第87話
第87話 いざ、デグレア
「そういえば、あれ以来デグレアがファナンに攻めてくる様子がないけど」
マグナがぽつりとそう切り出したのは、黒の旅団のファナン進軍失敗から5日程たった頃の朝食時だった。
「あきらめたのかな?」
「そんなわけないだろう」
マグナが言い終えると同時に、ネスのツッコミが飛ぶ。
「敵の部隊そのものはスルゼン砦の付近へと布陣したままです。戦意がなくなったとは考えにくいですね」
「おそらく、彼らは本国に指示をあおいでいるのではないでしょうか?」
「その可能性は、大いにありえるな……」
シオンの大将、シャムロック、アグラ爺さん。
戦のエキスパート達の言葉には、すごい説得力がある。
「今までの調子でイケると思ってたところがどっこい、ファナンはそうはいかなかった。さぞかし、途方に暮れちまってることだろうさ」
「いくら大軍を投じても召喚術に対する対策がなければ、先日の二の舞になってしまいますからね」
フォルテの言葉にロッカが肩をすくめた。
ルウやケイナは、どこか遠い目でうんうんうなずいている。
ファミィさんの「ガルマちゃん攻撃」を思い出してるかもしれない。
「だけど、いちいち遠くのデグレアまでおうかがいを立てにいくなんて、えらく面倒だって思うけどねえ?」
モーリンが不思議そうに言う。
それに対して、ネスが難しい顔のまま解説した。
「デグレアの政治は全て議会での決議によって決定されるものらしい。その手続きを無視して行動することは、絶対許されないと聞く」
「ルヴァイド達が言ってた、元老院議会ってヤツのことだな」
「いったい、それってなんなのよ?」
マグナとトリスの質問に、だけどネスはちらりとシャムロック達を見た。
「詳しいことは僕よりも、騎士である彼らに説明してもらう方がいいだろう」
シャムロックは一つうなずくと、口を開いた。
「元老院議会とは旧王国がまだ、王国と呼ばれていた時代の遺臣達の集まりだ。デグレアの成立時に貢献したことから家々ごとに強い発言力をもっていて、聖王国を打倒してかつての王国を再興するために政治をしきっているという」
「わしに言わせればただ権力にしがみつくことしか考えておらぬ輩だよ……」
苦い口調でつぶやくアグラ爺さん。
「だけど、それって聖王国の領主制度とあんまり変わらない気がするけど……?」
マグナが首を傾げる。
フォルテが嫌そうな顔で、マグナに向きなおった。
「確かにな。だが、やり方がもっと徹底してるんだよ。例えば……職業や住む場所を変えるのにもいちいち許可が必要になったりな」
「ええっ!?」
「バイト変えるたびに許可がいるなんて冗談じゃありませんよ、ホント……!」
うんざりした声を上げたのは、言うまでもなくパッフェルだ。
「特に結婚には厳しい。双方の家柄に釣り合いがとれていなければ、いくら好きあおうとも絶対に夫婦にはなれんのだ」
「そんなことまで……」
アグラ爺さんとアメルの会話を聞きながら、なんとなく元の世界のことを思い出した。
日本とかも、昔は似たようなものだったんだよね…
「だったら……その元老院議会ってのをなんとかしなくちゃ戦争は終わらないってことじゃないか!?」
あせったような声をマグナが上げた。
ネスはそんなマグナに、冷ややかな目を向ける。
「だから、前々からそう言ってただろう? 僕達の敵は、国家そのものだと」
何を今更、というような口調にマグナはうっ、と言葉を飲み込んだ。
アメルがぽつりと、小さくつぶやいた。
「どうすればあきらめてくださるんでしょうか?」
「完全に勝ち目がないとわからせるまで、戦うより他にあるまい」
カザミネがそう言うと、アグラ爺さんはじめ数人がうなずいた。
「でもそれじゃ、それまでに大勢の人が傷ついてしまいます!」
やや半泣きでアメルが叫ぶ。
レナードはタバコの煙をゆっくり吐き出し…諭すような口調で告げた。
「確かにそうだ。だがな、それは仕方がないことだろうよ。話し合いで解決できねえから、戦争なんてもんをおっ始めたんだ。話を聞く気がありゃあいきなり、ドンパチなんてしかけねえぜ?」
……正論である。
だからといって、アメルが納得できるわけもなく。
「だからって、話しあうことをあきらめるのは間違ってます!? あきらめたら……そこで、もうおしまいじゃないですか……」
叫ぶ声が、だんだん小さくなっていく。
アメルはしばらくうつむいていたが…不意にぱっと顔をあげてこっちを見た。
「だって、そう思ったからあの人達を止めようとしていたんじゃないですか?」
「あ……」
少しの間、誰もが無言だった。
言われた私自身も。
違うよ。そんな理由じゃないんだよ、私のは…
ただ、黙って見てることなんてできなかった。それだけのこと。
「話し合おうにも我々は、あまりに向こうの内情を知らなさすぎます」
