第82話
第82話 剣として、人として
買出しも無事終わり。
買った食材を貯蔵庫に入れ終えた頃、それはもたらされた。
「来たみたいよ! 沖合いから見てもわかるくらいの軍勢が、ファナンに向かって来てるって!」
廊下から響いてくる、この声はミニスだろうか。
続いて、どたばたと家の中を駆け回る足音達。
「……」
アメルが何か言いたげに私を見た。
「……大丈夫」
ひとつうなずいてみせる。
私は私のできることをするって決めたから。
「行こう」
ファナンを出て、十分くらい歩いた頃。
アリのような黒づくめの群れが、こっちに近づいてくるのが見えた。
もちろんそんなのんきなものではないけど、そんなこと考えるくらいには慣れてきたのだろうか。
……嬉しくないけど。
やがて、先頭が目の前で立ち止まった。
言うまでもなく、ルヴァイド達指揮官クラスだ。
「わざわざお出迎えとは、恐縮の至りだな」
「本当よね。てっきり私たちなんか無視して、ファナンに向うと思ったのに」
嫌味のつもりなのか、フォルテとケイナの言葉もどこか空々しい。
とはいえルヴァイドもそれは承知らしい。
「ぬけぬけと言うものよ。鍵となる聖女を目の前にして、我々が黙っているはずがあるまいに」
それからこっちをちらりと見る。
射抜くような鋭い目なのに……どこか悲しそうだと思った。
「ルヴァイド! お前はあの森の中にあるものが何なのか、知っているのか?」
叫ぶように、ネスが問いかける。
ルヴァイドは表情を変えることなく、あっさりとうなずいた。
「無論、知っている。逆に尋ねよう。その問いを発したのはなぜだ?」
ネスが言葉を詰まらせ、黙り込む。
もっとも、元から言う必要はなかっただろう。
「どうやら一足先にお前達は、あの中に入ったらしいな」
「貴様ら! まさか我々より先にゲイルを手にしたのか!?」
「あんなもの……っ!」
マグナが辛そうに叫んだ。。
「ゲイルなんて……召喚兵器なんて、手を出しちゃいけないものなんだよっ!」
そうよ、とトリスが続ける。
「あれは、あの場所に封印されつづけるべき力なの……誰も、触れてはいけない力なのよ!!」
誰も何も言わず、ただ二人を見つめていた。
血筋だけで背負わされてしまったもの、その重さ。
それをよく知っていたから。
だけど、ルヴァイド達はそうじゃない。
「そこまで知ったというのなら、最早、鍵の確保だけで済ますわけにはいかぬな」
「召喚兵器ノ確保ハ、でぐれあ十数年来ノ宿願……」
「その秘密の一端を知ったものを、生かしておけるものか!」
殺気をむき出しにして、全員が武器を構える。
そこまでして、あんなものが欲しいの?
でも……あの過去を知らないからこそ、ルヴァイド達は手に入れようとしていたんだろうか。
それともそういうのは考えず、ただ有益な武器が手に入ればいいのだろうか。
どちらにしても、違うよ……こんなの……
「口封じ、というわけか」
「正体をあらわしやがったな、黒騎士!」
ロッカとリューグが武器を構えかけ……
「二人とも、待つのだ!」
アグラ爺さんの一喝に動きを止めた。
怪訝そうに見守られる中、アグラ爺さんはゆっくりとルヴァイドのところまで歩いていく。
「あのレディウスの子と、よもや、こんな形で再会することになるとはな……」
低い声で告げられ。
ルヴァイドは構えていた剣を、静かに下ろした。
「あの夜に見たのはやはり、幻などではなかったのだな……獅子将軍……アグラバイン殿……」
「おじいさん、黒騎士を知っているんですか!?」
ロッカの問いかけに、アグラ爺さんはゆっくりとうなずいた。
「ああ、よく知っておる。じかに手を取って、剣を教えたこともあるのだからな……」
みんなが息をのんだ。
「ルヴァイドは、わしの親友だった男の息子。デグレアの双将の一人、鷹翼将軍レディウスの血を引く騎士だ」
「なんだって!?」
「あの鷹翼将軍の息子だというのか!?」
「道理で、バカみてえに強えわけだぜ……」
驚くみんなをよそに、師匠と弟子の会話は淡々と続く。
「じかにその顔を見て、ようやく確信することができた。見違えたぞ……若き頃のお前の父とそっくりだ……」
「見違えたのは、あなたも同じです……アグラバイン殿? あの遠征で、あなたは亡くなったのだと聞かされていましたが、まさかあのような卑しき姿に身をやつしておられたとは……」
「わしにとっては、あの姿こそ本来あるべきものだったと気付いただけだ。デグレアを捨てたこと、悔いてはおらん」
「おじいさん……」
アメルの声が、聞こえた。
「その言葉を……処刑された父が聞けば、どのように思うことだろうな……アグラバイン!!」
叫ぶルヴァイド。
その声は、断罪するかのように激しく厳しい。
そして、泣いているようで。
「処刑!?」
「どういうことだ!? ルヴァイド!」
「帰ってきてくださったのが、あなたなら……父が幾度となく、そう繰り返していたことか、貴様には分かるまい! あなたさえ、戻ってきてくだされば……あんなことには……」
ルヴァイドが震えているのが、こっちからでもわかった。
怒りか、悲しみか。あるいは両方か。
私達はおろか、イオス達ですら言葉をかけられずただ立ちつくし……
「おい、お前ら! 言い争いをしてる場合じゃねぇぞ!?」
レナードの言葉に、思考は一気に引き戻された。
そうだ、確かここって…!
