第76話
第76話 嗤う影


 マグナがフォルテの口から衝撃の事実を聞く、その十数分前。



 「……変ですね」
 「変よね」
 「うん、変だよ」

 私とロッカは途中で会ったトリスと一緒に、噂について聞いて回っていた。
 結果は……

 「ただの噂にしては詳しすぎますよね」
 「そうよね、砦のこととかを見てきたように……あ!」
 トリスがはっとして声を上げた。

 「どうしたんですか?」
 「そうよ、何か引っかかるような気がすると思った! 大将がそんな感じのこと、ゼラムで言ってたのよ!」
 「大将って……シオンさんが?」
 「うん。お客さんがする噂が、あたし達が見てきたこととすごく近いって」

 あー…私が倒れてた時か。
 あのイベントは惜しかったなぁ…

 「やっぱり変だよ。なんていうか……きなくさい」
 私が言うと、二人も同意するようにうなずいた。
 「内容も、不安をあおるような感じになっていますしね……」
 「誰かがわざと流した、ってこと?」
 「その可能性は高いですね。だとしたら……」
 ロッカが何か言いかけた時。

 「おっ! ここにいたのか」
 ちょうど私の向かいの方向から、レナードが走ってきた。
 しかも、ただならぬ様子で息を切らせて。

 「どうしたの、レナードさん?」
 トリスが尋ねる。
 それに対してレナードは、
 「噂の出所がわかった」
 と、短く告げた。

 「本当ですか!?」
 「ああ。だが……」
 レナードはちらりとトリスを見た。
 ほんの少し、悲しそうに。
 「お前さんには、ショックかもしれねぇ……」

 「どういうことですか?」
 やや緊張したように、ロッカが訊いた。
 レナードは再び、重そうに口を開いた。

 「そいつの名は……レイム」
 「え……」
 隣でトリスが、小さく声を漏らすのが聞こえた。
 「吟遊詩人だよ。お前さん達の知り合いの、な」
 …痛い沈黙が落ちた。

 それを破ったのは、おなじみすぎる大声。
 「あっ! おいお前ら、大変だぞ!」
 今度は左手から、フォルテが駆けてきた。
 やっぱり血相を変えて。

 「フォルテさん? どうしました?」
 ロッカの問いに、フォルテは少し息を整えてから言った。
 「レイムって吟遊詩人、いただろ? あいつが……」
 「噂をばら撒いていたんでしょ?」
 私の言葉に、フォルテは少し驚いた顔をした。

 「……知ってたのか」
 「ああ、さっき俺が教えたばかりだ」
 タバコをふかしながら、レナード。
 「そうか……って、それだけじゃないんだよ! そいつが今、広場でまたトライドラの話してるらしいんだよ!」
 『ええっ!?』
 トリスとロッカの声がハモった。

 「……行った方がいいんじゃねえか?」
 ぼそりとレナードが言った。
 「そ、そうね! 確かめて、本当ならどういうことか聞かないと!」
 「他のみんなも呼んだほうがいいかもしれない。なんか嫌な予感がするし……」

 「よし、俺は道場にいる連中を呼んでくる!」
 言ってフォルテは駆け出した。
 あっという間に、道場の方へと消える。

 「俺様は、街にいる連中を探してくる。お前さん達は……」
 「僕達は先に行ってます」
 ロッカがきっぱりと答えた。
 そうか、気をつけろよと告げると、レナードも街中へと走っていく。

 「……行きましょう」
 「ええ」
 「うん」
 私の声は、いつになく硬かったと思う。
 ロッカとトリスの表情も重かった。







 「……やっぱり、本当なのか?」
 「ええ、北へ向かう街道が閉鎖されているのが何よりの証拠だとは思いませんか? トライドラはデグレアによって陥落……聖王都の盾は落ちたのです」

 たどり着いた広場の人ごみ。
 向こう側から聞こえてくるのは、嫌なぐらい聞き覚えのある声。

 「この声……」
 「うん」
 トリスと私はうなずきあった。
 人をかき分け、中へと入っていく。

 「そして、彼らの次なる標的こそ、ここ、ファナンに間違いない……」
 ようやく視界が開けると、レイムが朗々と語っているのが見えた。
 その目が、ちらりとこっちを見る。
 そして、小さく笑ったようだった。

