第73話
第73話 託されしもの


 暗闇を歩いていた。

 (あれ? また、夢……?)
 最近はこういう始まり方をする夢が多い。
 夢だと認識していることも珍しくない。
 でも…何かが違う気がする。

 今度は何だろう?
 そう考えている間にも、足は勝手に動いている。迷うことなく、前を目指して。

 前方に、ぽつんと光が見えてきた。
 それを目にした瞬間、胸の鼓動が強くなっていくのを感じた。
 (呼んでいる)
 不思議と私には確信があった。
 あの光は私を呼んでいる。
 だから、こうしてあそこに向かって進んでいる。

 目の前まで来ると、それは人がすっぽり入ってしまうくらいの大きさ。
 私の体はためらいもせずに、その中へと入っていった。

 一瞬、目の前が真っ白になった。
 それから。

 「……?」
 誰かが、立っていた。
 逆光で、顔はよく見えない。
 シルエットからして…女の人、だろうか?

 「……来たわね」
 女の人が言った。
 「私をここに呼んだのは……あなた?」
 私の問いに、女の人は苦笑した…ようだ。
 「はいでもあるし、いいえでもあるわ。私は仕掛けをしただけ。ここに来ることを選んだのはあなたよ」
 ……よくわからない。
 どうもこういう言い方って、苦手……

 「……答えて。あなたは、何を望んで戦うの?」
 問いかける声は、どこか悲しげで、でも真剣で。
 私は考えをまとめると、口を開いた。

 「守りたい人達がいる。助けたい人達がいる。だから……」
 「それで、すべてが変わってしまったとしても? あなたの知っている未来とはかけ離れた、最悪の結末になってしまうとしても……それでも、あなたは戦うというの?」
 思わず、私は口をつぐんだ。
 今……彼女はなんて言った?
 『あなたの知っている未来』?

 「どうして……」
 「あなたは気づいているはずよ、もう物語通りには進んでいないって。ましてあなたはそこには存在していない。真っ先に死ぬ可能性もあるのよ。本当に、それでいいの?」
 私の言葉を遮って、彼女は続けた。

 確かにそうだ。私はこの物語にはいないはずの存在。
 私というイレギュラー。
 それが、知っているはずの物語を大きく変え始めている。
 それが、不幸な結末を招かないという保証もない。
 だけど……

 「それでも……今更なかったことにするのは、もっと嫌。みんなを放って行くのは……嫌だ」
 これが、私の本音だった。

 みんなは一生懸命戦っている。
 降りかかってきた運命に立ち向かっている。
 だから、もう護られてばかりじゃいけない。
 武器の扱いは下手だし、召喚術とかだってうまくできないこともあるけど…
 私だって、みんなを助けたいんだ。今までみんなが私を助けてくれたように。

 「怖くないって言ったら嘘になるけど……でも、ここでやめたらきっと後悔する」
 答えると、彼女は笑ったようだった。
 すっと手を掲げる。

 「それなら、これを持って行きなさい。いつか、あなたの役に立つわ」
 その手の中に、少し大きめの短剣が現れた。
 彼女は短剣を、私に差し出す。

 私はそれを受け取った。……途端、
 「わあっ!?」
 短剣がいきなり大きくなった。
 いや、もはやそれは短剣といえない。私の身長程もある、大剣になっていた。
 その分重くなったので、数歩よろけてしまう。

 「それは、あなたの手に余るかもしれない。一人で持てなかったらあの子と二人で、それでも辛かったらあなたの仲間にも持ってもらいなさい。あなたにはそれができる」
 彼女の口調は、とても優しい。
 私はこくりとうなずいた。

 「あなたの信じる道を行きなさい、
 彼女はそう言いながら、剣を持つ私の手をそっと手で包み込んだ。
 その時になって、ようやく彼女の顔がおぼろげながら見えた。
 「あの子のことを、よろしく……」
 微笑む彼女の姿が、光に溶けていく。
 「ちょっと待って! あの子って、あなたは一体……」

