第88話
第88話 幻視と惨劇
「わっ……!」
雪に足をとられて、私は雪の上にダイブしないよう手をばたつかせた。
でもやっぱり無駄だったらしく、倒れそうになった……
けど、誰かが後ろから支えてくれたおかげでそれは免れる。
「、大丈夫か?」
マグナが私を覗き込んだ。どうやら支えてくれたのは彼らしい。
「あ、うん平気」
「きついようだったら無理しないで言ってくれよ? なんか朝から元気なかったし」
「あー……あれは芋軍団からおにぎり守るのに必死で」
「?」
北に向かえば、そこは雪景色でした。…なんてね。
…いや、雪降ってるのは知ってたけど。
ここまで深いとは思ってなかったよ…歩きにくい。
「もう少し行ったら休憩しようか。大変そうなのはだけじゃないみたいだし」
そう言うマグナの視線の先には、着膨れのミニスと、反対に薄着のルウ。
……どっちもすごく寒そうだ。
ミニスはともかく、ルウにはもっと着ておいた方がいいって言ったんだけどね。
「……そうだね。もう少ししたらみんなに声かけようか。お弁当もあるし」
あ、そういえばアメルの芋おにぎり阻止に気をとられてカイナの梅干おにぎりのこと忘れてたな……
……ま、いいか。
で、やっぱり梅干に当たったらしい数人が変な声を上げて驚いたことをここに追記しておく。
当たっちゃったシルターン出身以外の人、ごめん。
まあ、道中色々あったものの。
どうにかやってきました、崖城都市デグレア。
「まさか、この目でまた故郷の街を見ることになるとはな……」
アグラ爺さんがポツリとつぶやく。
故郷、か…
そういえば父さんや母さん、向こうの友達と会えなくなってどれぐらい経ったっけ。
『?』
心配そうな声が響く。
おっといかん、筒抜けになってたか。
(あ、だいじょぶだいじょぶ)
心の中でそう返した。
「君の目論見どおりここまではうまく来ることができたが、ここから先はどうするつもりだ?」
「警備の手薄な場所を探して、そこから中に入ろう」
「それしかないですねー。さすがに正門の警備はキツそうですし……」
「どっちにしろ、こうも大勢で行くわけにはいかねーぜ?」
こっちが思い出してる間に、みんなは相談に入っていたようだった。
もっとも、マグナ達はもう決めてるんだろうけど。
「わかってる。みんなはここで待っててくれればいい」
「ええ。行くのは……シオンさんとマグナ、それとあたしで充分よ」
マグナとトリスの発言から、一拍ほど置いて。
「なんだって!?」
「そんな、無茶ですよっ!?」
ほぼ全員から驚きの声が上がった。
「やはり、そのつもりでしたか……」
ただ一人、シオンの大将だけが静かに言った。
「言い出したのは俺達だからな」
「身の軽さだったら自信あるのよ。伊達に脱走ばっかりしてないわ」
「だからって、君達は素人じゃないか! そんなの……」
なおも反対しようとしたネスの肩を、大将がぽんと叩いた。
「止めても無駄ですよ、ネスティさん。信じておあげなさい」
振り返ったネスに、諭すように言う。
「こいつらが言い出したら聞かねェバカなのは、テメエが一番よく知ってんだろうが?」
バルレルにまで言われ、ネスは仕方なさそうに肩を落とした。
「シオンさん……このお調子者どもをどうかよろしくお願いします」
「かしこまりました。では、行きましょうか」
マグナ達はうなずくと、大将の後をついて歩き出す。
……悪魔達によって、死んでしまった街の中へと。
「マグナ、トリス!」
そう思ったら、思わず叫んでいた。
二人が不思議そうに、こっちを振り返る。
「?」
「どうしたの?」
「あ……」
どうしようと考えたけれど。
「……気を、つけてね」
ものすごく無難な一言しか出てこなかった。
「……ああ」
「うん。ありがとう、」
穏やかな笑みを浮かべてうなずくと、二人は再び大将の後を追いかけた。
……暇だ。
この後戦うってわかっていても、それまで待ってるだけっていうのはつらい。
パッフェルだけはアメル達に頼まれて、街の中を見に行ってるけど。
ネスやレシィとかが壁の向こう側を気にしているのが見える。
……マグナ達、今頃どの辺かな……?
