第58話
第58話 残酷な真実
始めに感じたのは、頬に当たる、ひんやりとした感触。
次に、ぼんやりした闇。
妙にだるい体をどうにか起こすと、右手に重みを感じた。
視線でたどっていくと、マグナが私の右手を握ったまま倒れていた。
そっか。転送に巻き込まれちゃったんだっけ、私。
どうにかマグナの手をはがすと、私はマグナを揺さぶった。
「マグナ、マグナ! 起きて!」
「う……」
マグナの瞼が震え、そしてゆっくりと開く。
「……? ここは……」
「遺跡の内部だよ、ここは」
答えたのは私ではなく、少し離れたところにいたネスだった。
その隣にアメル。
さらにトリスが倒れていて、レシィが起こそうと必死に呼びかけていた。
他の護衛獣もみんないる。
「ネス? それに、アメル達も無事だったのか!?」
マグナがみんなの方へと駆けていく。
私もそっちに行こうとして……
「……ん?」
ふと、無造作に置いてあったものに目が止まった。
小さい額縁。そこに、女の子の絵が収まっていた。
なぜか気になって、近づいて手に取ってみる。
トリスに似ている気もするけど、髪が長いし、何より儚そうな感じがする。
クレスメント家の誰かのだろうか?
「? どうしたんだよ?」
マグナが声をかける。
「あ、ううん。なんでもない」
そう答えながら、手は無意識に額縁を懐にしまい込んでいた。
トリスはようやく気が付いたらしく、ぼんやりした表情で頭を押さえていた。
ネスはトリスをちらりと見、そしてマグナに視線を移した。
「さっきの光は転送を行う装置が照射したものだ。害はない」
淡々とネスが告げる。
「眠っていた遺跡の機械が、君の声紋と魔力に反応して起動したんだ……いや、この様子だとトリスにも反応したようだな」
「待てよ!? なんで俺の声に反応するんだよ!?」
「それは……」
『その解答は……あなた方が調律者であるクレスメント家の血を引くからです』
ネスを遮って、機械音声が割り込んだ。
「誰っ!?」
アメルが少し後ずさりしながら誰何した。
ハサハやレシィも不安げに辺りを見回す。
「まさか……この遺跡が?」
「俺達に話しかけているのか?」
『その通りです、調律者よ』
トリスとマグナの問いに答える機械音声。
『私は、当研究施設のナビゲーターシステム。調律者たちによって作成された……「ゲイル計画」運営ならびに、データ管理のプログラムです』
「ゲイル計画……?」
首を傾げるトリス。
『ゲイル計画とは、召喚術を超えた召喚術を作りだすためのプロジェクト……召喚された対象にロレイラルの機械工学技術による強化改造を施すことによって、圧倒的な戦闘力を持つ召喚兵器「ゲイル」として、運用するための計画です』
あっさりととんでもないことを、機械音声が告げる。
ほとんど全員が凍りついた。
「酷すぎます……!」
泣きそうな声で、それでもはっきりとレシィが言う。
「冗談じゃねェぞ!? オイッ!!」
怒りをあらわにして叫ぶバルレル。
ハサハは真っ青になってがたがた震え、レオルドは……なんとなくだけど、何かを言いたそうに見える。
アメルが震えながら口を開いた。
「それじゃ……おじいさんの言っていた、召喚術を超える力というのは……」
「ゲイル計画によって生み出された召喚兵器と、そのノウハウだ」
ネスは相変わらず、淡々と語り続けていた。
……不自然なくらい。
「そんなことしたら、その召喚獣の意思はどうなるんだよっ!?」
『心配はありません。ゲイルとしての強化改造の過程で、素体となる召喚獣の意識はプログラムの制御下におかれて、完全に抹消されます』
噛みつくようなマグナの叫びに、しかしこれもあっさりと耳を疑うような答えが返ってきた。
マグナが息をのむ。
「ゲイルとなった時点で、素体となった召喚獣は本来の生き物ではなくなるんだ……苦痛も喜びも感じない兵器として、破壊されるまで稼動しつづける」
ネスの言葉を聞いて、頭に浮かんだのはスルゼン砦の屍人達だった。
何も感じず、命令に従うだけの操り人形。
……生前持っていたものを、根こそぎ奪われて。
『自動制御の兵器として、まさに理想です』
「どこがよっ!?」
思わず、私は叫んでいた。
「……これなの? ネスがずっと隠してた派閥の機密ってのは……」
「このこと、なのか?」
トリスとマグナの問いに、ネスは無言だった。
ただ唇をかみしめ、うつむいて。
「酷すぎますっ! 召喚獣さんたちをそんな、道具みたいに使うなんて……っ」
アメルが涙を流しながら言った。
「こんな研究……絶対に間違ってる!!」
マグナも辛そうな表情で叫ぶ。
だけど…
『調律者よ、それは矛盾しています。なぜなら、この計画は融機人であるライルの一族との技術提携によって……調律者たるあなた方、クレスメントの一族がつくりあげたものなのです』
機械音声のさらなる言葉に、マグナは呆然と立ちつくした。
トリスも顔面蒼白になり、震えている。
「なんだよ、これ……?」
「なんで、こんな言葉があたしの頭の中に浮かんでくるのよ!?」
混乱するマグナ達に、それぞれの護衛獣達がしっかりしろと声をかける。
私も何か言おうと口を開きかけ…
『理解していただくために、映像記録を再生します。ご覧ください……』
……問答無用とばかりに機械音声が続けてきた。
いいかげんにしてよと心の中で毒づきつつ、画面に目をやる。
ちらついていたけれど、悪魔との戦いの時の映像だというのははっきりとわかった。
対するのは、白い翼を持つ人影ひとつ。
映像が切り替わり、その姿がはっきりと……
『これが、調律者が最後に手がけられた最高のゲイル……豊穣の天使アルミネを素体とした召喚兵器の戦闘記録です。たった一機で、この数の悪魔たちを圧倒する機能性があります』
もう、機械音声の言葉をまともに聞いていられなかった。それは他のみんなも同じだろう。
身体のいたる所に機械を取り付けられた姿。
何も映していない虚ろな瞳。
そして、その顔は。
「アメル……!?」
「いやああぁぁぁっ!!」
アメルの絶叫が響く。
――どうして? どうしてこんなことするのよ……?
