第79話・ロッカ

 「ロッカ?」
 名前を呼ぶと、彼はいつものように笑った。

 「話は終わりました?」
 「あ、うん……」
 「それなら、一緒にお茶飲みません?」





 ロッカの持ってきたトレイには、湯気の立つお茶が二つ。
 「ミルクと……お砂糖はこれぐらいでしたっけ?」
 「うん……って、いいよこれぐらい自分で……」
 かまいませんよ、とロッカは砂糖とミルクをお茶に入れてかき混ぜた。
 少し甘い匂いがした。

 「どうぞ」
 「えと……いただきます」
 ロッカが自分のお茶を飲むのを見ながら、一口。
 ちょうどのどが渇いていたのもあって、じわりと甘さと熱さが体内に染み渡っ ていく。
 ふう、とため息一つ。
 それを見て、ロッカが小さく笑った。

 「少しは落ち着きましたか?」
 「うん」
 うなずくと、私は再びお茶を口に含んだ。
 香りと甘い味に、少しだけ心が安らぐ。

 「あの……」
 ロッカはためらうように口を開き…しばらく黙り込んだ。
 それから、意を決したようにこっちを向いた。

 「昼間のことなんですけど……聞いてもいいですか?」
 「……」
 「もしかしたら、言いにくいことなのかもしれませんけど……でも、今のは見ていて辛いですよ……僕じゃ大して力になれないかもしれませんが……」

 「うん……話すよ」
 そんなこと言われて、黙っていられるわけもなく。
 私は小さくうなずいた。





 「そうですか……」
 全部話し終えたとき、ロッカは深々とため息をついた。

 「そういえば、アメルも力に目覚めたばかりの頃は戸惑ってましたよ。もっとも、ろくに話を聞いてあげる間もなく聖女にされてしまいましたが」
 「そっか……」

 辛かっただろうね。
 いきなり村のために利用されて、ほとんど誰にも相談できなくて。
 そんなアメルを、ロッカはどんな思いで見てきたんだろうか。

 「私、頭よくないからさ。なんて言えばいいのかわからなくて、当たり障りのない答えにしちゃったんだけど……」
 あの力のおかげでみんなに会えた。助けてもらった。感謝してる。
 それは本当の気持ち。
 でも、他に言うべきことがあったんじゃないだろうか。
 そんな気がしてならない。

 「それでいいんじゃないですか?」
 「え?」
 思わぬ答えに顔を上げると、ロッカが少し寂しそうに笑っていた。

 「僕達には、アメル達みたいな力を持つ人の気持ちをわかってあげることはできないかもしれません。でも、支えてあげることはできると思うんです」
 言っていることと表情は、まるでかみ合わなくて。
 どこか微妙なずれ。

 「それは……アメルの、事?」
 私は思わず口に出していた。
 はい、とロッカがうなずく。

 「あの子は力のせいでいろいろと辛い思いをしてきました。何とかしてあげたいと思っても、僕達は力に関しては無力で……結局、アメルを支えたのはあなたやマグナ達の言葉だった。僕は、ほとんど何もできなかったんです」

 そこまで言ってから、ロッカは少しうつむいた。
 すみません、と小さな声が聞こえた。
 「相談に乗ろうと思って来たのに、僕があなたに愚痴ってたら世話ないですよね……」
 「いいよ、そんなの。私も弱音吐いちゃったし、おあいこってことで」
 ぽんぽんと、私はロッカの肩を叩いた。

 まいったな、とロッカがつぶやいた。
 「あなた相手だと、ついいろいろ話してしまいますよ。弱音や愚痴まで……」
 「いいじゃない、お互い様なんだから」
 「え?」
 ロッカが驚いたようにこっちを見た。

 「なんて言うのかな。ロッカだと、どんな話でも聞いてくれそうな気がするんだよね」
 そう言うと、ロッカは気恥ずかしそうに笑って。
 「……なら、今度は自分から相談してください」
 「……考えとく」
 「考えとく、じゃなくて絶対に、です」
 ……やけにしっかりと念押しされた。

 「まあ、それは別にして。今度また、こうやってゆっくり話はしたいかな」
 「そうですね。僕ももっと、の話を聞きたいですから」
 「そのうちにね。……それと、話聞いてくれてありがとう」
 「こちらこそ」

 それから顔を見合わせて、お互い笑いあった。
 そんな、夜のお茶のひととき。




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やってみましたな分岐、ロッカ編です。
紆余曲折の末こういう形に。やっぱりいろいろと悩んでいたのではないかと。
ロッカはなんとなく近所の優しいお兄ちゃんイメージです。
とりあえず一歩前進…できてます?(聞くな)