第81話
第81話 私にできること


 視界に映るのは、天井。
 開け放った窓から、いい感じにそよ風が吹いてくる。

 『……で、いつまでそうしてるつもり?』
 内側から、呆れかえった声が聞こえてきた。

 「うーん……そだね……」
 どうにか落ち着いて、トリスも行っちゃって。
 だけどみんなのところに戻るのもなんとなくできなくて、ベッドでごろ寝すること約一時間。
 ……確かにこのままこうしていても、寝る以外にすることないしなぁ……

 「よし、軽く動くかな」
 これからレイムとも戦うんだし、稽古しといて損はないだろう。
 私は棒を持って部屋を出た。







 「1、2、3、4……」
 かけ声を上げながら棒を振るうと、びゅんひゅんと空気がうなる。
 教わったばかりの頃と比べると、割と上達したと思う。
 だからって、ルヴァイドやイオスを相手にするにはまだまだきついけど。

 「……22、1っ!」
 何回目か基本の型をしてから、私は棒を下ろした。
 さすがにちょっと疲れた。

 「
 横から声をかけられて振り向くと、アグラ爺さんがいた。
 ……ただし、重そうな鎧を着込んで。

 「声がすると思ったら……お前さんだったか」
 「あの……その格好は……」
 だいたい予想はついてるけど、ここは聞くのが礼儀だろう。

 「ああ、お前さんは知らなかったな。わしもお前達と共に戦うことにした」
 「そう、ですか……」
 「……すまんな、邪魔だったか?」
 「いえ、休憩するところでしたし」
 棒を置いてその場に腰を下ろすと、アグラ爺さんも私の隣に座り込んだ。
 そのまま、しばらくお互い黙り込む。

 「……だいたいの話は、アメルから聞いとる」
 やがて、アグラ爺さんがぽつりと言った。
 「どうして、そこまであやつらを気にかける? お前さんを狙っているというのに」
 その声は、やけに真剣で。
 私の口からきちんと答えを聞きたいんだと、わかった。

 「まあ……確かにひどいこともしてたし、私も大変な目に遭ったけど……」
 でも、それは彼らが望んでやったことじゃない。
 辛そうにしている姿も、見てきたから。

 「どうしても、あの人達が悪い人だと思えないんですよ。助けてくれたこともあったし、私を捕まえる機会は何度もあったのにしなかったから。だから、なんとかできないかなーって」

 リューグやロッカの意見が普通なんだってことはわかってる。
 でも、たとえ表面上でも二人の意見に賛同することはできない。
 私にとっての彼らは敵じゃなく、友達のつもりだから。

 「……そうか」
 ため息に似た口調で、アグラ爺さん。
 納得したのか、そうでないのかはわからない。
 ただ、地面に置かれた棒を拾い上げ、両手に取った。

 「お前さんは剣と棒、どちらが強いと思う?」
 は? 何言い出すんだろう?
 「えと……剣、ですか?」
 よくわからなくて、とりあえず思いついた方を答えた。

 「そうだな。確かに剣は強いだろう」
 どこか遠くを見つめるような目。
 だが、とアグラ爺さんは続けた。
 「剣は、剣の戦い方しかできん。軍隊が、規律や任務の中でしか動けぬように」
 「あ……」

 ぼんやりと、ルヴァイドのことを思い出した。
 彼はデグレアのため、父親のためと信じて剣を振るっている。
 だからこそ、非情な命令を拒めなかった。
 だからこそ……ゲームでも真実を知ったとき、弱くなってしまった。

 「棒は剣でも槍でもない。じゃが、その分柔軟な戦い方ができる。『斬る』動きも、『突く』動きもな。それが剣にはない強みとなる」
 ふう、とアグラ爺さんがため息をつくのが聞こえた。
 いろいろ昔のことを思い出しているのかもしれない。

 「……お前さんは軍人ではない。剣士でも召喚師でも……ましてこの世界の人間でもない。だからこそ、あのような考え方ができるのかもしれんな」
 「そう……なんですかね? もしかしたら、単なる平和ボケかも」
 「わしはそうは思わんよ」
 アグラ爺さんが笑った。
 アメルを見つめるときのような、やさしい表情で。

 「お前さんなら、もしかしたらあやつを……」
 「え?」
 思わず聞き返したけど、なんでもないと返された。

 「……無理に剣となる必要はない。お前さんはお前さんなりのやり方で、あやつらと向かい合えばいい」
 「私なりの、やり方……」

 ……そうだよね。
 今更考えを変えられないし、やめるつもりもないし。
 だったら、私は私のやり方でやるしかないよね!

