第68話
第68話 戻ってきて再会して
気がつくと、私は広場に立っていた。
きれいに手入れされた花壇、散歩している人や遊んでいる子ども達が見える。
木の向こう側には、見覚えのある建物が並んでいる。
ここは……導きの庭園?
なんでいきなりここに……
戻って……来れた?
でも、景色が同じだけじゃまだ安心はできない。
それに体を見てみたけど、透けたままだ。
とりあえず、移動しよう。
ここにいたってしょうがないし。
そうだな、まずはギブミモ邸に……
「見失っちゃったよ……」
「どこ行ったのよ……?」
……ん?
聞き覚えのある声に振り返ると、途方に暮れた顔のマグナとトリスがいた。
「バカだよな……俺って。ハサハ達の言うとおりだ……理由付けて、現実から逃げてただけだ……」
「それを言ったら、あたしだって一緒よ……ネスじゃないけど、バカよあたし……」
ええと、このセリフから察するに……護衛獣とケンカしたとこか。
よかった、あれからそんなに時間は経っていないみたいだ。
話しかけて、気づいてもらえるかどうか……
えい、ダメ元だ。
「おや、こんにちは。マグナ君、トリスさん」
……うっ。
一歩踏み出した、まさにそのタイミングでレイムはやって来た。
……まさか……
こっちの心配をよそに、話は進み。
「悩みを解決できるとは限りませんが……私に、話してみてはくれませんか?他人に話しただけでも、ずいぶんと気持ちは楽になるものですよ」
やっぱり―――っ!!
ダメよ、話すな二人とも!
カルマルートに行っちゃうぞ!!
「実は……」
って、マグナ言おうとしてるし!
させるかと思った瞬間、体が自然に動いていた。
「ちょぉぉっと、待ったぁぁぁ―――!!」
マグナの頭目がけて、ラリアートをかます。
どがっ、と鈍い音。
「いでっ!?」
マグナが数歩、前へとよろめいて……
…………あれ?
「どうしました?」
「いや、誰かが後ろから……」
「後ろ? 誰もいないわよ?」
「え? あれ?」
首を傾げながら、マグナが辺りを見回す。
誰もいないって……なら、二人には見えてないんだよね?
つまり、まだ精神体のままで……でも、確かにさっきのラリアートはマグナに当たっていた。
腕も、なんかじんじんするし。
もしかして……
試しに、マグナの髪を掴んで引っ張ってみた。
「うわっ!? トリス、髪引っ張るなよ!!」
「え、あたしじゃないわよ!?」
うわ……ホントに掴めたし引っ張れた。
なぜかよくわからないけど……これなら!
「うわ!?」
「えっ!?」
私はマグナとトリスの手を掴むと、そのまま歩き出した。
「ちょっ……なんだよこれ!?」
「えっ、あっ、わあぁっ!?」
二人はパニック起こしてるみたいだけど、気にしてなんかいられなかった。
とにかく、レイムから離れないといけなかったから。
「なんだよ、一体!離せよ!!」
何かが手を掴んでるのはわかったらしく、マグナが空いた方の手で私の手を叩く。
「痛いわね! 叩くんじゃないわよ、いーから来なさい!!」
思わずそう言うと、二人とも一瞬動きを止めた。
「……今の声……何?」
「え、トリスも聞こえたのか?」
へ? もしかして……声も聞こえるの?
何がどうなっているやら……って、それよりマグナ達だよ!
「あんた達は、謝らないといけない子達がいるでしょ!?」
「え、なんでそんなこと知ってるんだ?」
マグナが尋ねるけど、今は少しでも時間が惜しい。
「んなことどーでもいいから、さっさと行く!」
「行くって、どこへよ!?」
「再開発区よ! ……多分」
「なんだよ、『多分』って!?」
……などという会話をしながら、私は結局再開発区まで二人を引っ張っていったのだった。
道行く人が変な目でこっちを見てた気がするけど……気のせいよ、うん。
レイムは何かに引っ張られるようにして去っていくマグナとトリスを、面白そうにながめていた。
やがてその姿が見えなくなると、近くにある木の一本に目をやる。
「……そこにいるんでしょう? 出てきたらいかがです?」
数秒の間の後、観念したようなため息が聞こえてきた。
木の陰から出てきたのは、白い仮面をつけた女と狼。
「よかったですね、彼女が間にあって。もし来なかったら、妨害するつもりだったのでしょう?」
微笑みながら言うレイムに対し、アイシャは肩をすくめただけだった。
「……何を言っているのかしら?」
「おや、とぼけるんですか? ……まあ、いいですけどね。あなた達用の切り札も、ちゃんと用意してありますから」
「どういう意味?」
「そのままの意味ですよ?」
しばし沈黙が横たわった。
子どものはしゃぎ声ですら、妙に空々しく聞こえる。
やがて、レイムが口を開いた。
「そんなに無理をしてまで、あなたの目的には意味があるのですか?」
答えは返らない。
「それより、我々に手を貸した方が有益だと思いますが? あなた達の望みも叶えてさしあげますよ、どうです?」
