第60話
第60話 そして運命の輪が廻る
みんながネスの言葉を待っていたので、辺りはとても静かだった。
だからそれに気づかなかったのは私の落ち度か、それともあっちが上手だったのか。
がさっ……
すぐ近くで音がした。
気づいて振り向いたときには、もう間に合わなかった。
傷だらけの機械魔が、がっちりと私を羽交い締めにする。
「……っ!?」
声が出なかった。
体がガタガタと震える。
「っ!!」
気づいたみんなが武器を構える。
だが、次の行動に移るより早く。
『自爆プログラム作動、カウントダウン……』
ちょっと待てーっ!
ゲームじゃもうちょっと間があったでしょ―――っ!?
「自爆って……爆発ですかーっ!?」
パッフェルの言葉に全員が青ざめた。
『20,19,18,17……』
機械魔のカウントダウンが始まる。
まずい……私じゃどうにもできないよ!
「みんな逃げてっ! 早くしないと巻き込まれるっ!!」
叫んでからすぐに逆効果だったとわかった。
逃げるどころか、マグナとトリスがこっちに駆けてくる。
アメルもこっちに来ようとして、でもロッカに押さえられた。
「来ちゃダメ、離れて!」
「嫌よっ!!」
「見殺しになんてできるかよっ!!」
言っている間にも二人はここまで来て、機械魔を引きはがそうと試みる。
だけど、壊れても機械。人間の力で動かせるものでもない。
――俺が守る。絶対に!
――誰が渡すかよ……おまえらなんかに!!
どこかから浮かんでくる声。
これは……誰の言葉?
無性に悲しい気持ちになる。
守りたいのはこっちも同じなのに。
どうして、何もできないんだろう。
『10,9,8……』
「どけっ!」
「え?」
「ネス!?」
なおも機械魔の腕を引っ張り続けるマグナ達を押しのけて。
ネスが、機械魔に触れた。
「……アクセス!」
ばしゅっ、という音。
ネスの手を、頬を、むき出しの回路が這っていく。
「間に合ってくれっ! 頼む……っ!!」
苦しそうに顔を歪め、びっしり汗をかき。
それでも、カウントは止まらない。
ダメだ……なんとかしないと。
助けないと。
ばちん、と私の中で何かが外れる。
頭の芯が急速に冷えていって……
『4,3……』
「アメルっ!?」
あまりのことに力が緩んだのか。
ロッカの腕から逃れたアメルが、こっちに向かって走ってくる。
それが、やけにスローモーションに見えた。
――はじめまして無理しちゃダメだろ約束だからな見ツケたゾオ前カ僕なんかでよかったら――
次々フラッシュバックする光景。
知らないはずなのに、懐かしくて悲しい。
同時に内側を満たし、さらに外へと出ていこうとする力。
アメルが私にしがみつくのと機械魔が1を数えたのはほぼ同時だった。
アメルの身体が強く光り、その背には白い翼が……
『いやぁぁぁぁっ!!』
誰かの絶叫が聞こえた。
続いてぱきぃんと、硬く鋭い音。
そして、なにもかもが闇の中に消えた。
「っ!?」
アイシャはがくりと膝をついた。
脂汗をびっしりかきながら、荒い息をついている。
「おい、大丈夫か!?」
セイヤが心配そうに駆け寄った。
「ん、大丈夫」
つとめて平気そうに答えるが、まだ顔は青ざめている。
「今の魔力……まさか」
「ええ、そうよ」
アイシャはうなずいた。
その表情は、いつになく固い。
「始まった」
「ついに来ましたね……この時が」
薄暗い城内の一角。
レイムは、竪琴をつま弾きながら冷たく微笑んだ。
「ここまでくれば、あと少しですね」
「やったァ! 早くいっぱい壊したいなァ……」
満足そうにうなずくキュラーの横で、ビーニャが嬉しそうにはしゃぐ。
「何を言っているのです?」
あっさりと、レイムが言った。
キュラー達が、不思議そうにレイムを見る。
「これから始まるのですよ……すべてが」
相変わらず冷たく笑ったまま、もの悲しい旋律を奏で続ける。
そんな主の言葉の意味を、理解できる者は誰もいなかった。
「!!」
誓約者達は、強い力を感じて息をのんだ。
「今の……!」
「ああ、かなり強い」
「それに……近いです」
目配せし、うなずきあう。
探していた、気になる力。
急げばその持ち主に会えるかもしれない。
「ちょっと、行ってくる!」
同じ部屋で調べ物をしていた、この屋敷の主達に一声かける。
彼ら……ギブソンとミモザは、驚いてハヤト達を見た。
「え? 行ってくるって……どこへ?」
「あっちの方!」
指さしてそれだけを告げ、彼らは部屋を飛び出していく。
止める暇もない。
「おい、あっちの方って、まさか……」
ギブソンのつぶやきに、ミモザがうなずく。
後輩達が行くと言っていた、禁忌の森。
あの森も、その方角にあるはずだった。
場所を特定するのはたやすかった。
相当強い力だったらしく、いまだにその名残を感じることができた。
だが、同時に不安になる。
それほどの力とは一体どんなものなのか。
「……あそこの森の中みたいね」
ナツミの示した先には、鬱蒼とした森。
一ヶ所だけ木の少ない、開けたところがある。どうやらそこが中心らしかった。
「……よし、あそこで降りよう」
その場所から比較的近そうな、森の外。
そこへゆっくりと、レヴァティーンが降り立った。
レヴァティーンを送還したあと、改めて森へと向き直る。
近くまで来たためか、先程までより強く感じる。
ここだよ、はやくと呼びかけるように。
歩き出す足が、自然とだんだん速くなる。
なぜかはわからない。
だけど、胸騒ぎがした。
そして、ようやくたどり着いた先は。
「誰だっ!?」
何人かが武器を向け…ハヤト達だと気づくと驚きながらも構えを解く。
今朝出かけると、別れたばかりの「ギブソンとミモザの後輩達」の一行。
なぜ、彼らがここにいるのか。
それに。
「あ……」
「君、達は……」
やけにかすれた声二つ。
頬に金属……機械の部品のようなものが見えている姿で、呆然とつぶやくネスティ。
背中から白い、光る翼を生やしているアメル。
その二人から少し離れたところで、座り込みうつろな表情で涙を流しているマグナとトリス。
そして、アメルの腕の中。
ぼんやりとした光に包まれたが、目を閉じぐったりと身を預けていた。
「何が、あったんだ……?」
トウヤの問いかけに対する答えはない。
ただ沈痛な空気だけが、その場に漂っている。
しゃらり……
の首から、ちぎれた銀色の鎖が落ちた。
なんて嫌な終わり方だ……我ながら。
話の都合上、元と違っているところが何ヶ所か。……突っ込まないでください。
ネスとアメルの告白もすっ飛ばしました。ハヤト達が来たときには、もう終わってます。
次回から、ついに第3部の山場に入ります。