 「……お爺さん。ロッカとリューグ、呼んできてくれません?」







 足音がふたつ、聞こえてくる。
 来た、みたいね。
 でも、まだそっちは向かない。わざと背中を向けたまま。

 「あの、……」
 「何だよ、いきなり呼びつけて……」
 「ロッカ、リューグ」
 二人の言葉をさえぎって、私は言った。

 「ちょっと、稽古に付き合ってね」
 『は?』

 そして二人の返事も待たず、私は振り向きざまロッカに飛びかかる。
 そのまま一突き……したけど、すんでのところで避けられた。
 ちぇ、さすがに無理か。
 仕方なく飛びのいて、間合いを取る。

 「ちょっ、待ってください!」
 「テメエ、いきなり何……」
 「やらない、ってのは却下。……いでよっ!」


 ごいん。


 私の召喚したそれは、リューグの頭に見事に命中した。
 そのままがらんがらんと地面に落ちる。
 ……大きめのフライパンが。

 「二対一なんだから、これぐらいはいいよね」
 「だから……」
 「……テメエ……」
 ロッカの言葉をさえぎって。
 リューグがわなわなと震えながら、低い声を絞り出した。
 おー、怒った怒った。

 「鬼さんこっちらー♪」
 歌いながらダッシュ。
 「待ちやがれぇっ!!」
 「おい、リューグ!!」
 鬼こと触覚双子、走ってくる。

 もちろん、数の問題だけで召喚術を使ったわけじゃない。
 一応戦い方を教えてくれた先生なんだから、普通に戦ったって勝てないのは目に見えている。
 だから。

 「……よしっ」
 準備もできたし、ここらでいいだろう。
 私は足を止め、くるりと二人に向き直る。

 「なっ……!?」
 いきなり止まるとは思わなかったのだろう。
 ロッカ、リューグも慌てて止まろうとしたけど、そう簡単に勢いは止まらない。

 そして、私もそこを見逃す気はなかった。
 「いっけぇっ!!」
 棒を斜めに薙ぐ…と、


 ヒュバッ!!


 光の刃がそこから放たれ、二人の足元に突き刺さった。
 「っと……!?」
 たたらを踏もうとしていたロッカ達だったけど、どうにか踏みとどまる。
 でも、もう遅い。
 その直後に、私の棒が二人のお腹を突いた。

 しばらく、お互い沈黙が続き。
 私は地面に座り込んでしまった。
 「……あははっ……やった、できた……やっと、ロッカとリューグから一本取ったぁ……」

 ロッカとリューグはお互い顔を見合わせて。
 やれやれ、と言いたげにため息をついた。

 「……卑怯だぞ」
 「いいじゃないの、棒だけじゃ一対一だって勝てないんだから」
 「でも、さすがに驚きましたよ。どうやってあんなこと……」
 「ああ、憑依召喚よ。いったん棒に憑かせてから、解き放ったの」
 ほとんど思いつきみたいなものだから、ホントにできるとは思ってなかったけど。
 そう言ったら、二人とも呆れたような笑みを浮かべた。

 だけど、ロッカはすぐにその笑みを消して。
 「あの、……今朝のことですけど……」
 「あ、そういえばごめん。つい取り乱しちゃって」
 「いえ、いいんですよ。僕達も感情的になっていたようですし」
 ロッカの横では、リューグがばつが悪そうにあさってのほうを向いている。

 「でもさ、私はやっぱりロッカやリューグのように考えられないから。ルヴァイドを殺すって言うなら、全力で止める。ルヴァイド達もだけど……あんた達にも、そんな終わらせ方してほしくないから」
 私はゆっくり立ち上がった。
 スカートについた土を、ぱんぱんと払う。
 「……これだけは、譲れないよ」
 私はこういう人間だから。

 「……ははっ」
 ……って、なぜ笑うロッカ……
 視線をやったら、何を言いたいかはとっくに予想ついていたらしい。
 「いや、やっぱりその方がらしいな、って……」
 「そりゃそうだろ」
 リューグがうんうんうなずく。

 「こいつは迷惑かけるぐらいやかましいほうがちょうどいいんだよ」
 「リューグ……あんた本人前にしてそこまで言うか……?」
 「調子狂うんだよ、そうじゃねえと」
 むぅっ……

 そこに飛んできたのは、明るい声だった。
 「あ、! これからお夕飯の買出し行くんですけど、一緒に行きません?」
 大きな声で呼びかけながら、アメルがこっちに歩いてくる。
 買い出しかぁ……またいっぱい買うんだろうな……
 …そうだっ♪

 「うん、行く! リューグもぜひ、荷物持ちしたいって!!」
 「なっ……おいテメエ、勝手に……」
 「えっ、任せとけ、全部持ってやるって!? いやー助かるわねー♪」
 抗議の声を上げるリューグを無視して、声を張り上げる。

 「そうですか? ……それじゃお願いね、リューグ」
 近づいてきたアメルのお願い+エンジェルスマイル。
 これを跳ね返せるリューグじゃなかった。
 「……行けばいいんだろ、行けば」
 疲れたように肩を落とすリューグ。
 ふっ、勝利。

 「……僕も行くよ」
 ロッカがおかしそうに笑った。
 「ふふっ、それじゃ四人で行きましょうか」
 「よしっ、れっつらごー♪」





 意気揚々と歩いていくから、少しだけ離れて。
 アメルはそっと、ロッカに問いかけた。
 「何かあったの?」
 「まあいろいろと……なんでだい?」
 「だって、今朝と違って楽しそうだから」

 言われて見れば。
 軽い足取りで歩く背中には、暗いものは感じられなくて。

 「さあ、な」
 ぶっきらぼうにリューグがつぶやく。
 その口元にかすかな笑みが浮かんでいるのに、ロッカもアメルも気づいていた。




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いろいろわだかまりを解消しようと思ったら……何やってんだか(笑)
主人公の武器が棒なのは、アグラ爺さんのこのエピソードを入れたかったからです。
剣と棒の戦い方が違うように、それぞれのできることは違う。そういうことです。
そしてふと思ったこと。主人公の物体召喚って思い切りサモンマテリアル……

2003.9.27