第59話
第59話 内なる異変


 告げられた真実に泣き叫ぶマグナとトリス。
 モニターに映った天使……異形と化した同じ顔に呆然とするアメル。
 やりきれない表情でそれらをながめるネス。

 そのまま凍り続けるかと思われるような時は、しかし唐突に破られた。

 『侵入者発見。これよりゲイルによる物理的排除を開始します』
 機械音声と共に、モニターの画面が切り替わる。
 遺跡の下の方を、斜め上からとらえたアングル。
 そして、そこに映っているのは。

 「みんなっ!」
 トリスが叫ぶ。

 想像以上にグロテスクなものが、外にいるみんなに襲いかかっていた。
 どうにか応戦しているみたいだけれど、状況はどう見てもよくない。

 『問題ありません。迎撃システムにより、侵入者は自動的に排除されます』
 とっくに問題大ありだっ!!
 「あれはあたし達の仲間なのよ!?」
 「今すぐ、攻撃をやめるんだ!!」
 『不可能です。ひとたび起動した召喚兵器は、命令を完遂するまで絶対に停止しません』
 トリスとマグナの言葉に、即座に返ってきたのは否定。
 二人が息をのんだ。

 「……言っただろう? それが、召喚兵器というものなんだ」
 苦々しく、ネスが言う。
 「誓約とプログラムの二重の鎖に囚われ、永遠に命令だけを実行し続ける生きた機械。それが、ゲイルなんだ」

 意思や感情を持たない操り人形。
 命令だけがすべて。他には何もない。
 解放するすべは、糸を切ることだけ。

 マグナが、きっと画面を見すえて叫んだ。
 「だったら、壊してでも止めてやる! 今すぐ、俺達をここから出すんだ!!」
 『しかし、それでは調律者も迎撃システムの目標に……』
 「いいから……」

 「出せって言ってんのよ! 早く!!」
 気がついたら私は、マグナを遮って怒鳴っていた。
 怒りにまかせて操作パネルに拳を振り下ろそうとして……

 『……了解。外部へ転送いたします』
 遺跡が応える。
 光が私達を包む、その瞬間。
 ネスが驚いてこっちを見た…気がした。






 数秒の浮遊感の後、視界が森の中へと変わった。
 続いて、金属がぶつかる音が聞こえてくる。

 「っ!?」
 ユエルの声が私を呼んだ。
 「よかった……無事だったのね?」
 ケイナが矢をつがえながらも少し表情を緩める。
 「もおっ……心配したんだからぁ!」
 ミニスも半泣きで叫んだ。
 他のみんなにもそれが伝わったようで、それぞれ名前を呼んだり、大丈夫かと声をかけたり。

 「…………」
 ただ、アメルとネスだけは沈んだ顔で黙り込んでいた。
 「……何があった?」
 フォルテが眉をひそめて問う。

 「説明は後でするよ。今は……」
 剣を抜きながら、マグナが言う。
 トリスもサモナイト石を握り、構える。
 「こいつらをぶち壊すのが先だ!!」

 言うなり、マグナは近くにいたゲイルに向かって斬りかかる。
 トリスの呪文詠唱も始まっていた。
 そうだ、戦わないと。

 私はサモナイト石を取り出すと、今リューグ目がけて特攻しているゲイルに一発かますため呪文を唱え始めた。
 手加減しない方がよさそうなので、できるだけの魔力を込める。
 「リューグ、離れて! いけぇっ!」
 私の呼びかけに応じて、召喚術がゲイルの頭上に……
 ……って、あれ? いつもよりためが長いような……


 ちゅどごぉぉん!


 ものすごい轟音と爆発が起こり、ゲイルは跡形もなく吹っ飛んだ。
 ついでに慌てて離れようとしたリューグも2メートルほど飛ばされる。

 「いてて……テメエ、俺を殺す気かっ!?」
 「ご、ごめん……」
 リューグに謝りながらも、疑問は頭の中で渦巻いていた。
 私、こんなに魔力強かったっけ?
 今まで援護はできても、一発で倒すなんてできなかったのに。

 「! そっち行ったぞ!」
 フォルテの声が飛んでくる。
 いかん、考え込んでる場合じゃなかった。
 私は再び呪文を唱えた。






 それでも、戦いは簡単には終わらなかった。
 機械魔達は完全に動けなくなるまで同じペースで動き続けるし、倒してもまた新手がやってくる。
 もうどれだけ時間が経ったのかもわからない。

