第69話
第69話 待つ者、待たれる者


 真っ暗な空間。
 星のように、きらきら光りながら浮かんでいる何かの破片たち。
 その中に、私は一人でいた。

 「出てきてって言ったんだけどなー……」
 ぐるりと見回してみたけれど、私以外は誰もいない。
 さて、どうしよう……

 「ん?」
 ふと、ひときわ大きな欠片が目に付いた。
 大きいんだけど…ひびが入っているし、光も他と比べて弱い。
 なぜか無性に気になって、私はそれに手を伸ばした。

 欠片に手が触れた瞬間、辺りは白い光に包まれた。





 やがて視界が晴れてくる。
 そこは……

 「……どこ?」
 なんて言うか……その……だめだ、異空間としか表現しようがない。
 辺りは虹色が混ざり合ったような不思議な色合い。
 さっき見たのとは違う、水晶のような欠片がいくつも螺旋を描きながら浮かんでいる。

 『……よいのだな』
 男とも女とも取れない、どこか威厳のある声が聞こえてきた。
 この空間全体から響いてくるようで、どこからかはよくわからない。

 「……はい」
 今度は女の子の声だ。
 発生源とおぼしき方を見ると、黒髪の女の子がいる。
 私は彼女にそっと近づいた。

 『わかっているとは思うが、あの者は……』
 「わかっています、そんなの……」
 答える女の子は、泣きそうに顔を歪めて…
 ……って、エステル!?
 そこにいるのは、確かに過去で会ってきたあの子だった。

 「それでも……もう他に誰もいなくなってしまった……」
 彼女の頬を涙が伝う。
 しばらくしゃくり上げていたけれど、やがてごしごしと涙を拭った。

 「怒る……いえ、恨まれるかもしれませんね。覚悟はしてます、それだけのことを頼むのだから。それでも、信じたいんです……」
 笑顔なのに、どこか悲しそうな顔。
 その口調は、何かの決意を感じさせた。

 おもむろに、エステルが何かをつぶやいた。
 ううん、違う。これは……呪文?
 空間が歪んで、そこから光が現れた。
 それはゆっくりと形を変えてゆき……

 「……っ!?」
 光が弾け、人間の姿が顕れた。
 しかも、見慣れた顔が。
 なんで、どうして。

 「ずっと待ってた……会いたかった、……」
 エステルが、浮かんでいる少女に向かって呼びかけた。
 召喚されたときと同じ、制服姿で眠る『私』に。
 どういうこと……?


 どごぉぉん!!


 突然の轟音が、空間を揺るがせた。
 「え!?」
 エステルが驚いて辺りを見回す。
 少し遅れて、ぱきぃんという音。

 「あ……!」
 ちょうど『私』が浮かんでいる、すぐ前の空間。
 そこに、大きな穴が開いていた。
 その中へと、『私』が吸い込まれていく。

 「ダメ、待って! まだ行っちゃいけない!!」
 『私』を捕まえようと、エステルが手を伸ばす。
 しかし『私』は穴の中に吸い込まれ、エステルもそれを追いかけて穴に飛び込んだ。

 真っ暗な空間を、二人は落下していく。
 エステルは必死に手を伸ばした。
 何回かの空振りの後、ようやく『私』の手を掴む。
 次の瞬間、その姿は光に飲み込まれた。

 「きゃあぁぁぁぁっ!!」
 エステルの悲鳴が響いた。





 ぱっと、視界が変わった。
 さっきの真っ暗な空間だ。
 光る破片も大きな欠片も、変わらずそこにあった。

 「何……今の……」
 「彼女の記憶ですよ、これは」
 後ろから声がした。

 「彼女は、ずっとあなたを待っていました……あなたが約束を果たしてくれることを、ただひたすらに信じて」
 聞き慣れたような、でも少し違う声。
 私はゆっくりと振り向いた。

 栗色の長い髪。
 背に生えた白い翼。
 そして、その顔。

 「……あんたまでここにいたんだ」
 私は彼女に呼びかける。
 彼女は寂しげな笑みで、それに応えた。







 その頃。
 マグナ達は、ぐるりとが眠るベッドを囲んでいた。

 「特に変わった様子はないけど……」
 「本当に、体に戻っているんですか?」
 仲間達に問いかけられても、マグナとトリスには答えようがない。
 が見えていたバルレルも、何か知っていそうなハサハも先程から黙ったままだ。

 それでも。
 手を引いて連れていってくれたのも、行っておいでと背中を押してくれたのも。
 彼女だと、信じたかった。

 「……俺、ここで待ってる」
 ぽつりと、マグナが言った。
 「そのうち目を覚ます。は必ず戻ってくる」

 誰も、何も言わなかった。
 そしてそのまま、そこから動こうとしなかった。







 「ねえ、どこ行くの?」
 私が問いかけても、彼女から答えはなかった。
 ただ、黙って前を行く。
 ……まあ、こっちが勝手に着いて行ってるんだけど。
 でも、なんか来てほしそうに見えたんだよね……

 ふいに、扉が現れた。
 その前で彼女は足を止める。

 「……ここ?」
 彼女はこくりとうなずいた。
 そして視線で、入るように促す。

 私は扉に手をかけ、そのまま押した。
 頑丈そうな見た目の割に、あっさりと扉が開く。
 中から真っ白な光があふれた。

 入ろうとして……ふと気づいた。
 「……入らないの?」
 尋ねると、彼女は弱々しく首を横に振った。
 私に微笑みかけると、扉の中を手で示す。

 「うん、行ってくる」
 彼女にそう告げると、私は門をくぐった。
 光が私を飲み込んでいき……



 霧のように、視界が晴れていった。
 まわりに広がるのは、穏やかな森。
 鳥たちのさえずりも、聞こえてくる。
 それから……

 「エステル」
 名前を呼ぶ。
 膝を抱えて座り込んでいた少女が、ぴくりと震える。
 そして、驚いた顔でこちらを向いた。




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きりがいいので一旦切ります。
これがもう一つの発端です。でも、原因達が知るのはもうちょっと先。
「彼女」に関しても都合上伏せてますが…バレバレっすね(笑)
調律者と愉快な仲間達(?)にはもうしばらく待っていただきます。