第75話
第75話 強い者、儚い者


 機械遺跡の一件がようやく落ち着き。
 私の回復を待ってから、次にデグレアに狙われるであろうファナンに行く、ということになった。
 ……私は大丈夫だ、って言ったんだけどね。
 でも、4日も寝てるのを見ていたみんなはそう思わなかったみたいで。
 仕方ないから、2日くらいはおとなしくしていた。
 そして。





 「それじゃ、また行ってきます」
 玄関先で、私達はギブソン達にひとまずの別れを告げた。
 この人達だって、仕事でここにいるわけだしね。

 「ごめんね、本当はそっちも手伝ってあげたいんだけど……」
 ナツミがすまなさそうに謝った。
 「いいよ、そっちだって用事で来てるんでしょう?」
 いてくれれば心強いけど、彼女達だって悪魔の調査がある。
 まあ、仕方ないよね。

 「こちらは私達が引き受けますから」
 シオンがにこやかに言った。
 「そうですね」
 「お願いします」
 トウヤとアヤが深々と頭を下げた。

 「そっちもがんばりなよ」
 「ああ」
 「お姉ちゃん達も、気をつけてね」
 ハヤトとエルジンも力強くうなずいた。

 一通り、激励をかけあって。
 「じゃ、出発!」
 「おーっ!!」
 「いってらっしゃい!!」
 私達はゼラムを後にした。




 「……行っちゃったね」
 「ああ」
 彼らの姿が完全に見えなくなると、ナツミ達は小さくため息をついた。

 「うまくいくといいね」
 「そうだな」
 友達だから。
 そして、一年前の自分達のように辛い戦いをしているから。
 この世界に神はいないけど、祈る。

 「……あの子達ならきっと大丈夫よ」
 ミモザの言葉にうなずくギブソンと、

 「そうですね……私もそう思います」
 彼らがいる彼方を見つめ続けるクラレット達と。

 重ねている姿は同じ。
 すぐそばにいる、一年前の希望だった。







 特にトラブルもなく、ファナンには着いたものの。
 「……なんだ、一体?」
 レナードの言葉は、みんなの気持ちを代表していたと思う。

 まあ、想像はしていたけど。
 活気がないというか、どっかぴりぴりしているというか。
 今まで見てきたファナンとは、何かが違っている。

 「何かあったのかな?」
 トリスが不思議そうに首をかしげた。
 ……そうだよね。
 ここで街の人達の不安をかきたてているのが彼だなんて、思いもしないだろう。

 「荷物置いたら、街の人に話聞いてみようか」
 「……そうだな」

 いよいよ、なんだ。これからレイムと正面から戦う。
 もう、逃げられない。
 怖いけど……決めたから。
 みんなと、戦うって。

 『大丈夫?』
 「……うん」
 私はみんなに気づかれないよう、小さくうなずいた。







 そういうわけで、手分けして情報収集開始。
 私はまず、一番近い下町から行ってみることにした。

 「こんにちはー」
 「いらっしゃ……おや、あんたかい」
 私の顔を覚えていてくれたらしい。
 店のおじさんやおばちゃん達が「よく来たね」と寄ってきた。

 「何か飲むかい? サービスしとくよ」
 「え、あ……じゃ、ジュースを」
 さすがに、何も頼まないのはいづらいし。
 さて、どうやって切り出すか…

 「そういや嬢ちゃん、モーリン達と旅してるんだろう?」
 思い出したようにおじさんが言った。
 「トライドラが陥落したって、本当か?」
 ……うわ、いきなり聞くかそれを。
 ああ、なんか他の人達もこっち見てるし。

 「えと……誰がそんなことを?」
 「最近はどこ行ってもその話で持ちきりだよ。うちの客も、な」
 「そうですか……」

 「で、どうなんだ?」
 お客の一人が口を挟んだ。
 みんな答えが気になるようで、じっと私に注目している。
 ど、どうしよう……まさか本当です、なんて言えないし。

 「あの、すみませ……?」
 入り口から戸惑うような声が飛んできたのはそのときだった。
 ああっ、救いの天使がっ!
 私はそっちを振り向いて……
 そして、そのまま固まった。

 「ロッカ、に……ユエル?」
 ぴくり、とおばちゃん達の肩が震えた気がした。
 ロッカに連れられて立つユエルはびくびくしていて。
 視線を注ぐ方も、どこか表情はこわばっている。
 あうう……これはこれで気まずい。

 かたや、操られていたとはいえケガさせてしまって。
 かたや、怯えるあまり化け物呼ばわりしてしまって。
 謝りにくいのはわかるんだけど…

 それでも、ユエルは意を決したように一歩踏み出した。
 震えながらも、ゆっくり顔を上げて。
 「あの……」
 小さな声で、絞り出すように声を発した。

 でも。
 「ごめんよ、ユエル!」
 おばちゃんが、ユエルに駆け寄りながら叫ぶように言った。
 おじさんや、他に何人かもユエルに近づいていく。

 「すまねえな、あんなひどいこと言っちまって……」
 「悪かったよ……」
 「ううん、ユエルだって悪いの……」
 「何言ってるんだよ!」

 わいわい、がやがや。
 謝罪大会はそのうち、軽口やお帰りの言い合いに変わった。
 誰かの大きな手が、くしゃくしゃとユエルの頭をなでる。

 「ユエル、ここの人達に謝りたいって来たんですよ」
 いつの間にか、ロッカが私のそばにいた。
 「それに、街がこうだから心配だったらしくて」
 「そっか。でも、助かったよ」
 「どうかしたんですか?」

 幸いみんなはユエルの方に気を取られていたので、私はロッカにさっきのことを話した。
 ロッカは驚きながらも小声で、
 「どういうことなんですか、それ?」
 「わからないよ」
 ……ごめん、ホントは知ってるんだけど。

 「でも、ファミィさんが話したとは思えないんだよね……あの人なら、下手な混乱起こすようなことはしないだろうし」
 「そうですね。もう少し話を聞いてみましょうか」
 あー、よかった……
 ロッカが手伝ってくれるなら心強いよ。

 「……ところで、さっき私のこと呼び捨てにしたでしょ?」
 「あ、そういえばそうですね。……だめ、ですか?」
 「え? 別にいいよ、仲間なんだし遠慮しなくても」
 「そう、ですよね……」
 ロッカは苦笑しながらため息をついた。
 ……何でそんな残念そうなの、ロッカ?








