第61話
第61話 天使は語り出す
こんこん、と。
ドアを叩く音とは、こんなに虚しい響きだっただろうか。
ややあって、ドアがゆっくり開く。
そこから姿を現したのは望んだ人物ではなく、想像通りの人物。
「……まだなの?」
「はい……」
これだけで通じてしまう。
この部屋の、現在の主。
その様子にとまどっているのは、どちらも同じだった。
「まったく、いつまでごはんに手をつけないでいる気かしらね、うちの後輩は」
「ミモザさん、あの……」
ややとまどいがちにレシィが言いかける。
が、ミモザはそれを遮った。
「まあ、無理もないとは思うんだけど……ね」
禁忌の森の伝説の真実。
異界の友を裏切った一族の末裔。
マグナとトリスを襲った事実は、あまりにも大きすぎた。
この世の終わりのような表情で戻ってきて、そのまま部屋に閉じこもり。
誰がどんな言葉をかけても、出て来るどころか反応さえしなかった。
本来なら叱りつけ、ハッパをかけるのはネスティの役目だ。
だが、今回は彼では逆効果でしかない。
適任者はいる。
だが……
「食事、ここに置いておくわよ」
無駄だと知りつつも、ミモザは部屋の奥へと声を投げた。
やはり、反応はない。
そして、これ以上かける言葉もなかった。効果がないとわかっていたから。
(こういう時こそ、あの子の出番なんだけどね……)
心の中で嘆息する。
すまなそうに頭を下げるレシィが、ゆっくりとドアの向こうに消えていった。
こんこんと、ドアを叩く。
こちらは多少の期待を込めて。
しかし、返事は返ってこない。
「……こっちもまだ、か」
ため息をつきながら、それでもドアを開ける。
真っ先に目を向け、近づくのはベッド。
そこに横たわる少女。
彼女もここに運ばれてきてから、一度も目を覚まさない。
身体的な異常はどこにも見られなかったにもかかわらず。
「あの子達……まだ、部屋に閉じこもっているのよ」
話しかけるように、ミモザがつぶやく。
「あなたのことも、気に病んでると思うわ。口には出さないけどネスティやアメルちゃん達もね。だから、早く起きて……安心させてあげて」
もう、しょうがないなあ。どれ、一発喝を入れてあげますか!
そんな感じの反応が返ってくるのを、どこかで願いつつ。
けれども、はぴくりとも動かなかった。
まるで、眠り病にでもかかったかのように。
仕方なく部屋を出ようとして。
こつん、と足に何かがぶつかった。
「……?」
目をやると、そこに落ちていたのは小さな額縁だった。
少女の絵が、中に収まっている。髪の長さや雰囲気は違うが、その容姿はトリスに少し似ていた。
この屋敷にあったものではない。
やけに年季の入ったものだ、ということはわかった。
どうしようかと、しばし考え。
「……訊いた方が早いわね」
額縁を拾って部屋を後にした。
「……どうすんだよ、おい」
「どうするって言われても……」
誓約者達は困っていた。
下手をすれば一年前の戦いや、フラットの経済危機の時よりも。
まず、今この場の空気がものすごく重い。
なりゆきで理由は聞いたが、一人を慰めればどうにかなるというものでもない。
一番ショックを受けているであろう人物は、部屋に閉じこもったきりなのだ。
そしてそれは、調査の行き詰まりをも意味した。
この状態では彼らに話を聞くことはできない。
その上、やっとつかんだ手がかりは未だ意識不明だ。
これが4日目ともなると、いいかげん焦りも生じてくる。
カチャリとドアが開く。
ここ、つまり応接室の中にいた全員が振り返るが、入ってきたのは待ち望んでいた人物の誰でもなかった。
「……ダメ。どっちも相変わらず」
そしてもたらされたミモザの言葉は、やはり期待したものではない。
あちこちからため息が漏れた。
「話変わるけど、これ……誰の?」
言いながらミモザが差し出したのは、古ぼけた額縁。
怪訝そうに覗き込み、首を傾げる者がほとんどだったが。
「ミモザさん……これ、どこで!?」
唯一反応したのはアメルだった。
予想もしていなかったものが出てきたような、そんな表情。
「ちゃんのベッドのとこに落ちてたのよ」
「そうですか……」
どこか寂しげな顔で、アメルは額縁を手に取った。
「その絵……なんか、トリスに似てねえか?」
フォルテにしてみれば、思ったことをそのまま言っただけだったのだろうが。
「ええ、クレスメント家の人ですから」
『………………は?』
あっさり告げたアメルに対して、他の面々は唖然として彼女を見つめた。
「……って、まさか……ゲイルが作られた頃の……?」
「はい。彼女はあたしの……アルミネの、友人でした」
「ちょっと待ってくれ!そんな記憶はどこにも……」
叫ぶようなネスティの言葉が、急速にしぼんでいく。
知らない。当時の記憶に、この少女の姿はない。
なのに…胸をかすかに刺すような痛みはなんだ?
アメルはしばらくネスティを見つめていたが、ゆっくりと視線を元に戻した。
「あの時はあえて話しませんでしたが……」
前置きを置いて、意を決したように。
「彼女も、そしてアルミネも……さんに、会ったことがあるんです」
いきなりの爆弾発言に、全員がどよめいた。
「待てよ、なんであんな大昔の人間がに会えるんだよ!?」
フォルテの問いは、まさしく彼ら全員の疑問であり。
誰もが固唾をのんで答えを待つ中、アメルが静かに口を開いた。
「少し、長い話になりますけど……いいですか?」
ギブソン・ミモザ邸どんよりムード。重いっすね……(汗)
誓約者チームも、この状況で無遠慮に質問なんてできるわけなく。
そして語られた事実。アルミネとクレスメントの少女、そして主人公。
次回、話は眠り姫な主人公に戻ります