第83話
第83話 霧の中で、生を望む
誰だって、譲れないものがある。
それを揺るがされたとき、人は必死で揺るがすものを否定する。
自分の信じたものを壊されないための、本能のようなもの。
どこかで読んだフレーズだけど、今は妙に納得している。
とはいえ。
「今、そんなことを納得したって……どうにもなんないって!」
放った召喚術が、兵士を二人くらい吹き飛ばす。
マヒ効果付だから、しばらくは動けないだろう。
後がないからか、ルヴァイドの気持ちを察したのか。
黒の旅団の皆さん全員、神風特攻隊のごとく次から次へと突っ込んでくる。
自爆しないのが救いだけど、それでも気迫が今まで以上にすごい。
気を抜くと、こっちまで押されそうなぐらい。
頭ではわかっていた。わかっていたつもりだった。
ルヴァイドがどんな思いをしていたか。
でも……実際目にして、自分の考えはまだ甘かったんだって思い知った。
さっき、結局何も言えなかった。
……何もできないの?
まだ、みんなが真実を知るのは先。
だけど……本当に、それまで待たないといけないの?
それまでにできることはないの?
「っ、危ないっ!!」
誰かの叫び声。
え? と思ったら、すぐ近くが光った。
それが召喚の門だと気づいたのは、それよりワンテンポ遅れてから。要するに手遅れ。
……まずいっ!!
とっさに身構えた……のだけれど。
「……!?」
視界が真っ白になった。
これは……霧?
身体はなんともないみたいだから、目くらましか何かだろうけど……厄介なことには違いない。
この視界じゃ、襲われたらアウトだ。
『だから教えてあげたのに。傍観者でいられるのは終わりだ、って』
女の声が聞こえたと思ったら……ナイフが飛んできた。
しかも、四方八方から。
「わわっ……!?」
さすがに避けきれずに何本か刺さる……かと思ったら、全部通り抜けた。
しかも、こっちには傷一つない。
幻…だったの?
霧、それに幻。これができる召喚獣は、私の知ってる限り一つだけだ。
確か、小説版に出ていた……
「ミラーヘイズ……」
『ご名答。次は当てるよ』
言葉が終わるなり、再びナイフが飛んできた。
今度は避ける間もなかった。
「つっ……!」
二の腕に痛みが走り、思わずうめく。
一筋の赤い線から、血がじわりとにじんできた。
でも、この召喚術はミニスも知っているはず。
シルヴァーナでこの霧を吹き飛ばしてくれれば……
『あ、言っとくけど仲間の助けは期待しないほうがいいわよ。相棒、あれでも風は得意分野だから。結界しっかり張ってあるわよ』
……うわぁ、泣きたくなるくらい用意周到……
自力で何とかするしかないのね……
「どうすりゃいいのよ……」
『本物がどこから来るか見てみてもいいけど、教える前にナイフが来るほうが早そうだし……』
エステルもお手上げ、というようにつぶやく。
そしてさらにナイフが飛んでくる。
「うっ……!」
『!』
急所ではないとはいえ傷は増えていく。
どこから攻撃が来るかわからないから、神経を張り詰める分疲れも早い。
だんだん身体も思うように動かなくなっていった。
まずい、な……
このままやられちゃうのかな……?
『……その程度なの?』
声が、つまらなさそうに言う。
『口で色々言ったって何もできないんじゃ、結局ただの奇麗事よ』
んなこと言ったって。
私だって、何とかしたいよ。
でも、何もできない……
『そんなんでこれからも戦うつもり? だとしたら、あいつが手を出す前に私があんたを殺すわよ』
……「あいつ」?
何を言ってるの?
『本当にルヴァイドやイオスを止めたいと……助けたいと思うのなら、口だけじゃない、行動でその覚悟見せてみなさい』
ルヴァイド達を止めたい……助けたい。
呪文のように繰り返しながら、ふらつく身体をなんとか支えた。
ここで倒れちゃ……ダメなんだ…
『護りたいなら、死ねないなら……全力であがきなさい!!』
私だって、みんなを護りたい。
捕まりたくも、死にたくもない。
こんなところで……終わりたくない!!
