第77話
第77話 闇の誘い手


 私やマグナ達も。
 今、戦っている兵士達も。
 そして、不安げに見守っている街の人達も。

 おそらく、彼にとっては都合のいい駒。
 ただの、操り人形。





 「……っと!」
 斬りかかってきた兵士を、どうにか避ける。
 棒を突き出し…これは当たらなかったけど……兵士から間合いを取った。

 囲まれていたせいで、いつものように後ろで待機、というわけにもいかなかったけど。
 一般兵レベルなら、落ち着いて対処すればどうにかなるものだと気がついた。
 ロッカとリューグの指導の賜物か、私もそこそこは動けるようになってきたし。

 「……霊界の死霊、担え永劫の獄縛!」
 ばちぃっと火花が兵士を襲った。
 どさりと兵士が崩れ落ちる。

 「ありがと、トリス!」
 トリスは微笑むと、次の呪文を唱えだした。
 私も負けてられない。
 兵士が多そうなところを見つけ、そこに召喚術を使おうと呪文を…

 「だいぶ魔力も上がったようですね」
 「『……っ!?』」
 私とエステルは同時に息をのんだ。
 やけに冷たい手が、私の喉元に触れる。
 日の光を反射した銀髪が、視界の隅で揺れた。

 「やっと知りましたね。あなたの中にいるのが誰なのかを」
 「レ、イム……」
 離れなくちゃ。
 そう思うのに、体が凍ってしまったかのように動かない。

 「でも、まだ気になっていることもあるんじゃないですか?」
 レイムの声は、どこか愉快そうだった。
 「例えば……彼女の力は何なのか、なぜ人間の彼女にそんな力があるのか、とか」
 動揺が走った。
 これは私のものではないかもしれない。

 けれど、レイムが言った事もまた事実。
 確かに気になっていた。
 どうして、クレスメントの人間でエステルだけがそんな力を持っていたのか。
 マグナやトリスはもちろん、ジェイルさんも私が見た限りでは普通の召喚師だった。
 実の兄でさえそうなのに、なぜ。

 「知りたくはないですか?」
 歌うように、誘うように。
 不思議な響きを持つ声が、心の中に染み込んでくる。
 「力の秘密を、真実を……」
 暗示のごとく刻み込まれる一言、一言……

 「っ!!」
 誰かの呼ぶ声に、私は我に返った。
 無我夢中でレイムを振りほどくと、手は拍子抜けするほどあっさりと外れる。
 しかしそれを気にする余裕もなく、私はとにかく走った。
 幸い兵士は片付いたらしく、何の妨害もなくマグナ達のところへたどり着く。

 マグナとロッカ、そしてリューグが私を背後に隠すようにして立つ。
 「大丈夫か?」
 「何もされてないわよね!?」
 他のみんなは気遣って声をかけてくれたけど…私は何も言えなかった。
 今更ながら、身体が小刻みに震えていた。

 「降伏してください、レイムさん」
 静かな声が、響いた。
 「アメル!?」
 「何か……何か理由があるんですよね? デグレアに協力しなければいけなかった訳が……」
 言いながら、アメルはゆっくりとレイムに向かって歩いていく。

 「ダメ、アメル……」
 私がどうにか声を絞り出すのと。
 「バカ、近づくなっ!」
 「アメルっ!!」
 みんなが叫んだのは、ほぼ同時だった。

 「ふふふっ……アメルさん、あなたという人は」
 レイムはおかしそうに笑った。
 笑いながら…右手をかざす。
 それを目にした瞬間、体が自然に動いた。

 「つくづく……愚かですね!」
 光が走る。
 「危ないっ!!」
 私がアメルを突き飛ばした直後、


 どぉん!!


 真横で爆発が起こり、私は吹き飛ばされた。
 どさりと地面に叩きつけられる。

 「っ!?」
 あ、アメルの声がする……
 頭打ったかな? なんかくらくらする。

 「ふふ、今日はこれぐらいにしておきますよ。目的は果たせましたしね」
 「どういうことだ!?」
 「まわりを見てごらんなさい。ファナンの住民達の、恐怖に怯えた顔を……」
 「なるほど、わざと俺達に発見させて一戦交えることで、噂が真実だとアピールしやがったわけか」