 「はぁ、はぁ……」
 さすがに疲れてきた。
 いや、それともあれだけ使ってよく今まで持ったものだと思うべきか。

 「もういいです。さんは下がっていてください」
 近くにいたロッカが、槍で機械魔を突き刺しながら言った。
 「でも……」
 「今は休んで力を回復させてください。しばらくなら、まだ大丈夫ですから」
 ロッカだって、ゲイルが出てきてからずっと戦っているのに。
 だけど、相手が相手だ。魔力が切れたら、それこそ足手まといになる。
 それに正直、休めるのはありがたかった。

 「……じゃ、お言葉に甘えて」
 一言断ると、私は戦線離脱した。
 やはり同じように休憩しているミニスの横に腰掛ける。

 はぁ……ゲームの時も結構苦労したけど。
 実際やるとこんなにきつかったのか……
 そう思いつつも、ぼんやりと戦場をながめていると。

 ……ん?
 なんか、みんなの姿がぶれて見えるような……

 目をこすってみたけど、変化はない。
 それどころか、よく見るとどうもおかしかった。
 幻像が動いたと思ったら、みんなまったくその通りに動いている。ゲイルまで。

 疑問をおぼえながらも、私はそれから目を離せなかった。
 リューグの幻像が斧を振り下ろせば、本物のリューグも同じように斧を振り下ろす。
 幻像と同じ召喚獣が、数秒後に同じ位置に現れる。

 ふと、機械魔の幻像がマグナを狙って銃を撃つのが見えた。
 ちょうど背を向けているため、マグナは気づいていない。
 「マグナ、しゃがんでっ!」


 どんっ!


 慌ててしゃがんだマグナの頭上を、機械魔の銃弾が通り過ぎ。
 マグナが相手をしていたゲイルの頭に命中した。
 そのままマグナの一撃を受けて、その機械魔は動かなくなる。
 銃を撃った機械魔も、ネスの召喚術をくらって煙を上げた。

 「ありがとう、!!」
 マグナは礼を言うと、そのまま次のゲイルへと斬りかかる。

 「……なんでわかったの?」
 隣のミニスが不思議そうに訊いた。
 どうしようかと思ったけど、うまく説明できる自信がなかったので。
 「……なんとなく」
 「はぁ?」








 やっと回復したころには、もうほとんど終わっていた。
 あの幻像も、いつの間にか見えなくなっていた。
 何回かのだめ押しの後、ようやく最後の一体も動かなくなる。
 それを確認し、全員安堵のため息をもらした。

 「いったい、こいつらはなんだったんだい?」
 モーリンの問いは、さして答えを期待したようでもなかったけれど。
 「召喚兵器……ゲイルよ……」
 「召喚獣の体に機械をとりつけて作られた生きた兵器……召喚術を超える力ってのは、こいつらのことだったんだよっ!!」
 「なんですって……」
 トリスの、マグナの言葉に全員が息をのんだ。

 「では、この者たちが死兵のごとき猛攻を見せたのは!?」
 「そういうふうに……されたんです……痛みも、恐怖も感じないように……」
 アメルの震える声が、痛々しさに拍車をかける。
 みんな顔面蒼白になって、機械魔の屍を見つめた。

 「そんな……そんなのって!?」
 「ひどすぎる……」
 「そんな……だって、この森は天使アルミネが人間を守るために戦って、悪魔の軍勢を封印した場所じゃないの!?」
 ルウのこの言葉を、今ほど痛いと思ったことはなかった。
 そんなきれいなものじゃなかった。あの、アルミネは……

 「その伝説は……捏造されたものだ」
 ネスの一言に、全員が凍りついた。
 なぜ、と言うような視線がいっせいにネスに向かう。
 「豊穣の天使アルミネは自分の意志で人間を守ったわけじゃない。召喚兵器として戦いに投入され、戦いの末に大破、暴走し……結果として、この森を包む結界を形づくっただけにすぎないんだ!」
 ネスの叫びが響く。
 時が止まったかのような沈黙。

 カイナが、はっとした顔で口を開いた。
 「ネスティさん……あなた、そのことを知っていて……!?」
 「黙っていたのかよ、今まで……」
 わずかに声を震わせてフォルテが続けた。
 「どうして黙ってた!! ネスティっ!?」
 怒りを隠そうともせず、胸ぐらを掴まんばかりの勢いでネスに詰め寄るフォルテ。
 他のみんなも似たり寄ったりの表情だった。ネスティ、どうして、と。

 「それは……」
 ネスはうつむいて、それ以上話そうとしなかった。
 まるで悪いことがばれてしまった子どものように、その姿は小さく見えて。
 彼だってこんな形で知られたくはなかったのに。

 ……だから、気づかなかった。



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異変起こりまくりの主人公……でも、まだここでははっきりしません。
その辺りを書きたかったので、戦闘シーンはかなりはしょった感じに。
っていうか、前後がきついですね……精神的に。
次回、いよいよ機械遺跡編終了。