 その瞬間、私の視界は白一色になって何も見えなくなった。





 「……あれ?」
 目を覚ますと、見えたのはいつもの天井。
 窓から日が射して、鳥の鳴き声が聞こえる…いつもと同じ朝。

 何か、夢を見ていた気がする。
 今回はよく覚えていないけど。

 『どうしたの?』
 頭に声が響く。
 「っ!?」
 驚いた後……すぐにそれが誰かを思いだした。

 「……あ、大丈夫。なんでもない」
 ああ、昨日と同じことしちゃったよ…
 慣れるのにまだ時間かかりそうだな、これは…

 ふと、視界の隅に何かの光が入ってきた。
 そちらを見ると、朝日を受けて輝く銀の鎖。
 ネックレスだったそれは、途中からちぎれてしまっている。

 ぼんやりとそれを見つめ。
 思い浮かんだのは、それをくれた人だった。







 「これ、長く持たないって知ってたでしょ?」
 開口一番。
 私はメイメイの店に入るなり、鎖を突きつけてそう切り出した。

 「あら、わかっちゃったぁ?」
 今日もメイメイの顔は赤い。
 ……今ってまだ午前中のはずだけど。

 「カイナから……仲間から聞いたの。この鎖に彫られているのは封印の言霊……本来は邪鬼を祓いやすくしたり、神降ろしの依代の負担を減らしたりするために、一時的に力を押さえるものだって」
 つまり、ずっと身につけておくお守りには適していないそうだ。
 放っておいてもいつかは壊れる。まして、あれだけ強力な力では長くは耐えられない。
 昨日、カイナがそう教えてくれた。
 私が倒れている間、彼女なりに調べてくれたらしい。

 「まあねぇ」
 悪びれもせず、メイメイがうなずいた。
 「でも、完全にあの子を封じるわけにもいかなかったのよ。あなたには、あの子の力が必要になる時が来るから」
 そうでしょ?
 問いかけられて、私は言葉を返せなかった。
 事実、その通りだし。

 「それに、思ったより早く融合が進んでいたからねぇ。進みを遅くするぐらいしかできなかったのよ」
 「……融合?」
 何やら不吉な単語を聞いた気がして、私は思わず聞き返した。
 それって……

 「あなただってわかっていたでしょ? あなたとあの子の魂、一つになりかけていたのよ。ほっといたらあの子の魂に飲まれて、あなたの自我がほとんど消えてたわね」
 やはり恐ろしいことを、メイメイはさらりとのたまった。
 んな、あっさり言うことじゃないでしょ――!?
 下手すれば私、今頃消えてたって事じゃない!!

 「そんなに怖がらなくたって平気よぉ? 今はあなたの自我もしっかりしているし、融合もしていないみたいだからね。多少の影響は出ていると思うけど」
 ……最後の一言がやけに不安をかき立てるのは気のせいですか?
 余計怖くなりそうで訊けなかったけれど。

 「まあとにかく、そっちの心配はもうしなくて大丈夫。むしろ、これから他のことの方が大変になるんじゃない?」
 ……そうでした。
 もうすぐ、レイムも本格的に動き出す。
 強大な力を持つ、悪魔達と戦わないといけない。

 「自分を信じて行きなさい」
 神妙な顔で、メイメイが言った。
 いつもの酔っ払いっぷりは消え、どこか神秘的な風格さえ漂う。
 惹きつけられるように、私は彼女の言葉を聞いていた。

 「そして、忘れないで。あなたは一人じゃないってことを」
 メイメイはそっと目を伏せた。
 「今、言えることはこれだけよ」





 結局。
 ほとんど確認しただけのような形で、私はメイメイの店を後にした。

 『あの、? ごめんなさ』
 「あー、それはもういいってば」
 私はエステルの言葉を遮った。何のことかは想像ついていたから。
 今更、彼女を責める気なんてない。
 悪気があったわけじゃないし、助けられたこともあったし。

 「それより、話は後でね? はたから見ると私、大声で独り言言ってるみたいだから」
 『あ、うん……』
 まあ、これは困ったといえば困ったことだけど。
 小説やマンガには心が筒抜けとか、一人で会話とかいうパターンあったからまだましな方かも……

 それにしても……
 『自分を信じて行きなさい。そして、忘れないで。あなたは一人じゃないってことを』
 さっきのメイメイの言葉。
 誰かにも、そんな感じのことを言われたような気がする。
 誰だったかなー……?







 「彼女なら、ああ言ったわよね……きっと」
 杯に酒を注ぎながら、メイメイは一人ごちた。
 多すぎたのか、少し杯から酒があふれてしまう。

 「選んだのね、あの子を……力を、意志を……すべてを託す者として」
 悲しげな顔で彼女は杯に口を付け、中身を一気にあおった。
 「そうね、あの子なら……あなたの罪を、今度こそ……」
 「珍しいわね。あんたがそんな顔で酒飲んでるなんて」
 不意に、からかうような声が割り込んだ。

 メイメイはゆっくりと振り向いて…笑みを浮かべた。
 「そういえば、あなたもいたのよね……お久しぶり」
 「お久しぶり。あんたの好きな酒、持ってきたんだけど……邪魔だった?」
 「いいえ、逆よ。ちょうどよかったわ」
 彼女はくすくす笑いながら、相手を中へと招き入れた。




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また増えてるよ……(汗)
前半の彼女については、当分は語られません。「あの子」が誰かは想像つくかと。
メイメイもお久しぶりに。彼女は大体のことを把握しています。
第三部終了まであと少し。がんばります。