――なんとか言ってよ、ねえっ!? アルミネに何したの!?
涙が、あふれた。
なんでこんな言葉が浮かんできたのかはわからない。でも、なぜか変だとは思わなかった。
自分のことのように悲しくて、そしてそれが当然のことのように思えた。
『しかし、この数分後、首領である大悪魔との戦闘により、召喚兵器アルミネは暴走……同行した調律者達も帰還されず、当施設は機能停止に入りました。ですが今、こうしてクレスメントの一族であるあなた方を迎えることができました……理解いただけましたか、新たなる調律者よ。御命令をどうぞ?』
一方的に機械音声は締めくくり、命令を促す。
あまりのことに表情を失っているマグナに。そして、多分トリスにも。
「ウソだ……」
マグナが虚ろな表情のままつぶやく。
それをあざ笑うかのように、機械音声が繰り返す。
『ご命令を……』
「ウソだあぁぁっ!!」
「いやあぁぁっ!!」
二人が悲痛な声で叫んだ。
時は少しさかのぼる。
「キエェェェェェッ!」
カザミネが遺跡の外壁目がけて刀を振り下ろした。
がきぃん、と鋭い金属音。
しかし、傷ひとつついた様子もない。
「あんたの居合いも効果なし、か……」
モーリンがため息をついた。
「シルヴァーナの炎でもビクともしないし。これじゃ、どうにもならないよっ!?」
ミニスが半泣きで言った。
マグナ達が消えてから、なんとか中に入ろうとあれこれ試してはいるのだが。
「しかし、彼らは本当に遺跡の中にいるのでしょうか?」
シャムロックがまだ納得できないように尋ねる。
遺跡がどうとかいう言葉が聞こえたから、可能性としては一番高いのだろうが。
「まず間違いありません。あれと同じ仕組みの機械遺跡を、私たちは知っているんです」
「ええ、そう考えて間違いないでしょう」
カイナとシオンが肯定した。
「もう一度よ! 今度は同じ場所を狙って攻撃してみましょう!」
ケイナの言葉に一同はうなずくと、武器や召喚術を一点に集中させて攻撃を始める。
これで傷でもつけば、まだ可能性はある。
「待ってろよ……今すぐ、そっちに行ってやるからな!!」
誰もが中にいるであろう仲間達の顔をそれぞれ思い浮かべながら、渾身の力を込めた攻撃を加えていく。
ビーッ、ビーッ……
赤い光と機械の低音。
「これは……!?」
思わず全員動きを止める。
ただ一人その意味を知るレナードは、ちっと小さく舌打ちした。
『警告します。当研究施設への攻撃を中止し、退去しなさい。さもなくば、物理的に排除行動を行います。繰り返します……』
先刻と同じ声が、事務的に告げる。
ここまで言われれば、思い切りまずい状況だということは誰にでもわかる。
「に、逃げた方がいいんじゃないかなー、なんて……」
おそるおそる手を上げ、汗一筋流しながらパッフェルが力なく笑う。
「冗談じゃないよっ! 達を見殺しになんてできるもんかいっ!?」
モーリンが鋭い声で叫んだ。
ロッカが緊張した顔でうなずく。
「ええ、それに今から警告に従ったところで……手遅れのようです!!」
それを合図にしたかのように。
見たこともない、異様な姿の生物が次々にやってきた。
「悪魔どもめ……」
カザミネが刀を正眼に構える。
「……いいえ! この敵は、ただの悪魔じゃありませんっ!!」
カイナがそれを見据えながら、呪符を懐から取り出した。
「気持ち悪い……こいつら、油と血が混じったニオイがしてるよっ!」
ユエルが心底嫌そうに叫びながら構える。
確かに彼女の言うとおり、血の匂いに混じって油くさい匂いもする。
「ファンタジーの次はSFかよっ!!」
レナードにだけはわかった。
映画か何かのように、それの所々に機械がついていることが。
『退去の意思はないものとみなしました。これより、召喚兵器による物理的排除へ移行いたします……!』
無機的な声が森に響いた。
まるで、死刑宣告のように。
覚悟はしていても、その事実はあまりにも重い。実際に見れば、なおのこと。
……重いです。痛いです。はうぅ…
主人公のことも、そろそろはっきりしてきます。
その前に、一戦やらかしていただきましょう。