第78話
第78話 二人だけの秘密


 悪魔が膝をついた。
 ゆっくりと上げられた表情は、わずかな苦痛は浮かんでいたものの微笑んでいたが。

 「なかなかやりますね」
 「そちらこそ。私のことを知っていて喧嘩を売るだけはある、ってことですか?」
 やわらかいソプラノの声が返した。
 「お褒めにあずかり光栄ですよ」
 悪魔はますます破顔する。

 そして、ふと奇妙そうな顔をした。
 「あなたほどの方が、なぜあのような仕事に徹しているのです? あなたならばもっと、自由にやりたいようにできるはずなのに」
 「悪魔らしい発想ですね。嫌いではありませんけど」
 悪魔の前に立つ女性が、平坦な声で言った。

 「私はこれが役目です。そして、あなたがそれを邪魔するようなら返り討ちにする。それだけです」
 「あなた方らしい発想ですね。哀れですよ、まったく」
 呆れたように悪魔が言った。
 そして、ふらりと立ち上がる。

 「今回はこれで失礼しますよ。傷が癒えたら、またお手合わせ願えますか?」
 「……まだやる気なのですか?」
 呆れても、うんざりしてもなく。
 女性の声は、ただ平坦だった。
 感情を知らない機械のように。

 「ええ、戦ってこれほど楽しいと思ったのは久しぶりです」
 悪魔は楽しそうに笑った。
 「またお会いしましょう、『生命の守護者』」







 「……あ、……」
 「……ん……」

 目を開けると、こっちを覗き込んでいるマグナとリューグ、そしてアメルがいた。
 木の天井が、視界に広がっている。

 「具合はどうですか?」
 アメルが心配そうにたずねる。
 あ、レイムの召喚術で頭打っちゃったんだっけ…
 それにしても、変な夢見たなぁ…

 私はゆっくり起き上がると、軽く頭を振った。
 それからぼーっとまわりを見て。
 「んー……大丈夫、みたい」
 とりあえず、ふらふらもくらくらもしてないし。
 大将の屋台まで運んでもらった頃には、だいぶ落ち着いてたからね。

 リューグが何も言わずに、湯飲みに入った水を持ってきた。
 「ありがとう」と言って受け取ると、私はそれを飲み干す。
 あー、冷たくておいしい……

 「……ところで、街は……ファナンは、どうなった?」
 気になって訊いてみると、三人ははっとした表情になった。
 「……あたし達はあれからについていたから、よくはわかりませんが……」
 「街の連中はまだ混乱しているようだな。今、他の連中や兵士が後始末をしてる」
 渋い表情でアメルとリューグ。

 また、悔しさがこみ上げてきた。
 わかっていたけど、結局レイムにいいようにあしらわれて。
 それに……

 『知りたくはありませんか? 力の秘密を、真実を……』

 レイムのあの言葉が、頭から離れなかった。
 まだ、何かあると言うのだろうか?
 私の知らない真実が。

 「……」
 私の様子をどう取ったのか。
 マグナ達は再び心配そうに、私を見つめた。







 「…………」
 夕飯時。
 やはり重い空気が、食卓に漂っていた。

 私を気遣ってくれたのか、今晩は私の好物中心に献立が組まれていた。
 アメルが作ってくれたから、おいしいはずなのに。
 なんだか味わうような気分になれない。

 「?」
 「え? ……あ、何、ケイナ?」
 何事もなかったかのように私は問い返す。
 でもうまくできていなかったらしく、ケイナは戸惑うように口を開いた。
 「……その、大丈夫? あれから元気ないけど……」
 「え、あー……大丈夫だよ! ほら、あんなことになっちゃったから街の人達大丈夫かなーって……」

 しーん……
 ……嫌な沈黙が降りた。
 いつの間にか他のみんなも、心配そうにこっちを見ている。

 「……何かあっただろ? レイムに何か言われたとかしたか?」
 ぎく―――っ!!
 フォルテ大正解……なんでそういうとこは鋭いのよ……?
 「……図星、みたいだな」
 やっぱり、というようにネス。