「おにいちゃん、おねえちゃん、あれ!」
ハサハが指さした方向には、まさに思ったとおりの光景が。
「な……!?」
誰もが呆然とそれを見つめていた。
マグナ達だけじゃなく、ルヴァイドやイオスも。
ファナンに向けて再び動き出した、黒い軍勢を。
「ひきょーものっ!」
ユエルが叫ぶ。
焦りの声、非難の視線が飛び交う中でルヴァイドは信じられないというようにつぶやいた。
「バカな……何故、俺の出した命令を無視して動く!?」
「それは私が改めて命令したからですよ、ルヴァイド?」
どこか冷たい声が、それに答えた。
いつの間にいたのか、悠然とした足取りでこちらに近づいてくる銀髪の男。
「レイム!?」
「馬鹿な……!?」
イオスとアグラ爺さんが、驚きの声を上げたのはほぼ同時だった。
イオスはさておき、アグラ爺さんのただならぬ様子に気づいたのか。
ほとんどの視線が、アグラ爺さんに集中した。
「そんなはずはない? 確かにあの時……」
「おじいさん?」
アメルが心配そうに声をかけるが、聞いてはいない。
震える声で、レイムに向かって叫ぶ。
「お前が、どうして……ここにいるのだ!?」
レイムの方はそんなアグラ爺さんを無視して、ルヴァイドに微笑みかける。
……いろいろな意味で、悪魔の笑みを。
「いけませんねえ、総指揮官殿? 作戦は、定刻どおりに行っていただかないと」
「そちらの不手際を棚に上げて、何を言う!?」
「ヨセ、いおす!」
ゼルフィルドの制止も聞かずに怒鳴るイオスだけど、レイムはそれもどこ吹く風。
「不手際とは心外ですね。私は、きちんと任務を遂行しましたよ? 人々が逃亡にまで至らなかったことは結果論でしかありません。それともまさかあなた方は、平民達が逃げぬことを理由に、ファナンへの進軍をためらっているとでもいうのですかねえ?」
誰かが息をのむのが聞こえた。でも、それはどうでもよかった。
こいつ、何ぬけぬけと……!
ふつふつと怒りがわいてくる。
「レイムよ、侮るのも大概にしてもらおうか。デグレアの騎士である俺が、そのような理由で議会の決定に背くわけがあるまい!」
「ふふふふ……ええ、そうでしょう。そうでしょうとも! 元老院議会の命令は、デグレアの民にとって絶対の真実……そして私は、その議会によって派遣された、いわば、議会の代行者なのです。兵を運用する権利は、私にもあるのですよ? どうかお忘れなきよう、イオス特務隊長」
なにが代行者だ、あんたが乗っ取ったくせに!
叫びたい気持ちを、私は必死に抑えた。
その代わりとばかりに、フォルテが声を荒げた。
「くそったれが! なにが、絶対の真実だ。そういう特権意識が、国ってもんを捻じ曲げちまうんだっ!!」
「言うな!!」
さえぎるように、ルヴァイドが叫んだ。
いつもの冷静な指揮官の顔は、完全になくなっている。
「俺は、デグレアの騎士。国家に属する騎士だ! 命令は必ず実行する。それだけが……我が一族につけられた、反逆者という汚名をそそぐ、唯一の方法なのだ!!」
……言いたかった。すべてを。
本当は違うんだと。
ここで言うべきことじゃないって、わかっているのに。
「ルヴァイドさん……あなたは……!?」
アメルが呆然とつぶやく。
自分を狙ってきた敵の事情。
どんな思いで、彼女は今の話を聞いたのだろうか。
「この剣は、国のために振るわれるのみ……それが俺の……絶対の真実なのだ!!」
己の迷いを断ち切るかのように、ルヴァイドが言い切る。
そして再び剣を抜こうと…した。
「それでいいのかっ!?」
マグナの言葉に、ルヴァイドの動きかけた手が止まる。
「本当にそれで、納得できるのか? ルヴァイド!?」
ルヴァイドは何も言わない。
ただ、黙ってマグナの声を聞いていた。
「俺達は知ってるんだ、あなたが本当はこんな戦いを望んでいないってことを……レルムの村の人達の墓前で、あなたはその罪を悔いて苦しんでたじゃないかっ!?」
ロッカとリューグが驚愕の表情を浮かべた。
ルヴァイドの表情も、心なしか動いたような気がする。
「ルヴァイド……やはり、お前は……」
アグラ爺さんが、ぽつりとつぶやいた。
「思いだしてくれよ? その気持ちを……間違ってると思ったことから、目を背けちゃダメなんだよ!?」
「言うなっ!」
聞きたくないというように、ルヴァイドは叫んだ。
「俺はデグレアの騎士だ。余計な迷いはいらぬ!」
「なら、なんであの時見逃したんだよ!? あの状況なら、を連れて行くことは簡単にできたはずだろ!?」
ほとんど全員が、目を見開いた。
ルヴァイドの傍らにいる、イオスまでも。
「あなただって、本当は……」
「黙れ……っ! 俺を惑わすな!」
今度こそ。
ルヴァイドは怒りの形相で、剣を抜いた。
レイムが愉快そうに笑った。
「見せてもらいましょう。あなたの、デグレアに対する忠誠を……」
イオス達も武器を構える。
「どうやら、今は戦うより他に道はないようですね……」
大将が苦無を取り出しつつ言う。
……悔しいけど、その通りだ。
レイムがいる以上、他の選択肢なんて与えちゃくれないだろう。
「上等だぜ……今日こそ、白黒つけてやるっ!!」
「総員、行けっ!」
リューグとイオスが、同時に叫んだ。
一気に決戦まで持っていきました……うわぁ重っ。
ここでもジレンマ。レイムがあおるから、余計に……
それぞれの心境にも微妙な変化。ぼちぼち閑話も考えますか。
いざ、決戦。話に参加しなかった人達も含めて。
2003.10.4