第62話 出会い
なにもみえない、くらやみ。
みずのなかにいるような、ゆらゆらしたかんじ。
私、どうなったんだっけ……?
すごく眠くて、うまく考えられない。
なんか気持ちいい……ずっとこのまま……
『……に選ばれた者……』
だ……れ?
『時に見初められし希望……どうか、力を……』
あたたかい……
身体に受ける感じも、少し変わった。どこかにゆっくりと、流されていく。
『あの子に、光を……』
ふわりと、小さな光が見えた。
それはだんだん大きくなって、辺り一面を飲み込んで……
ぱっ、と視界が開けた。
いきなり目が覚めたような、そんな感じで。
そのせいか、やけに感覚も頼りない。
そして、目の前には見渡す限りの木、木、木……
どうやら、森の中みたいだ。
なんで私、こんな所に一人でいるの……?
思い出そうとしたとき、何か聞こえてきた。
これは……人の、話し声?
もしかしたら、知っている人かもしれない。
もし違っても、ここの出口が聞ければ……
私は声のする方に向かって歩きだした。
近づくに連れて、声がはっきりしてくる。
「だから、悪魔とかだったらどうするんだよ?」
これは……男の子の声だ。
「大丈夫、悪い感じはしなかったわ」
続いて女の子の声。
「だからって、一人で行こうとする奴がいるか!?」
「怖いの? だったらついてこなくたって……」
「バカ、お前こそ自分のこと考えろ!」
……えーと。
これは、下手に割り込まない方がいいんでしょうか?
そっと様子を窺ってみると、赤毛の男の子とお嬢様風の女の子が言い争いをしていた。
どちらも、歳は15,6くらいだろうか?
ここからだと女の子の方はよく見えないけど、男の子は心底心配しているのがわかる。
内容からして、何かを気にしている女の子を男の子が止めようとしているみたいだった。
そうこうしているうちに、二人の横からがさがさと音がした。
「誰だっ!?」
男の子が女の子を庇うように立つ。
でも、出てきた相手を見て表情を緩めた。
「兄様? アルミネ……」
女の子が、ぽつりとつぶやく。
ちょっとくせっ毛っぽい髪の男の人。多分、この人が女の子のお兄さんだろう。
その人の側には、すごくきれいな女の人がいる。
でも……なんで羽が生えてるの?
作り物にしちゃリアルだ。
「ちょうどよかった、こいつ止めてくださいよ! 何かいるかもしれないから見に行くって聞かなくて!」
男の子が必死に訴える。
女の人は少し考えるような仕草をして、
「それは、向こうの方ですか?」
と、私が歩いてきた方を示す。
「アルミネもわかるのならちょうどいいわ、一緒に……」
「あのなぁ、だからって安全とは限らないだろ? 二人に任せて、俺達は帰るぞ」
女の子の言葉を、男の子が再び遮った。
二人の間に険悪な空気が漂いだし、男の人とアルミネと呼ばれた女の人が困ったように顔を見合わせる。
「シスルの石頭!」
「エステルのわからず屋!」
「落ち着けよ、二人とも」
「そうですよ、こんな所で騒いだら……?」
ふと、アルミネが黙り込んだ。
ゆっくりと視線をさまよわせ……やがて、不思議そうにこっちを見る。
「誰? そこにいるのは?」
……これって、私のこと……だよね?
他にそれらしい人はいないし。
仕方なく出ていったら、アルミネが「あら」というような顔をした。
「あなた、精神体ですね。どうしたんですか? こんなところで」
「……精神体?」
言われて、自分の身体を見れば。
向こう側が、透けて見えた。
女の子が首を傾げる。
「精神体? 幽霊さんじゃないの?」
「違いますよ。彼女……死んでいません」
……なんか、すごいこと言われているような気がする。
アルミネは私に向き直って、続けた。
「早く体に戻った方がいいですよ。どうしたんですか、あなたの体は?」
どうしたって……こっちが聞きたい。
そもそも、なんで私は精神体に……
………………あれ?
はた、と重大なことに気づく。
私はどうしてこの森にいた?
なぜ、精神体になっている?
そして。
そして――――
「私は、誰……?」
何もわからない。
名前も、歳も、今までどういうことをしてきたのかも。
全然思い出せない。
怖いくらい、真っ白だった。
「あなた、記憶が……?」
女の子が呆然とつぶやいた。
私がうなずくと、さらに顔が青くなる。
「どうしよう……アルミネ、治せる?」
「さあ……わかりません。試してはみますが……」
「あのー……何がどうなってるのか、説明してほしいんだけど?」
「そこに、何かいるのか?」
揃って怪訝そうに尋ねる男の人と男の子。
どうやら、この二人には私が見えていないらしい。
「精神体の女の子が……」
「しかも、記憶をなくしているらしくて……」
「そうか。……で、どうするんだ?」
害がないと判断したのか、やけにあっさりと言う男の子。
全員、しばし考え込んで。
「……とりあえず、場所を変えよう。こんな所で立ち話ってのもなんだし」
男の人の提案に、誰も異を唱えなかった。
男の人が歩き出し、男の子もそれについていく。
「さあ、あなたも一緒に行きましょう」
女の子が手を差しのべた。
それはいいんだけど……
「私、精神体だから手は握れないんじゃ……」
「いいのよ。気分ということで」
さらりと言う女の子。
なんていうか……変わった子だな…
「えっと……名前、聞いてもいい?」
どうにか手を繋いだような格好になるよう、ついていきながら尋ねてみる。
女の子は微笑んで…自分の手に合わせられた私の手をちらりと見てから、言った。
「エステル。エステル……クレスメント」
精神体になった上、記憶喪失になってしまいました主人公。
そういうわけで、しばらく名前変換なしで進行します。
これから主人公が見るものは、はたして……?