 「ねえ、あたし達友達ですよね?」
 アメルが少し沈んだ顔で言った。
 「あたし達に相談できないようなことなんですか?」

 う……
 できないというか、しにくいというか……
 それに。

 「……ごめん、ちょっと一人にさせてくれる?」
 言って、私は席を立った。
 「エステルと二人で、話したいの」







 どさり、とベッドに寝転んで。
 しばらくぼんやりと天井を見つめた。

 「……レイムに言われたこと、気になってる?」
 『……うん』
 ややためらいがちに、答えが返ってきた。

 『昔から思ってた。なんで父様や兄様にない力が私にはあるんだろう、なんのためなんだろうって』
 小さな声で、エステルが言う。
 『最初、兄様が知ったら驚いて、すぐにすごいって言ってくれた。だから父様にも教えたら、怖い顔して「むやみに使ってはダメだ」って』

 私は特に口を挟まず、エステルの話を聞いていた。
 『それからしばらくして、私は病気になった。ずっとあの森の中で、みんなで暮らすことになった……』
 そこでいったん、話は途切れた。

 『……私には、どうしてこんな力があるのかな』
 しばらくの間をおいて聞こえてきた声は、沈んでいた。
 それきりエステルは何も言わない。

 こういうとき、アメルやネスならなんて言うだろう?
 私よりも、彼女の気持ちがわかるだろうか?

 でも、私の頭にひらめいたのは別の言葉だった。
 「……でも、その力があったから私はあんたやマグナ達に会えたんだよ?」
 『え?』
 「あんたの力がなかったら、私はここにいなかった。あんた達に会わなかった。それに、私を助けてくれたでしょう? だから、感謝してるんだよ、あんたには」
 『……』

 呆然とした声が私の名前を呼んで。
 くす、と笑い声が聞こえた。
 『ありがとう』
 「どういたしまして」
 『でも、怖い思いさせてしまっているのも私よ? いくらこの先を知っているとはいえ、悪魔相手は怖いんでしょう?』
 「んなこと言ったって……」

 言いかけて、私は絶句した。
 今、エステルはなんて言った?

 「ねえ、今『この先を知っている』って……」
 『知ってたんでしょう? あの人達が悪魔だってことも、今起こっていることも全部』
 きっぱりとエステルが言った。
 ……ごまかしても無駄っぽい。
 私は観念して、ため息をついた。

 「……いつから気づいていたの?」
 『時々ね。あなたが起こると知っていて止められなかったって思ったこととか、私に伝わっていたのよ』
 伝わっていた?
 まさか、と言おうとして……思い出した。
 そう、私だって見たんだ。エステルの過去を、夢や幻で。
 あれとまったく同じだとしたら。

 「伝わっていたって、私があんたの過去を見たように? 夢とかで……」
 『多分ね。これは推測だけど、強く思ったことはお互いに筒抜けになってしまうんじゃないかしら? お腹空いたなー、程度だとぜんぜん伝わってこないし』
 と、いうことは…

 「じゃ、もしかしてレルムの村のときから……?」
 『ええ。あなたがどうやってそのことを知ったのかも、ね』
 ……まさか、ばれていたとは……

 『でも、あなたが知っている物語には私はいないのよね?』
 「うん。あと私も」
 思えば、その時点ですでにゲームとずれていたんだよなあ…
 ずれっていえば、アイシャ達は……何なんだろう?
 これも私達がいる影響なんだろうか……?

 『こういうことってあるのね。物語とほとんど同じで、でも違う世界なんて……』
 「そうだね」
 実際、自分がそうなるとは思わなかったけど。
 そりゃ、マンガだのゲームだのの世界に行けたらいいなーと考えたことだってあった。
 でも、こうして放り込まれてみれば大変な目に遭ってて。
 つくづく幸せな考えだったんだな、あれって……

 「まあ、なっちゃったものはしょうがないし。がんばっていくしかないでしょ」
 『……そうね』
 エステルが苦笑する。
 『私達が守るから、余計な心配はしなくていいから』

 ……なんとなくだけど、伝わってきた気がした。
 多分、彼女はわかっているのだろう。
 これが私の強がりだってこと。

 だけど、今は強がりでも戦うしかないんだ。

 「がんばろうね、一緒に」
 『うん』
 そして、この会話は私達だけの秘密になった。




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なんかいろいろとごった煮になってます。
と言うか、夢とエステルとの会話以外はおまけっぽいかも…(汗)
エステルに関してはそういうことです。そして秘密の共有者ゲット(笑)
次回、もうちょっと続く……かも(おい)