第74話
第74話 終わりへと向かう前に


 「はい」
 夕飯後。
 アメルは私を呼び止めると、古い額縁を差し出した。
 なんだろうと思ったけど、すぐ思い出した。機械遺跡で見つけた絵だ。

 「ミモザさんが拾ってたんですけど、さんが持ってる方がいい、って」
 厳密に言うと、私じゃないんだろうけど。

 絵の中では、エステルが幸せそうに笑っている。
 下の方に、『セーファス』のサイン。
 多分、あの時彼が描いていた絵。

 「あ、それってエステル?」
 「へえ、これが……」
 横からトリスとマグナが覗き込んでくる。

 トリスはむーっと唸った。
 「なんか、未だに信じられないな……あたし達がこの子と同じ血を引いてるなんて」
 「しかも、の中にいるなんてな」
 マグナも複雑そうな顔をしている。
 ……無理もないんだろうけど。

 「まあ、少なくともトリス、君よりは女らしいしな」
 「うん、そうそう……って、何言わせるのよネス!」
 うなずきかけて…トリスが怒鳴る。
 いつの間にいたのか、後ろにネスがいた。

 「君の行動のどこに女らしさがあるというんだ?」
 「う、それは……」
 その会話は、もういつも通りの二人で。
 それがなんだかおかしくて、そして嬉しかった。



 マグナとトリスがいて、ネスがいて、アメルがいて。
 彼等はやっと過去の呪縛から一歩踏みだし、笑っている。

 それでもどこか切ないのは…彼女、だろうか?
 それとも、あの過去を見てきたからだろうか?



 「でも、。本当によかったのか?」
 少し不安そうに、マグナが問う。
 「何が?」
 「ミモザ先輩の『帰れるかもしれない』って話。断っちゃったんだろ?」
 「ああ、あれ。断ったんじゃないよ、返事を延ばしただけ」

 もちろんメルギトスのこともあるけど、それが終わったらどうしたいのか。
 みんなと別れて元の世界に戻るか、元の世界を諦めてここに残るか。
 結局、結論は出なかった。

 そのことを告げたら、ミモザは「いいのよ」って笑っていた。
 焦ることはない、よく考えて答えを出しなさい。
 そう言って、しばらく保留ということにしてくれた。

 「言ったでしょ、ここにいるのは自分の意志。今更やめる気はないよ。帰ったって安心できそうにないし」
 ルヴァイド達はともかく、ガレアノ達なんて執念で追っかけてきそうだもの。
 冗談っぽく言ったら、マグナは苦笑いしながら「そうかも……」ってうなずいた。

 それに。
 「私、みんなが好きだよ? だからもうしばらく一緒にいたいし、帰るにしても納得いく形にしたいから。……ダメ、かな?」
 マグナはしばらくきょとんとした後…笑顔を浮かべた。
 「そんなことないよ。俺だって、がいてくれて嬉しい」
 「……ありがと」



 やっぱり、私はここが好き。
 元の世界とは、家族や友達とは違ったあたたかさがある。
 それが、すごく心地よくて。



 「あのさ、俺……」
 マグナがやけに真剣な顔で、何かを言いかけたとき。

 「ーっ、ネスがいぢめる―――っ!!」
 横からトリスが抱きついてきた。
 相当言われまくったのか、顔は半泣き状態だ。
 「誤解を招くようなことを言うなっ!!」
 こちらは不機嫌オーラ全開で、ネス。

 「だって、先祖がどうこう言う前にその子どもじみた言動をどうにかしろ、って言うのよ!?」
 「18にもなってそれでは問題あるだろう!?」
 「そっ、そのうちそれらしくなるわよっ!」
 「時々短剣振り回して前線に突っ込んでいく奴のどこに女らしさがあるんだっ!?」

 ……ダメだ、こうなったら当分誰にも止められない。
 実際、トリスは私から離れて再びネスとの舌戦を繰り広げていた。
 珍しくないこととはいえ、よくやるわ二人とも……

 「……で、何? マグナ」
 マグナが何か言いたそうだったのを思い出して、そちらを向けば。
 「……いや、なんでもない……」
 どっと疲れたように、マグナは頭を押さえていた。
 視界の隅っこで、アメルが苦笑しているのも見えた。
 ……何なの一体?







 「かくて乙女は剣を取り、果てなき戦いへと身を投じる……」
 ぽろん、とレイムの指が弦をつま弾いた。
 口元に、おかしそうな笑みが浮かぶ。

 「予定とは違う形になってしまいますが……まあ、いいでしょう」
 彼女が……否、彼女達が必要なことには変わりない。
 必ず、手に入れる。
 すべては我が望みのために。

 「もうすぐです……」
 その目は、ここではないどこかを見据え。
 レイムと名乗る悪魔は、ただ静かに嗤う。







 「いよいよ……動く」
 相棒の言葉は、ただそれだけ。
 だが、セイヤにとっては充分すぎる意味。

 見上げた視線の先、彼女の仮面の下は。
 前を見ているのだろうか?
 それとも――?

 「もう……止められぬか……」
 「そうね」
 淡々とした返事からは、その感情は伺えない。

 「お前は、本当にそれでよいのか……?」
 「くどいわよ。もう、私にはこれしか残されていない。またあれを繰り返すぐらいなら……」
 固く握られる、彼女の拳。
 わかっている。
 その目的だけが、かろうじて相棒を立たせているということも。
 だからこそ、それ以上何も言えない。

 「嫌なら無理に付き合わなくていい。私だけでも……」
 「馬鹿者。お前一人で放っておけるか。何をしでかすかわからぬ」
 「……何よそれ」

 ならば、最後までついていこう。
 彼女を守れるなら。
 彼女が必要としてくれるなら。
 ……側にいられるのならば。

 どのみち傷つくのならば、せめて――








夢を見た。
遠い夢を。

戻らない思い出。
届かない願い。

叶うと信じて。
現実に裏切られ。

それでも歩き続ける。
また夢を見る。

ひとはなにかをみちしるべにして、まえにすすむいきものだから。




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