第84話
第84話 止まれない足と、足を止める枷
戦況は見る限り、やや手間取っていたようだった。
……いや、私が原因っていっちゃ原因なんだけど。
やっぱりミニスがミラーヘイズの霧に反応したようで…
トリスとかネスとかがこっちに回っちゃった分、ほとんど物理攻撃同士だけの戦いになっていた。
……そういえば、ミラーヘイズはどこいったんだろ?
ま、いいか。倒さなくてすんだみたいだし。
とはいえ、時間もない。
こうしている間にも、レイムの命令で動いている兵はだいぶファナンに近づいている。
さらに相手はこっちの何倍も数がいるし、ルヴァイド達司令官クラスはまだ健在なのだ。
そのルヴァイドは。
「はあぁぁぁぁっ!!」
「くっ!」
これでもかと斬撃を繰り返し、マグナ達を押している。
鬼気迫るというか、逆ギレしてるというか……
援護しようと、呪文を唱えて……
「……!?」
殺気を感じ、思わず呪文を中断して横に飛んだ。
びゅっ、と空を切る音。
さらに数歩下がって、相手の顔を見たとき……私は苦笑していたかもしれない。
「やっぱり来たんだ……イオス」
イオスからの返事はない。
無表情でこっちを見ていた。少なくとも表面上は。
本当は、彼だって納得していないだろうに。
「一つ訊きたいんだけど」
あえて棒を構えず、イオスに問いかける。
彼も動かなかったので、そのまま続けた。
「どうしても上の命令って聞かないとダメ? 意見とか、無視してトンズラとか却下?」
近くで「何言ってるんだ」とか聞こえてきたけど無視。
どうしても、これは聞いておきたかった。
イオス自身の口から。
「……さっき、ルヴァイド様も言っていただろう。我々はデグレアの剣だ。デグレアのためだけの、な」
不自然すぎるくらい、平坦な声。
「それに、僕はあの方の部下だ」
「……そう」
あくまでも「国の道具」としての答え。
でも、それだけ聞ければ充分だった。
それなら……
「…………」
私は棒を構えた。
イオスの表情が少し動いた気がした。
……ゆっくりと、向こうも槍を構えなおす。
「っ!」
誰かの叫び声の後、召喚術の爆発がイオスの近くで起きる。
それが合図となった。
イオスも私も、お互いに向かって駆ける。
がきんっ!
突き出した棒は、イオスにあっさり防がれた。
そのまま反撃してきたので、再び距離を取る。
その間合いを詰めるように、イオスが突きを繰り出しながら近づいてきた。
受けてもムダ……ロッカとの稽古ですら勝てたことない……なので、私は避けるのに専念した。
けど。
「……ひょっとして、手加減してます?」
明らかに、前と比べて切っ先が鈍い。
避けながらこんなこと言えるぐらい。
イオスはまたしても無言。
ただ、心なしか……顔が一瞬だけ曇ったように見えた。
そう、だよね。
レイムがあんな命令出さなかったら、立場は敵同士でも友達でいられたのに。
だから。
あっちがデグレアの兵として、自分で足を止められないなら。
「……出ろっ!!」
棒がばちっ、と火花を放つ。
「……っ!?」
予想外のことに驚いたか、イオスの動きが止まる。
今だっ!
私は棒を、イオスに向かって突き出した。
イオスが慌てて槍で受ける……が、
ばしっ!
「ぐっ!?」
イオスの身体が崩れ落ちる。
はぁ……うまくいった。
棒に憑依召喚かけといて正解だったな。
思いつきでやった即席スタンガンだけど、効果あってよかった。
「ただのマヒだから、しばらくしたら動けるわよ。大丈夫」
「……いいのか?」
イオスが倒れたまま、かすれた声を発した。
いいって……何が?
「僕達の任務は聖女と……君を捕獲することだ。君の性格はわかっているつもりだ。だが……」
「だから戦うんだよ」
その先を聞きたくなくて、私はイオスの言葉を遮るように言った。
何を言うつもりだったとしても、いいことじゃないのは確かだ。
「あんた達がデグレアに逆らえないなら、自分で足を止められないなら……こっちが無理にでも止める。私はアメルと一緒に捕まるのも嫌だけど、あんた達が辛そうにしてるの見るのも嫌なのよ。だから、こんなこと終わらせてやる」
そう決めたから。今、この世界に生きている人間として。
理屈も何もない。未来も真実も関係ない。
これは私個人の感情。
こんな悲しいくらい一生懸命な人達で、メルギトスが遊んでいいわけないんだよ。
黙りこんだイオスが、苦笑したような気がした。
「くそっ、もうあんなところまで……」
「このままじゃ間に合わないよっ!?」
まだ目の前の敵は残っている。
しかし、ファナンに向かう軍は健在…しかも間もなくファナンに足を踏み入れようとしているところだ。
対してマグナ達は疲労困憊。
たとえ今の状況を突破できても、彼らを止められるかどうかはとてつもなく怪しい。
「僕達の力では、これが限界なのか……?」
苦く、ネスティがつぶやく。
「あきらめちゃダメよ! 絶対に方法はあるはずだから!」
トリスが叫ぶ。
あきらめない。あきらめるわけにはいかない。
もう、繰り返させてはいけない。
繰り返し己に言い聞かせ、重くなってきた腕で杖を構えなおす。
そのまま呪文を唱え……ようとしたが。
どが――んっ!!
