第72話
第72話 彼等彼女の事情
「……で、後は知っての通り」
そこで私は口を閉じた。
しばらく、誰もが無言だった。
私が何を見て、何を知ったか。すべてを聞いて。
最初のうちはアメルから聞いていたらしく、「ああ、言ってたな」とか聞こえてきたけど……
話が中盤にさしかかると、誰も口を挟まなくなった。そして最後まで、ただ黙って聞いていた。
やがて、最初に口を開いたのは……やっぱりネスだった。
「……つまり、君は事故ではなく、彼女に呼ばれたというのか?」
「そういうこと、みたいね」
「君が落ちた穴というのは……」
「多分、マグナ達でしょ。理由はわからないけど、4つの世界のどれでもなく、エステルがいた空間に穴を開けてしまった」
「その結果、君は彼女を取り込んで、右も左もわからないままこの世界に召喚されてしまった……そういうことだろうな」
なぜか締めくくったのはキール。
…異様に重い沈黙が、部屋に満ちた。
「……ごめん、」
「ごめんね……」
この世の終わりのような顔で、マグナとトリスが頭を下げた。
「……って、そんな顔しないでよ二人とも……」
「だって、俺達が事故を起こしたから……」
「は関係ないはずなのに、あたし達の先祖のことに巻き込んじゃって……」
「違うよ。ここにいるのも私が決めたこと。嫌だったら頼まれた時点で断ってるよ」
それにしても、さすが血縁。反応がエステルとそっくり。
そう思ったのは私だけの秘密だ。
「……で、今度はこっちから質問だけど……」
私はネスの方を向いた。
「エステルがクレスメントの関係者だって、いつから気づいてた?」
ネスは少し考えて、
「スルゼン砦の時だな。あの時はかすかにクレスメントの魔力を感じただけだったから、気のせいだと思ってたんだが……」
「気のせいじゃなかった、と」
「ああ。確信を持ったのは彼女と2回目に話したとき……君達がレルムの村から戻ってきた後だ。僕と彼女しかいなかったからな、間違いようがなかった」
「それで、マグナ達に私と関わるなとか言ってたわけね……」
やっと納得。
もしかしたら、エステルの口から先祖のことがばれるとか思っていたかもしれない。
「ちなみに、エステルのことは知ってた?」
「いや、一族の記憶のどこにもなかった。だからアメルの話を聞いたときは驚いたんだ」
……どこにもなかった?
融機人の特徴から考えるに、単に忘れたとは思えない。
だとしたら、考えられることは一つだ。
メルギトスに、喰われた。血識として。
「それも、呪いってやつか?」
「さあ……」
でも、誰も知らない。
まだ、その時じゃない。
……わかっているんだけど……
「まあ、私からはこれぐらいにして……そろそろきちんと挨拶した方がいいんじゃない、エステル?」
『……うん』
返事が返ってきたかと思うと、意識がすぅっと遠ざかる。
すぐに視界が戻ってきたけど、それも含めて感覚はどこか遠かった。
一瞬の目が虚ろになり、すぐに元に戻った。
見た目には、ただそれだけの変化だったが。
「お久しぶりです」
言いながら深々と頭を下げる仕草は、のものではなかった。
「こちらの皆様は、はじめまして。エステル・クレスメントです」
ハヤト達に向かって、再び頭を下げる。
礼をされた方はといえば、「あ、ああ……」「どうも……」と戸惑った返事を返すだけだった。
アメルがおかしそうに微笑んだ。
「そんなに猫を被らなくたっていいですよ、エステル」
『そうそう、普通でいいって』
も笑いながら言う。
「え、そう? それじゃ、そうさせてもらうわね」
穏やかな笑みが、年相応の少女のものに変わる。
それでも、やはりとは違う。
言いにくそうに、トリスが口を開いた。
「ええと……あなたが、あたし達の、その……」
「ええ、血縁ってことになるわね。すっごく遠いけど」
「それで、エステルさん……は……」
「そんなに固くならないで。呼び捨てで構わないわ。なら中で話を聞いてる。起きてればちゃんと表に戻ってこられるから大丈夫よ」
「そうなのか? ?」
それでも心配なのか、マグナが問いかける。
しばらくの間をおいて、
「『ちょっと変な感じがするけど、見えてるし聞こえてるから大丈夫!』って」
エステルがの言葉を伝えた。
何人かが「そういうもんか?」と言いたげな顔になったが…口には出さなかった。
「まあ、心配なのはわかるから、今回はこれぐらいにしておきましょう……あ、そうそう」
目を閉じかけたエステルが、ふと何かを思いだしたような顔になって男性陣を見た。
「……を泣かせたら、許しませんからね?」
笑顔だが、その陰には恐ろしいまでの殺気が隠されていた。
言われた方が顔を引きつらせるのを見てから、エステルは今度こそ目を閉じた。
体中に感覚が戻ってくる。
私はそっと目を開けた。
「なんてこと言うのよ、あの子は……」
呆れてつぶやくと、みんなが驚いた顔でこっちを見た。
「……、か?」
おっかなびっくり、と言った感じでフォルテ。
うなずくと、男性陣がいっせいに緊張を解いた。
人の顔でどういう顔してたのよ、エステル…?