とりなすように言うシャムロック。
アグラ爺さんもうむ、とうなずいた。
「せめて元老院の連中の意図が、どのあたりにあるのか知ることができればな……」
しばらくなにやら考えていたマグナ、顔をゆっくりと上げて。
「だったら、それを俺達で調べるってのは?」
「なっ!?」
「……!」
「あ、あのなー……」
当然ながら、ほとんどの反応は驚くか呆れるか。
「君はバカか!? そんな思いつきだけで考えたことが、できるはずないだろう!?」
ネスに至っては、眉間に思い切りしわが寄ってしまっている。
「いえ……あながち、不可能だと決めつけることはできませんよ?」
静かに告げたシオンの大将に、みんなの視線が集中した。
「デグレアが聖王国への侵攻を最優先しているというのならば、自国に向ける目はそのぶん、弱くなっていて当然のはずです。忍び込むことはそれほど困難ではないかもしれません」
「今まで俺達は デグレアに対して受け身の行動しかとってなかった。でも、これから先はそれだけじゃダメだと思うんだ。それに、俺達の最大の武器は何にも束縛されてないってことだろ?」
動揺のようなものが、この場全体に広がっていく。
ハサハとかレシィはマグナの意見に賛成っぽいけど、他のみんなはまだ迷っているような表情を浮かべていた。
マグナはそれを見回すと、力強くはっきりした声で言った。
「多分、俺達がいなくてもファナンはそう簡単に負けたりはしないよ」
「そうね、あたしもそう信じてる」
トリスも同意してうなずく。
「マグナ、トリス……」
初めに、モーリンが表情を緩め。
「そうだねっ! お母様だっているし」
ミニスの言葉に、一気に場の空気が明るいものに変化した。
できるかもしれない。そんな期待が、みんなの顔に表れていく。
「デグレアに行きましょう!」
「ああ、そして俺達の目で真実を確かめるんだ」
「はい!」
トリス、マグナの言葉にアメルが明るい表情でうなずいた。
翌朝、私はいつもより早く起きた。
デグレアに行く前に、私達にはしなくてはならないことがあったからだ。
「おはよー」
「あ、おはようございますさん」
「おはよう」
「おはようございます、」
台所に入ると、他のメンバー……カイナ、ミニス、アメルがいた。
テーブルには、湯気を立てているご飯。
そう、お弁当用のおにぎり作りだ。
なんで私もいるのかといえば、「ハヤトさん達と同郷でしたら、おにぎりはご存知ですよね?」とカイナに誘われたためだ。
「それで、どうすればいいの?」
「具をご飯で包み込んで、握ればいいんですよ。ほら、こんなふうに」
早速実演するカイナ。
それでおにぎりなんですね、とアメルが感心している。
まあ、ここまではいい。
心配……というか、どうにかしなくてはならないのはこの先だ。
なにせ……
「じゃ、あたしもやってみますね。まずは……」
「待った」
私はアメルの肩をがっし、と掴んだ。
同時に、すでに用意されていた具に想像通りのものを見つける。
ついでに、アメルの手がそれに伸びかかっていたのも。
「何を入れようとしてたの、今」
「ジャガイモさんですけど?」
……やっぱり。
案の定な答えに、一瞬めまいがした。
「それはやめて」
「どうしてです?」
本気で聞いてますよ、お芋天使様。
「だって……おいしくないのよ冷めたジャガイモなんて!! ポテトサラダ以外は!!」
元の世界にいた頃、行った店で冷えたコロッケサンドを出された時はあまりのまずさに文句言いそうになったぞ!!
冷めたジャガイモってだけでも冗談じゃないのに、塩ゆでしたやつをおにぎりの具なんてっ……
「……それもそうですね」
アメルは仕方なさそうに、ジャガイモに伸ばしかけた手を引っ込めた。
うん、これで最悪の事態は……
「わかりました。冷めてもおいしいサツマイモさんやサトイモさんを入れますね」
……避けられてなかった。
「……アメル。おにぎりにお芋は合わないと思うんだけど」
「そうなんですか?」
アメルはきょとんと聞き返す。
ダメだ、この子をほっておくと芋おにぎりシリーズだけができあがる。
「具は私が用意するから、アメルは握るのだけやって。お願いだから」
必死に頼むと、どうにか通じてくれたらしい。
アメルは戸惑いながらもうなずいた。
そして私は肉や魚を焼いたり、おかかを作ったりした。
多分、今までで一番必死に調理したと思う。
そのかいあって、なんとかお芋のおにぎり発生だけは防ぐことができた。
……って言うか。
なんで出発前に疲れなければならないんだろうか……はぁ。
前半シリアス、後半ちょっとギャグ。
戦争云々に関してはきついですね……日本も対岸の火事なんて言ってられないっぽいし。
コロッケサンドの話は管理人の実話です。マジでまずかった……
次、いよいよデグレアです。
2003.12.26