突然起こった爆発が、目の前の兵士を数人吹き飛ばした。
続いて、
「ほーっほっほっほっほ!」
やたらに場違いな高笑いが、時が止まった戦場に響き渡ったのだった。
あー……やっと来たか。
聞くたび疲れを感じてたケルマの高笑いが、今は少しだけありがたく思える。
「まったく、だらしないったらありませんわね」
「よっ、余計なお世話よっ!」
「ま! 助けてもらっておきながらなんて失礼なのかしら、このチビジャリは!」
……ミニスもケルマも、んなこと言ってる場合じゃないと思うけど。
兵士達も毒気を抜かれたか、身動きせずに新たな乱入者を見つめている。
「ほう、金の派閥の召喚師さんのお出ましですか……」
「ほーっほっほっほ! その名も高きウォーデン家の当主、ケルマですわ! よぉく覚えておくことですわね」
余裕たっぷりのレイムに対して、昔のマンガの正義の味方か悪役のごとく名乗りを上げるケルマ。
「カッコつけてる場合じゃないってば!」
「ルウ達のことよりも、ファナンの街が……」
「心配は無用ですわ」
ケルマがさらりと言う。
さっきまでと打って変わって、どこか貫禄っぽいものがある。
「伊達に、あの女もファナンの顧問召喚師をしているわけではないでしょうからね」
ってことは、そろそろ…
「ねえイオス。痺れは?」
「少し、取れてきた……」
「……なら、そのまま横になってた方がいいよ」
きょとんとするイオスの横に、私も伏せた。
「? 何やっ……」
誰かの問いが終わるより早く。
地面が、揺れた。
「何だっ!?」
「地震か!?」
「いや、違う……これはサプレスの高位召喚術!?」
敵味方、みんなが騒いでいるのが聞こえた。
でも、こっちもそんな余裕ない。
揺れが大きいから伏せててもしんどくて、耐えるのが精一杯。
「ぐらぐらぐら……どっかーん♪」
やけに楽しげに、歌うような声が風に乗って聞こえてくる。
ファミィさん……楽しそうに言うところじゃないでしょう、ここは。
揺れすぎてさすがに気持ち悪くなってきた頃、ようやく振動は終わった。
「あの女めぇ……思いっきりハメを外しまくりやがりましたわねぇ」
やっぱり気分悪そうにケルマがうめく。
どこかおかしい言葉遣いに、でも誰も突っ込む気力もない。
でもって。
「は、ははは……っ。たった一発の召喚術で、軍隊を止めちゃった……?」
ケイナが乾いた笑いをあげる。
まあ、無理もない。
さっきまで元気にファナンに向かっていた軍隊が、召喚術一発で全滅していたら現実逃避もしたくなる。
まして、こっちは散々苦労していたのだから余計に。
「いやはや、まさかここまでの召喚術が使えるとは……ははは、これは完全に計算違いですね」
ただ一人平気そうなレイムが笑いながら言う。
こいつにとっては今の召喚術も、ちょっと地面が揺れただけって感覚なんだろう。
「我ガ軍ノ戦力ノ半数ガ行動不能ニナッタ模様。作戦続行ハ、事実上不可能カト……」
少し離れた所では、ゼルフィルドがルヴァイドに状況を告げている。
事実その通りだから、ルヴァイドとしても苦い顔するしかないだろう。
なんせ、こっちにいる兵士までダメージ受けてるんだから。
……それは私達だって似たようなものだけど。
「やはり、召喚術を無効とせねば我々に勝機はないのか……?」
ふらつきながらも立ち上がるイオス。
近くにいた兵士が、慌てて駆け寄って肩を貸した。
「負傷者を回収後、一時離脱する!!」
ルヴァイドの命令が飛び、動き出す兵士達。
イオスも兵士に支えられながらルヴァイドのところへ向かっていく。
ルヴァイドがレイムを振り返った。
「……異存はあるか? 顧問召喚師殿」
「仕方ないでしょう。今回は、私達の負けのようですし……あなたの忠誠心も、一応見せていただきましたからね」
なんとなくだけど、「一応」が強調されていたような気がする。
……どつく。レイムの奴、絶っ対にどつくっ!!
「ルヴァイド……」
マグナが、トリスが気まずそうに声をかける。
ルヴァイドも何か言いたげに二人を見て。
……でも、しばらくどちらも言葉を発しなかった。
「……次が、最後だ」
それだけ言うと、ルヴァイドは踵を返す。
そのまま歩き出して…
「なら、次に勝てば……やめてくれる?」
私の問いに足を止めた。
ルヴァイドは振り返らない。
代わりに、いくつもの視線がこっちに集中しているのがわかった。
「それであんた達が、こんな戦いをやめてくれるって言うのなら受けて立つよ。絶対に勝ってやる」
「…………」
ルヴァイドは無言で、再び歩き出す。
彼がどんな顔をしていたのか、何を思ったのか…私達に知る術はない。
ただ、ひとまず戦いは終わったのだということがはっきりしているだけだった。
ようやく書けました……半月近くかかってるじゃん自分(汗)
向こうが止まりたくても止まれないなら、こっちが止めてやる。そういうことです。
どちらも引くに引けない宣戦布告。もはや後戻りはできません。
ところで即席スタンガン……乾電池より使い勝手いいかも(苦笑)
2003.11.8