「結構よ、あなたに叶えてほしい望みなんてないわ」
きっぱりと、アイシャは言い放った。
レイムがくっくっと笑った。
「そのやせ我慢がいつまで続くか見物ですよ。気が変わったらいつでも言ってください」
それきり、レイムの姿はかき消えた。
後に残されたのは、唇を噛みしめるアイシャと狼。
「私があいつに手を貸す? 笑えない冗談だわ」
握りしめた拳は、小刻みに震えていた。
唇から、血がひとすじ流れる。
「ほんっと、笑えない……」
「アイシャ……」
狼が、心配そうに見上げた。
アイシャはぎこちなく笑みを返す。
「大丈夫よ、セイ。大丈夫……」
彼女は呪文のように、それを繰り返した。
あー、やっと再開発区に着いた……
考えてみれば、二人も引っ張ってきたんだもんね。きついの当たり前か…
「あ……」
トリスが声を漏らした。
視線を追うと、護衛獣達が一ヶ所に集まって何やら話していた。
そのうちハサハがこっちに気づき、他の子達もこっちを見る。
「さ、行っておいで」
とん、と軽くマグナとトリスの背中を押した。
意を決したように、二人はまっすぐに歩いていく。
護衛獣達の前で足を止めると、彼らは深々と頭を下げた。
「ごめん」の言葉と一緒に。
それから少しのやりとりがあって。
ハサハやレシィが笑っていたのが見えたとき、よかったなって思った。
わかってはいたけど、やっぱりはらはらしちゃったし。
あの子達の心も、ちゃんと伝わったみたいだから。
「……で、何やってんだよテメエは?」
不意に、バルレルの視線がこっちを向いた。
…………え?
「ぶっ倒れたまま起きねえと思ったら、こんな所でうろついてやがるし」
え? え?
「……バルレル? もしかして……見えてるの?」
自分を指さしつつ尋ねれば。
「当たり前だ。オレをなめるんじゃねーぞ」
「ハサハも……みえてるよ?おねえちゃん……」
バルレルとハサハが揃ってうなずいた。
それが無性に嬉しくて。
「大好き―――っ!!」
勢いよく、私は二人に抱きついた。
「お、おい!やめろ、くるしっ……」
「くるしいよ、おねえちゃん……」
じたばたする二人が、とてもかわいく思えた。
なので、解放する代わりに頭をなでた。
「ガキ扱いするんじゃねぇっ!!」
案の定、バルレルには反抗されたけど。
「いいじゃない、今だけだから♪」
「よくねぇっ!!」
「……ねえ、盛り上がってるところ悪いんだけど……」
「ハサハ、バルレル。そこに何がいるんだ?」
戸惑った顔で、トリスとマグナが話しかけてきた。
あ、そういえばマグナ達は見えてないんだっけ。
私が、ハサハが、そしてバルレルが口を開きかけたとき。
「殿?モウ体調ハヨロシイノデスカ?」
……………………
「えっ、!?」
「どこ、どこにいるんだよ!?」
「えええっ、どこなんですかぁ!?ボクにも見えませんよぉっ!!」
再びパニックに陥るマグナとトリス。今度はレシィも加わっている。
「ってかレオルド、あんたも見えてたの!?」
「ハイ。せんさーニ反応ハアリマセンデシタガ、殿ノ姿ガ見エマシタノデ声ヲカケテミタノデスガ」
姿が見えた、って…
……そういえばビデオとかにも幽霊映ってたりするよな……あれと同じ、とか?
侮りがたし、機械兵士。
「……ところで、私の体は?」
「ああ、屋敷のテメエの部屋で寝てるぞ」
バルレルの答えに、私はほっと胸をなで下ろした。
よかったぁ…また見つからないなんてオチになったらどうしようかと思った。
「はやく、いってあげて……」
ハサハが私の手を握りながら、必死な顔で言った。
「もうひとりのおねえちゃん……ずっと、ないているの……」
「……うん」
私はうなずくと、お屋敷に向かって走りだした。
「、俺も……」
「あたしも行く!」
後ろから、マグナとトリスの声が飛んできた。
私は足を止めて、振り返り。
「マグナとトリスはその前にすることがあるはずだよ!」
それだけを返し、再び走り出した。
多分、これは私しかできないことだから。
久しぶりに入った、部屋の中。
ベッドの上で、私の体は眠っていた。
……こうやって自分の寝顔を見るのって、変な気分だな……
私は体の……胸の上にそっと手を置いた。
そのまま横たわっている体に向かって、呼びかける。
「……いるんでしょう? 私よ。戻ってきたわ、だいたいのことも見てきた……」
そしてゆっくり息を吸い……叫んだ。
「だから……出てきて!」
吸い寄せられるような感覚がして、手が胸の中へと潜り込む。
それを最後に、意識はぷっつりと途切れた。
ようやくマグナ達と合流でございます。すぐ別行動ですが。
機械絡みの心霊ネタって、意外にありますよね。そういうわけで、レオルドも見えてます。
因縁ありそうなお二方も、初・正面衝突(?)
次回、「彼女」とご対面! ……って、もうわかりますよね……(汗)