第57話
第57話 ツナグソノテ
奇妙なことに、そこにたどり着いてから悪魔はぱったり襲ってこなくなった。
そして、私達の目の前。
コケやツタに包まれて、それはあった。
明らかな人工の建物。
「これが、おじいさんの話にでてきた遺跡……」
「すっごぉぉぉぉい!?」
「はあ……こりゃまた、ずいぶんでっかい建物だねえ」
「信じられないわ。こんなものが森の中に隠れてたなんて」
それぞれに感心する声。
「しかし、見たところかなり損傷が激しい気がするのだが……」
「悪魔達がやったのでしょうか?」
「さあ、なにぶん傷そのものが古いもののようですから……」
カザミネとシャムロック、そしてカイナが首をひねる。
「ぼけっと突っ立ってたって始まらねーんだ。とにかく、中に入ってみるとしようぜ」
「入るっていっても、どこが入り口なのか見当もつかないわよ」
フォルテの提案に、即座にケイナのツッコミが入る。
しかしフォルテも負けてはいない。
「だったら、まずはそいつを見つけることからだな」
結局異論があるはずもなく、みんなはちりぢりになって辺りを調べ始める。
「ちッ、めんどくせえデカブツだぜ……」
リューグは不満そうにぼやいていたけれど。
「ぼやかないの!」
ミニスの文句がすかさず飛んできて、
「そうですよー。意外と、掘り出し物が見つかるかもですよ?」
パッフェルの(ちょっとずれた)援護射撃も加わる。
ため息ひとつつくと、リューグは仕方なさそうにその辺を調べ始めた。
でも、私はそれに視線を止めたまま動けないでいた。
何かがひどくざわめく。それが出てきそうで、出ない。
知りたいけど、知りたくない。
怖い……
「?」
肩を叩かれて振り返ると、心配そうな顔のマグナがいた。
「どうしたんだよまで……すごい汗じゃないか!?」
言われて私は、汗びっしょりになっていることに気づいた。
両手も固く握りしめている。
「まさか……も怖いのか?」
私以外の誰が怖がっているのかは、訊かなくても明らかだった。
先にネスかアメルか……どちらかの様子をマグナは見てきたのだろう。
「……うん。怖い」
私は正直に答えた。
「…………」
マグナは何かを言いかけて。
結局何も言わず……私の手を取った。
マグナの手の中で、手はがたがた震え続けた。
どうしてこんなに怖いんだろう。
どうしてこんなに不安なんだろう。
ここには初めて来るのに。
…………本当に?
「私は……私だよね?」
気づいたら、なぜかその言葉が口からこぼれていた。
「当たり前だろ?」
「え?」
私は思わずマグナを見た。
マグナは微笑んで、続ける。
「はで、他の誰でもないよ。一緒に旅してきた俺が保証する」
「マグナ……」
すごく嬉しかった。
ただの言葉なのに。
私はぎゅっと、マグナの手を握り返した。
今だけは、この手を離したくない。
握っている感触が、伝わってくるあたたかさが、「大丈夫」って言っているみたいで。
マグナが、小さく笑った。
なんだろう……
懐かしくて、あたたかくて……悲しい。
やっと少しだけ、震えが収まったかなと思う頃。
「ちょっと来てっ! これって、召喚師が使っている文字だよね?」
ミニスが大声を上げた。
示されたところには何かが刻まれていた。
本当、とトリスがつぶやいた。
「でも、ずいぶんと古い文字みたいだけど……」
「なあ、ネスティ。おまえなら、楽勝で読めるんじゃね―か?」
フォルテがネスを振り返る。
みんなもネスを見た。
「…………」
にもかかわらず、ネスは顔面蒼白で黙り込んだまま。
「ネスティ?」
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
みんなが口々にネスを気遣うけれど、本人はやっぱりそれどころじゃないみたいで。
「ああ、この文字ならルウにも読めるわ。なになに……」
ただ一人、そこを見つめていたルウがたどたどしくそれを読み始めた。
みんなの視線がそこに戻る。
「禁断の智を……封印する……調律者……クレスメント……異界人……? ライルの一族……ル……ギトス?」
解読はそれで終わった。
ほとんど全員がなんだそれ、という顔をする。
……一部を除いて。
「調律者……?」
「クレスメント……」
マグナが、トリスが呆然とつぶやく。
ぶぅぅん…
「……っ!?」
ネスが息をのんだ。
『声紋チェックならびに魔力の波動……全て、ライブラリと一致しました……』
「な、なんだあっ!?」
突然聞こえてきた機械音声に、何も知らないみんなが驚いて辺りを見回した。
そんなのお構いなしで、声は告げる。
『あなた様を「調律者」クレスメントの一族であると認めます。当研究施設内部へ転送いたします……』
上から光が降り注ぐ。
それはマグナを包み込んだ……だけではなく、手を繋いだままだったので私までまともにその光を浴びてしまった。
身体が浮き上がるような感覚。
「マグナ、トリス、っ!!」
「マグナさん、トリスさん、さん!!」
「おにいちゃん、おねえちゃん!!」
「あるじ殿!」
「おいっ!!」
「な、なに、なんなの!?」
そして。
「うわぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁっ!!」
吸い込まれるような感じに思わず悲鳴を上げる。
そこで意識は途切れた。
タイトルは最近お気に入りの歌から。
今回はネスではなくマグナです。主人公、気遣うどころじゃないので。
……もっとも、実はそれだけではないのですが。
さて、これから痛い展開が続きます。