 問答無用の気配さえ漂わせて、悪魔の集団が四方八方からやって来た。

 「やだっ、来るな―――っ!!」
 「うわっ、、棒振り回すなっっ!!」
 「ていっ!!」
 「このやろっ!」
 「いでよっ!」

 攻撃して手薄になったところを抜けて、そこにまた来て……
 これが延々と続く。
 ……何匹いるのよ、いったい……

 もうどれだけ進んだか、悪魔を相手にしたかわからなくなった頃、ようやく開けたところが見えてきた。
 私はそこを指さし、叫ぶ。
 「あそこ! もうちょいで抜けられるわよ!」
 「よし、一気に行くぞ!」
 もう少しということで気を持ち直したみんなが、勢いを増してそこへと向かっていく。

 そしてそこに飛び込んだとき。

 太陽の光に照らされて、古びた建物が見えた。
 苔むして、ツタが絡まっているその隙間から、所々金属がのぞいていた。



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そういうわけで、ついに来ました機械遺跡。
夢見て、アグラ爺さんのとこ行って、悪魔の熱烈歓迎受けて。忙しい話だな……
パッフェルの言動って暗殺者というより盗賊っぽく思えるのは管理人だけでしょうか?
さて、いよいよ謎の一部が明かされ始めます。