 …気づかれている。
 背筋を寒気が走った。

 「レイムさん!」
 声が、飛び込んできた。
 人ごみをかき分けて、出てきたのはマグナ達。

 「なにやってんだいっ!」
 「何って、私は吟遊詩人として真実を伝えているだけではないですか」
 モーリンの問いに平然とレイムが答えた。

 「それにしちゃ、面白おかしく脚色してしてやしねぇか?」
 レナードが、不快そうに顔を引きつらせる。
 モーリンもそうだ、と怒鳴り続けた。
 「あんたが親切めかして流してる噂が、街の連中にどれだけ不安を与えているかわかってんのかい!?」

 「わかっている……と答えたらどうします? 何もかも承知の上で、私がわざわざ人々の不安をあおっていると申し上げたなら?」
 しん、とあたりが静まり返った。
 誰もが言葉を忘れたように立ちつくす。
 やがて不安そうなささやき声が、さざ波のように広がっていく。

 「噂によってこの街が不安と恐怖によって満たされれば、人々は逃げていきます。ファナンの都市機能は麻痺していくでしょう。攻め落とす側としてはその方が楽だと思いませんか?」
 攻め落とす側。
 決定的な一言に、ざわめきはいよいよ大きくなった。

 「攻め落とす……!?」
 街の人達の、そしてマグナ達の反応を見回して。
 満足げに微笑むと、レイムは涼しい声で告げた。
 「改めて自己紹介をいたしましょう。私はレイム。黒の旅団の顧問召喚師として、デグレアに協力させていただいている者です」

 一瞬だけ、再び沈黙が降りた。
 隣に立つトリスが、息をのんだのがわかった。

 「だって……アナタ、吟遊詩人じゃ……」
 「私と同じ、偽装だった……というわけですね」
 呆然としたミニスの言葉に、答えるようにシオンが言った。
 「ええ。そのほうがいろいろと動きやすかったですからね」
 悠然と言うレイムの口調は、手品の種明かしのようにあっさりしていて、そして楽しげだった。

 「レイムさん。あなたはそうやって、何も知らないあたし達をあざ笑っていたんですね……?」
 アメルが悲しそうな顔で、レイムを見据えているのが見えた。
 レイムはおかしそうにくすくす笑う。

 「それと、もう一つ。さんを捕らえるよう、上に進言したのも私ですよ」
 「なっ……!?」
 トリスが声を上げた。他にも何人かが。
 私は想像ついていたので別に衝撃はなかったけど、レイムを信じていたマグナ達はショックの連続だっただろう。

 「ふざけんな、テメエ……!」
 「許せない……!!」
 それぞれ言って、武器を構えるマグナ達。
 それでもレイムは、平然と微笑んだまま……

 ……っ!?
 ふと背後に殺気を感じ、私は反射的に棒で後ろを突いた。
 どすっと、確かな手ごたえ。
 「ぐっ!?」
 くぐもった声が聞こえたが、無視してそいつから離れる。
 ……黒い鎧の兵士から。

 「おや、気づきましたか。さすがですね」
 レイムがすっと手を上げた。
 人ごみから、物陰から、黒い鎧の兵士達が現れる。
 「なっ……なんでこいつらが……!?」
 「別に不思議ではありませんよ? 我々の部下は、ずっと前からここで活動を行っていたのですからね」

 ざわめきが止まらない。
 噂が真実だと証明するような出来事、しかも狙っている当人達が目の前にいる。
 これで、誰もただの噂だと笑い飛ばせなくなった。

 でも、マグナ達はそこまで気がついていないようだった。
 顔に怒気を浮かべて、近づいてくる兵士達と相対する。

 「さて、始めましょうか?」
 レイムは冷たく笑う。
 踊らされてるとわかっていても、今は戦うしかない。
 それが無性に腹立たしかった。




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……今のパソにまだ慣れません。なぜレイムを霊夢と変換するかIME。
レイム戦始まりませんでした…まさかここがこんなに長くなるとは。
まあ、きりがいいし。次もしっかり書きたい部分だし。
……時間かかるかもしれませんが(汗)