第71話
第71話 最後の友
「……も、結局何がどうなったんだ?」
「送還は止まったようだが……」
ん……
何か、うるさい……
「でもまだ……あっ!」
その声が合図であるかのように、話し声はぴたりとやんだ。
真っ暗な世界に、光が射してくる。
ぼんやりとした視界の中で、みんながこっちを覗き込んでいた。
「んー……おはよー……どしたのみんな集まって?」
返事はない。
ただ、しばらく穴の空くような視線だけがいくつもいくつも注がれ。
「……お」
誰かが一言発した途端、集まった顔が次々とほころんでいき。
「起きたぁっ!!」
一気に歓声がわき起こった。
「やったな、おい!」
フォルテがばしばしと、ロッカの背中を叩く。
他にも涙ぐんでいたり、手を取り合って喜んでいたりと反応はバラバラだったけれど。
みんな安堵の表情を浮かべていた。
「え、何? どうしたの?」
問いかけながら、体を起こそうとしたら……
「いだっ!?」
体がすごく痛い。
しかも、ぎしぎしと音がしそうなくらい動かしにくかった。
ミモザが苦笑してため息をついた。
「当たり前よ、4日も同じ姿勢で寝てたんだから」
……4日?
やっとはっきりしてきた頭で、私は記憶の糸をたぐり寄せた。
確か、機械遺跡に行って、ゲイルの自爆に巻き込まれて、エステル達と会って……
『目は覚めた?』
突然頭の中に声が響いてきた。
「うひゃっ!?」
驚いて反射的に辺りを見回すけれど、みんなは不思議そうにこっちを見ているだけだ。
だ、誰!?
『誰、じゃないでしょう? 一緒に行こうって言っておいて。それともまだ寝ぼけてる?』
声は不機嫌そうに言い返す。
……あ、そうか。
ようやくすべての記憶が繋がった。
戻ってきたんだ。今に、そして体に。
「ごめん、思い出した思い出した」
私がエステルに謝ると、『もう……』とすねたような声が返ってきた。
「すねないでよ。こっちだって色々あったんだから」
『でも……』
「あのー、?」
トリスが困った顔で言った。
「天井向いて、誰としゃべってるんだ?」
かなり引きつった声で、マグナ。
あ……もしかしてこれって、はたから見ると電波な人ってやつじゃ……
説明しようと口を開いたとき。
どくん、と体が震えた。
「あ……?」
体が熱い。ぼんやりと光も見える。
みんなは一瞬顔を見合わせると、焦ったようにこっちに駆け寄ってきた。
何か強い力が、私の中で命のように脈打っている。
それは光と一緒に強くなっていき……
弾けた。
目もくらむような光の中で、その力が急速に抜けていくのがわかった。
光は私の体から出て、空中で一つの固まりになっていく。
ただの球状だったそれは、次第に形を変えていって……
最後には、私のよく知る姿になった。
「え、あれ!?」
「あ、アメルが二人!?」
「いや、違う!彼女は……」
混乱する声が次々と上がる。
まあ、無理もないけど。
私だってエステルの心の中で会っていなきゃ、驚いたと思う。
『……アルミネ?』
エステルが呆然とつぶやいた。
光に包まれて浮かぶ彼女が、柔らかく微笑む。
「あなたも、あたしと同じ……アルミネの魂の欠片、ですね?」
みんなが一瞬、驚いた顔でアメルを見、すぐにアルミネに視線を移した。
アルミネがうなずく。
「あの時……魂が砕けたと同時に記憶も失ってしまいましたが、かろうじて彼女達の……エステルとの事は覚えていたんです。だから私は、ずっとエステルの魂と共にいました」
脳裏に、エステルの遺体の前に現れたアルミネが浮かんだ。
エステルを、私を悲しそうに見ていた彼女。
エステルの手を取ったあの時から、彼女はずっと…
「それで、エステルと一緒に私の中に入っちゃった訳ね?」
はい、とアルミネはうなずいた。
「でも、エステルは私に気づきませんでした。罪悪感や悲しみで心を閉ざしてしまって、声さえも届かなかった。私は、苦しむ彼女に何もできなかった……」
エステルの心の中で会ったとき、アルミネは寂しそうに笑っていた。
それは、自分ではどうすることもできなかったからかもしれない。
何もできなかった自分が、歯がゆかったからかもしれない。
……なんとなく、わかる。
「だけど、あなたはさんを助けてくれたでしょう?」
みんなの視線が、再びアメルに注がれた。
「毒をうけたさんを……私のお願いを聞き届けてくれて」
あ、と誰かが声を上げた。
確か……アメルと私の体が光り出したって話だったんだよね……?
同じアルミネの欠片なら、ありえる話だ。
「ありがとう、さんを助けてくれて……」
『私からもありがとう、アルミネ。それと……気づかなくてごめんなさい……』
アルミネが、嬉しそうに微笑んだ。
そのまま、ぐるりと他のみんなを見渡す。
「私の最後の友人達を、どうかよろしくお願いします……」
アルミネを包む光が、強くなっていく。
その姿は、もううっすらとしか見えない。
「エステル、……私はこれからも、あなた達の側で見守っているから……あなた達の望みが、叶う日が来るように……」
『待って! 待ってよ、アルミネ……!』
エステルの叫びも虚しく、光が弾ける。
それから光は急速に薄れ、小さな石のようなものの欠片がベッドの上に落ちた。
きらきらと不思議な光を放っているそれは、私の知っているどんな石とも似ていなくて。
拾い上げると、優しくてあたたかい感じがした。
アメルが、石にそっと手を伸ばす。
彼女の指先が触れると、それは光になってその手を伝っていき……
やがて、胸の辺りに吸い込まれるようにして消えた。
「アルミネ……」
こみ上げてくる悲しみは私のものか、それともエステルのものか。
私は石を持っていた手を見つめたまま、涙を流した。
ぱた、と石があった辺りに涙が落ちる。
『望みが、叶う日が来るように』
アルミネの最後の言葉が、また聞こえた気がした。
そうだね…私には、まだしなくちゃいけないことがある。
「さて、それじゃ話しましょうか」
私は涙を拭うと、みんなに向き直った。
「私が何を見てきたか、私の中にいるのは誰か、なぜ私がここに呼ばれたかを」