 はっきりしない頭で、私はなんとか一連の会話を聞いていた。
 悔しい。
 レイムに対して何もできず、ただ怯えただけの自分が、すごく悔しかった。

 「では、またお会いしましょう」
 レイムの声が聞こえる。
 「その時までお元気で。さん」
 それを最後に、いくつかの気配が遠ざかっていった。
 残ったのは、不安そうなざわめきと。

 「、しっかりしろっ!!」
 「大丈夫なのっ!?」
 みんながまわりに集まってきたのがわかった。
 大丈夫……なんだろうか?
 頭がくらくらしたままで、自分ではわからない。

 シオンが私を抱え上げ、しばらく見てから言った。
 「休ませましょう。ここからだと私の屋台が近いですから、そこに……」







 中からシオンが姿を現す。
 それを見ると、マグナとアメルは心配そうにシオンに駆け寄った。

 「どうでした?」
 「軽い脳震盪です。一応治まったようですが、念のため少し休むよう言っておきました。さっき、やっと眠ったところです」
 「そうですか……」
 マグナがほっと胸をなでおろした。

 しかし、アメルは沈んだまま。
 「あたしのせいなんですね……あたしがもっとしっかりしていれば……」
 「お前は悪くない」
 ついてきたリューグがきっぱり言った。

 「悪いのはあの野郎だ」
 「でも!」
 「話し合いが通じるような奴か? お前らを散々利用して、危害を加えた挙句笑っているような奴が!」
 「……っ」
 アメルは何か言おうとして…結局黙った。

 「まあ、それは後で話し合いしましょうね?」
 シオンが穏やかに言った。
 「せっかく寝たのに、さんが起きてしまいますから」
 「あ……」

 シオンはちらりと屋台を見て…それから、通りの方へと視線を移した。
 ここからでもちらほらと、戦いの跡を片付けたり兵士達に説明したりしている仲間達が見える。
 「では、私は街の方を手伝ってきます。しばらくさんをお願いしますね」
 「あ、はい……」
 通りの向こうへとシオンが消えると、そこにはマグナとアメル、そしてリューグだけになった。

 しばらく、誰も何も言わず。
 『…………』
 かなり気まずい沈黙が流れる。

 「おっ、俺の様子見てくる!」
 やがて、逃げるようにマグナが屋台の中へと入っていった。
 「あ……」と何かを言いかけるリューグに気づかず、戸がぴしゃんと閉められる。

 「……先を越されたわね」
 「何言ってるんだお前……」
 さっきまでと打って変わって、にこにこ笑うアメル。
 対してリューグは、憮然とした表情を浮かべた。

 「別にー?」
 どこか楽しそうにそっぽを向くアメルを、リューグは釈然としない様子で見つめた。
 そして、何かを気にするように屋台へと目をやった。





 長椅子を並べ、座布団を敷いた簡易的な寝台。
 はその上で、静かに寝息を立てていた。

 「……」
 そっと名を呼ぶ。
 いろいろなものが、ぐるぐるとマグナの中で渦巻いていた。

 レイムの正体。その目的。
 それを聞いた時は、ただ衝撃を受けただけだった。
 なのに。

 『さんを捕らえるよう、上に進言したのも私ですよ』
 そう言われた瞬間、己のすべてを支配したのは純粋な怒りだった。
 こいつのせいで。こいつのせいで、は。
 自分達を騙していた事よりも、そちらの方が許せなかった。

 少なくとも、レイムがそんなことをしなければ。
 は信じているイオス達に、狙われることはなかった。
 あそこまで傷つくことはなかった。

 思い浮かぶのはいつか見た泣き顔。
 それから、レイムに捕まっていた時の怯えた顔。

 なぜかはわからない。
 ただ、見た瞬間に嫌な感じがした。
 そして、気がついたら叫んでいた。
 このまま放っておくと二度と会えなくなるような、そんな気がして。

 ゆっくりと、力なく横たわる右手を取る。
 あたたかく、確かな感触。
 大丈夫。
 彼女はここにいる。

 マグナはその手を、そっと自分の両手で包んだ。
 大切な宝物を守るように。

 いや、守ってみせる。
 この手を。心を。
 ……彼女を。

 「……好きだよ、

 世界中の誰よりも。
 君が愛しいから。




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予想大ハズレ。思ったより早くできました…
レイムが言ったこと、気になってた人もいたと思います。まだ明かせませんが。
そしてマグナ自覚。彼も悩みが尽きません。
で、これ打ってる時点で3発売一週間前…次までいけるかなー…?