「お願い……」
ほとんど無意識に、手がポケットのサモナイト石に伸びていた。
『力を貸して……』
エステルの声がする。
疲れきっていたはずの身体に、力がみなぎってくる。
意識を集中させ、魔力を注ぐこともまるで息をするのと同じくらい自然にできた。
「この霧を」
『結界を』
「『吹き飛ばして!!』」
召喚の門が開くのと、新たなナイフが飛んできたのはほぼ同時だった。
でも不思議と頭は冴え渡っていて、ナイフに対する恐怖感もなかった。
ナイフが目の前に来た頃、召喚獣は完全に姿を現して。
光と風が吹き荒れた。
「どうして、消えないのよ……っ!?」
ミニスは半泣きで、不自然に固まっている霧を見つめた。
その斜め上空では、シルヴァーナが必死に羽ばたいて風を起こしている。
にもかかわらず、霧が消える気配はない。
そろそろミニス自身も限界だった。
「もういい、ミニス」
「あとはあたしがやるから……」
トリスがそう言いかけた時。
霧の中から、光球が飛んでいった。
続いて突風が吹き、霧が薄れていく。
「なんだ、この風……!」
「あっ、あれ!!」
晴れてゆく霧の中で、それは悠然と羽ばたいていた。
白い翼を持つ、巨大な竜が。
「レヴァティーン……?」
「高位召喚獣だと!?」
その場にいた全員が呆気に取られるのをよそに、巨竜はゆっくりと地上に降り立った。
その足元には、が佇んでいた。
「……いきなりレヴァティーンとは、ね」
荒い息を整えながら、彼女はそれを見上げていた。
「何をのんきにしている。結界が壊されたと同時に逃げていなければ、さすがにまずいことになっていたぞ」
低い声があきれたように言う。
ごめん、と苦笑しながら彼女は手の中のサモナイト石をもてあそんだ。
さすがに予想はしていなかった。
追い詰められたが、レヴァティーンほどの高位召喚獣を呼び出すことは。
あのブレスで攻撃されたら、いくら防御したところで人間などひとたまりもないだろう。
彼女にできたのはとっさにミラーヘイズを送還し、霧が晴れるまでにその場から去ることだけだった。
「でも、これなら……」
彼女――アイシャは、視線をへと移した。
「あの子なら……私と同じ轍は踏まないかも……ううん、踏ませない。絶対に……」
傍らの狼は何も言わない。
ただ、黙って彼女を見上げていた。
「ありがとう。もういいよ、還っても」
レヴァティーンの口元をなでながら言うと、その姿はゆっくりと消えていった。
手の中のサモナイト石だけが残る。
疲れはまるでなかった。
それどころか、身体がなんか軽いような気がする。
そんなはずはないんだけどなぁ……ただでさえ疲れてた上にレヴァティーン呼んだわけだし。
「、大丈夫!?」
「ケガはないですか!?」
トリスとアメルが駆け寄ってくる。
その向こうでは、黒の旅団兵と切り結んでいるマグナ達。
そうだった……考えるのは後だ。
ケガを治してもらって、それから……
「よかった、ケガはないみたいですね」
そうそうアメル、だから早く治し……
………………え?
「何言ってるの? ほら、ここ切れて……」
さっきナイフがかすった二の腕を示そうとして……そのまま固まる。
傷がなかった。確かに切り傷ができてたはずなのに。
そういえばいつの間にか、傷の痛みもなくなってたような……
トリスがそこを覗き込みながら首をかしげた。
「そこがどうかしたの?」
「あ、ううん。なんでもない」
なんかよくわかんないけど……
まだ戦える。今はそれだけで充分!
「さあ、いきますか!」
掛け声と共に気合を入れて、私は棒を構えた。
思ったより長くなってしまった……(汗)
ファミィさん登場直前までもっていく予定だったんですが。おかしいなあ。
だけど、これで本当の意味で覚悟ができたんじゃないかと。
アイシャがなんでミラーヘイズを持ってるのかはそのうち。
2003.10.20