第86話
第86話 ここにいる、ということ


 みんなで夕飯をがつがつという音が似合いそうなくらいの勢いで食べ。
 ほとんどが部屋に引き上げた頃、私はマグナの部屋を訪ねた。

 「……ありがとう」
 「は?」
 何から言っていいかわからなくて。
 真っ先にお礼を言ったら、やっぱり変な顔をされた。

 「朝の……私が泣いて出てった後のこと、聞いた。それから、ルヴァイドを説得しようとしてくれたよね?」
 ああ、とマグナが声を上げる。
 「いいよ、そんなお礼なんて」
 「でもさ、私何も言えなかったから。どっちの時も」

 ゲーム画面の外で、あれこれシミュレーションするのは簡単。
 だけど、現実はそんな単純じゃなくて。
 激しい感情にのまれて、何も言えなかった。
 気の利いた言葉を考えていたかさえ忘れてしまう程に。

 「偉そうに言っといて、肝心な時に何も言えないんだもの。なっさけないよね……」
 「けど」
 マグナはためらいがちに言って、一旦口を閉ざした。
 数秒後、意を決したように続ける。

 「俺、思うんだ。がああ言い続けてきたことは決してムダじゃないって。リューグだって、初めは聞こうともしなかったのに今はそうでもないだろ? 俺もが何も言わなかったら、まだ決めつけて誤解していたかもしれない」
 「でも……」
 「大丈夫。ルヴァイドやイオスにだって、君の気持ちは届いてるよ」
マグナは力強く言うと、手をそっと私の右肩に置いた。

 「だから、一人で頑張らなくていい。俺達も手伝うから」
 「マグナ……」
 「なんとかして、これ以上戦わなくてすむ方法を探そう。な?」
 「……うん」

 ああ、なんか嬉しい。
 元気付けてくれる言葉も、肩に乗せられた手もあたたかくて。
 ……ここにいるから、なんだよね。
 苦しみも喜びも、こうしてマグナ達といるからこそ。
 画面越しでは、味わうことのなかったもの。

 「……マグナ」
 「うん、何?」
 「私、この世界に来れて本当によかったと思う」

 泣いたりもしたけど。
 苦しんだり、嫌になったりもしたけど。

 でも、それ以上に。
 みんなに出会えてよかった。
 ここにいられてよかったって、思ったんだ――







 月に照らされて輝く銀の髪。
 テントの前に立つ穏やかな微笑を浮かべた男は、何も知らない者が見たら恋人でも待っているように見えるかもしれない。
 ……しかし、その中身を知っている者にはそんなものは微塵も感じることはない。

 「……私みたいな傭兵なんぞに何の御用でございましょうか、顧問召喚師殿」
 「おや、つれないですねぇ」
 アイシャのわざとらしいまでの丁寧語に、言われた方は肩をすくめただけで。

 「まあ、あなたは私よりも特務隊長と話していた方がいいでしょうけど、ね」
 やけに含みのある言い方で、レイムは言った。
 アイシャは疲れたように嘆息する。
 「……言っておくけど、色恋を期待しているなら見当はずれよ」
 「おや、違いました? 先程、やけに親身になって助言していたようですけど」
 「助言しただけでそういう方向に持っていかれても困るわよ。ついでに言うなら、私は出刃亀嫌いなんだけど」

 はたから見れば、密会を目撃したとばかりにからかっているようだが。
 その実、探るような視線をこちらに向けているのに彼女は気づいていた。
 そして、下手な隙を見せたら負けであることも知っていた。

 「出刃亀とは人聞きの悪い。私はただ、特務隊長殿の様子を見ようとしただけですよ? お邪魔なようでしたので出て行かなかっただけです」
 「どうだか」
 「ですが……迷わせるような発言は感心しませんね?」
 レイムの笑みが、心なしか冷たくなった……気がした。

 「作戦も大詰めなのですから、きちんと任務は果たしていただかないと……」
 「作戦、ねえ……」
 胡散臭いというようにアイシャは眉をひそめたが、特にそれ以上は何も言わなかった。

 「あなたも、ここにいる以上は私の管轄なんですがね」
 「私の雇い主はルヴァイド殿であって、あんたじゃないんだけど?」
 「ルヴァイド殿……ですか」
 出された名を、噛みしめるようにつぶやき。
 レイムは笑みを深くした。

 「ここには私とあなたしかいないのですから、呼び捨てにしたってかまいませんよ。その方があなたも楽でしょうに」
 「……何が言いたい?」
 「いいかげん、無理な演技はおやめなさい。そもそも、あなたはここにいること自体辛いでしょう?」
 「言っている意味がわからないけど?」

 二人はしばし、互いの目を見つめる。
 やがて、レイムは不敵に微笑んで目を伏せた。
 「……まあいいです。もう時は近い。それまではあなたの正体や思惑などどうでもいいことです。せいぜい、ボロを出さないようにすることですね」
 そして、早足で去っていく。
 アイシャはその背中を、睨むように見送った。

 「……何を話していた?」
 不意に、下の方から声がした。
 聞き慣れた相棒の声に、ようやく緊張が緩む。

 「セイヤ。いたならどうにかしてよ、あいつ」
 「無理を言うな。お前が来るのを見計らって結界を張られた。ご丁寧に近くにいた俺をはじき出して、な」
 「……そう」
 冷たい風が吹く。
 少しの間、沈黙があたりを支配した。

 「釘を刺されたよ。余計なことはするな、無理な演技はしない方が身のためだってね」
 「やはり、感づいているか……」
 「だろうね。ま、それは覚悟の上だけど。所詮、あいつにとって私も都合のいい玩具。他の人間達と同じで」
 我ながら、自嘲的な物言いだ。
 わかってはいる。自分にできることなんて、焼け石に水だと。
 だが。

 「それでも、やらなくちゃ……やるしかないんだ」
 それだけが、今の自分の存在意義なのだから。




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今回は、ちょっとインターミッション。
辛く、苦しい思いをしても、一人じゃないからここまで来れた。その再認識。
一方は一方で、雲行き怪しくなってます……
彼女もまた、戦わなくてはいけない理由があるんですよ。

2003.12.7