 0と1の海。
 膨大な情報。
 電脳の世界を、渡る。

 今、ネスティはレオルドの視覚情報を見ていた。
 彼の知っている光景もある。
 彼の知らない光景もある。
 どちらにせよ、違った視点というのは興味深いが。

 『あれ? ハサハ?』
 画像の中で、マグナが辺りを見回す。
 これは……おそらく、自分の目を盗んでレルムの村に行ったときだろう。

 『自分ガ探シテ来マショウカ?』
 『ああ、頼むよ』
 ゆっくりと、マグナ達が遠ざかる。
 そして、森をぐるりと見回すような映像がしばらく続いた。

 『だいじょうぶ。こんどは、おねえちゃんがたすけてくれるよ』
 ふと、声が聞こえた。
 レオルドの視点が、ハサハを捕らえる。
 そこには何度か会った、デグレアの女傭兵もいた。
 だが……

 『おじちゃんだってしんぱいしてる。ひとりじゃないよ、くるしまないで……』
 『ありがと』
 これが、自分達を散々苦しめてきた敵の一人だろうか。
 泣いていたようなかすれた声と、弱々しい笑み。
 戦場で見た彼女とは、あまりにもかけ離れていた。

 『でも、ダメなの。これ以上は……これが、私の……受けるべき罰なんだから』
 ……罰?
 傍らの狼も、ハサハも悲しげな表情を浮かべている。
 一体、これは……

 『……っ! 誰だっ!?』
 狼が、声を発した。
 がさがさと、視界が移動する。

 『お前はっ……』
 狼が構えたが、
 『セイ、ダメっ!』
 女傭兵の一喝に動きを止めた。

 『しかし、こいつは……』
 『だからって、それはまずいわよ。何のためにあんな回りくどい事したと思ってるの?』
 怒ったように言ってから、女傭兵はため息をついた。
 『とはいえ……参ったわね。電脳はどっちも専門外だし、黙ってろ……って言っても無理よね。確実に一人にはばれる』

 彼女はしばらく考え込んだ。
 そして、再びため息。
 『……仕方ないか』
 『しかし……よいのか?』
 狼が尋ねる。
 『いいよ。彼なら……』
 少しうつむいて、女傭兵は言った。

 『さあ、あんた達は行きな。いいかげん心配してるだろうからね』
 ぽんと背中を押した女傭兵を、ハサハは振り返る。
 仮面で表情はよくわからないが、彼女は笑ったようだった。
 『あの子達のこと、頼んだよ……』





 いくつかの情報を整理した後、ネスティは意識を体へと戻した。
 目を開け、前にいる機械兵士に告げる。
 「……スキャン完了。システムに異常なしだ」
 「アリガトウゴザイマスねすてぃ殿」
 レオルドが丁寧に頭を下げる。

 「ね、ネス……今のは?」
 マグナが驚いた表情でこちらを覗き込んでいる。
 確かに人間には異様な光景だったかもしれない。

 「レオルドのメモリに異常がないかチェックしていたのさ」
 「でふらぐヲ兼ネテ互イノ情報ノ交換モ行イマシタ。ホトンド、一方的ニ自分ガでーたヲモラッタヨウナモノデスガ……」
 だが、やはりマグナは疑問符を浮かべたまま。
 機械がよくわからない者に、メモリやデフラグと言ったってわかるわけがない。

 「いや、君とのアクセスは、僕にとって有意義なものだったよ。なにせ君の主人が、日頃僕のことをどのように評価してたのか、知ることができたからね」
 うっ、とマグナは詰まった。
 そしてレオルドに向かって「告げ口するなんて裏切り者ーっ」とか叫びだす。
 レオルド自身に罪はないのだが。

 「……まあ、それはさておき」
 ネスティは苦笑しながら言った。
 この弟弟子に、カタブツメガネとかいう固有名詞について問い詰めることはいつでもできる。
 それよりも。

 「ハサハから、何か聞いていないか?」
 「え? 何を?」
 「デグレアの……例の、女傭兵のことだ」
 「アイシャの? いや、何も聞いてないけど。なんで?」
 「それは……」

 ネスティが、レオルドのデータで見たことを言おうとしたときだった。
 「おい、大変だ!」
 フォルテの声が飛んできた。
 多分入り口か廊下辺りにいるのだろうが、大声だからはっきりと聞こえる。

 「レイムって吟遊詩人が、トライドラが落ちた、次に狙われるのはファナンだって言いふらしてるらしいぞ!」
 「なんだって!?」
 マグナが血相を変えて立ち上がった。




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進み方がオリジナル入ってますがご容赦を。うろ覚えなんですよこの辺(汗)
ユエルイベントに絡めてロッカの呼び捨て。彼的には一歩前進?
46話で「レオルドどうした?」と思った方。実はここのためです。
次回、ついにVSレイム開始!