静かな静かな雪の中の街。
壁の外側から見れば、ただそれだけにしか見えない。
でも、ここの人達は文字通り「死んで」いるんだ。
悪魔達に乗っ取られてしまった、操り人形達の街。
ルヴァイド達は、どんな思いでこの街にいたんだろう。
父親の、街の仇の命令に従っているとも知らずに、ただ汚名をそそぐことだけを考えて。
この壁の向こう側の、異変に気づくこともなく…
無意識に手を伸ばし、壁に触れる。
その時だった。
「――――っ!?」
どくん、と全身が脈打つ感じがした。
視界が、唐突に変わる。
市場の並ぶ大通り。
買い物客でにぎわっているはずのそこには、何人もの人達が倒れていた。
全員に共通するのは、どこかしら刺されて出血していること。
道端や店に血がついている。
そこを虚ろな表情で兵士達が歩いていく。
倒れている人達のことなど、たいした問題ではないかのように。
ふっと、世界が暗転する。
次の瞬間、今度はどこかの家の中に変わった。
男の人の槍に貫かれて、女の人が倒れている。
青ざめた顔で、目に光はない。
でも、口だけは何かを言おうと動いていた。
「おかあさん、おかあさん!」
子どもの声がする。
「やめておとうさん、おかあさんをささないで!」
小さな体が、男の人の足にすがりついた。
女の人はその子に向かって手を伸ばし…そのまま力尽きた。
男の人が振り向く。
仮面のように固められた無表情。どこかにごった瞳。
お腹には……斬られたような血の跡。
(ダメ、逃げて!)
叫んだけど、なぜか声は出なかった。
男の人の手が、槍ごと振り上げられて――
(やめてっ!!)
私の思いもむなしく、子ども目がけて振り下ろされた。
「おいっ!!」
声の後、体が後ろへ引っ張られた。
同時に無残な光景は消える。
「……え? あ、あれ?」
今のは……?
気がつくと、リューグが私を後ろから抱きかかえていた。
みんなは心配そうにこっちを見ている。
心臓がまだどくどく言っていた。
「大丈夫? 私達がわかる?」
ケイナが問いかける。
うなずくと、みんなは表情を若干緩めた。
「どうしたんですか? 突然叫ぶなんて……」
ロッカの言葉にさっきの光景を思い出して、身体の底から冷えていくような感じがした。
多分、あれは……街が乗っ取られていく最中のものだ。
「何か、見えたんですね?」
どこか不安そうにアメルが聞いてくる。
「へ? 見えたって……」
『話してもいいわよ。今の、多分私の力のせいだと思う』
……あ、そっか。
そういえば、エステルには触ったものの時間を「見る」力があったんだっけ。
できれば思い出したくないけど……仕方ないか。黙っているのもなんか嫌だし。
そう思って話そうとした矢先だった。
「大変ですよぅ!!」
パッフェルが血相変えて走ってきた。
「あ、どうでしたパッフェルさん?」
「どうしたもこうしたも……同じなんですよぉ!!」
「同じって、何がだ?」
「スルゼン砦とですよ!! 街のあちこちに死体が転がっているんです!!」
「なっ!?」
みんなが驚くと同時に。
「ガアァァァァッ!!」
壁の中から不気味な雄叫びが聞こえてきた。
声の感じからして、多分大勢。
「なんだ!?」
「まさかマグナ達、見つかったんじゃ……」
私達は顔を見合わせた。
「……っ!!」
ネスが、バルレル達が走り出す。
「俺達も行くぞ!」
「ええ!」
門へ、街の中へ向かって走る。
ガレアノ達や屍人達への恐怖はなかった。
あんなやり方で街の人達を殺し、支配していったんだ。
ここだけじゃない、おそらくスルゼン砦やトライドラでも。
ふざけるんじゃない――!
自然と、拳に力がこもった。
ほのぼのから一転、風雲急を告げる状態。
街が乗っ取られる過程で、やはりこんなこともあったんじゃないかと。
……お約束というツッコミは却下。
悲劇を怒りに変えて、いよいよ対決です。
2004.1.19