「……とにかく」
こほん、と私は咳払いした。
「これからも、エステル共々よろしくお願いしますっ!」
言って、ぺこりとお辞儀をした。
「……だ」
「だよな」
「ですね」
みんなが苦笑しながら口々に言う。
なんか引っかかるけど…まあ、いいや。
「それから、ロッカ」
まだ体は痛かったけど、がんばってロッカのところまで歩く。
なんて言おうか考えたけど、結局浮かんだのは一つだけだった。
「……ありがとう。ロッカの気持ち、すごく嬉しかった」
「え、あ、いやその……」
なぜか赤くなって慌てるロッカ。
……どうしたんだろう?
ぐい、と手が引っ張られた。
視線を移すと、なぜか仏頂面のネスがいる。
「。まだ本調子じゃないなら、食事をとってゆっくり休め」
「え? あ、うん……」
その顔が「反論は許さない」と言っているようで、私は思わずうなずいた。
その後は、もうあっという間だった。
ネスが「さあ、これ以上騒いでも疲れさせるだけだ」とか言ってみんなを追い出しにかかり、最後に「おとなしくしているんだぞ」としつこいくらい釘を刺して出ていく。
ネスにしては珍しい行動…
……気を使ってくれたのかな?
『……違うと思うけど』
エステルがため息をつくのが聞こえた。
ばんっ、と少々乱暴にドアが閉められる。
ネスティはふう、とため息ひとつついて。
「……なんだ?」
……全員が自分を見ていることに気づいた。
「いやあ、悩める青少年は大変だなあと思って、な?」
「ヤキモチはみっともないわよぉ、ネスティ?」
にやにや笑いを浮かべながら、フォルテとミモザがからかうように言った。
「なっ!? 僕は別にヤキモチなんて……」
「違うんですか?」
割り込んだのは、やけに嬉しそうなロッカ。
いつもなら「違う」と即答するのだが…なぜか、できなかった。
その無言を、肯定と受け取ったらしい。
「なら、僕がさんに告白しても構いませんよね?」
「「「なっ!?」」」
驚きの声は、ネスティだけでなくマグナとリューグからも発せられた。
「ほ、本気かよおい!?」
「何言ってるんだ? 本気に決まってるじゃないか、リューグ」
あっさりと答えるロッカ。
マグナとネスティはといえば、本日二度目となるロッカの爆弾発言に固まってしまっている。
「もしかして……勢いとはいえ告白っぽいこと言っちゃったから吹っ切れちゃったんじゃ……」
「そうかも……」
ぼそぼそとささやき合うミニスとトリス。
「ふふふっ、さてどうなるかしらねー♪」
「まあ、ライバルより壁の方がきつそうだけどな」
「そうですね。エステルは一筋縄じゃいきそうにないですよ」
楽しそうなミモザ、フォルテ、そしてアメル。
何にせよ。
「……色々大変そうだね、……」
ぽつりとつぶやかれたナツミの言葉が、その場にいたほぼ全員の気持ちを代弁していることは間違いなかった。
一気に2話アップ。……いや、単に区切りの問題なんですが。
ロッカ、ついに開き直りました。そして超複雑、恋愛模様。
厄介な壁も現れましたし。敵は手強いぞ諸君(笑)
まだ語られていない部分もありますが、それは追々。