第89話
第89話 顕現
門の近くまで来ると、それは次々とやってきた。
人形のような動きのものもいる。反対に異様に猛々しいものも。
共通するのは……それが人間だったけど、今はそうじゃないこと。
そして、それらがある目的のために作られ、操られているということ。
「来たれっ!!」
召喚術で吹き飛ぶ数体の屍人。
「はあっ!」
剣で切り伏せられる鬼。
倒すこと、それだけが彼らを救う唯一の方法。
わかっていても、やりきれない。
この中には軍とは関係ない一般人もいたはずなのに。
『やめておとうさん、おかあさんをささないで!』
さっきの光景が、私の頭に焼きついたまま離れないままだった。
「マグナ、トリス、伏せてっ!」
不意に、アメルが叫んだ。
続いていくつもの銃声。
「くたばりやがれっ、ゾンビどもがぁ!!」
「あなた達みたいなお客さんは、当店ではお断りですうっ!!」
そこに重なるように、召喚術が発動する。
すべてが収まり静かになると、マグナ達がこっちに走ってくるのが見えた。
「みんな、どうして……!?」
「待ってるだけってのはどーも、性にあわなくってなあ……」
肩をすくめながらフォルテ。
「パッフェルさんにお願いして、こっそり街の様子を調べてもらったんです」
アメルがねえ、というようにパッフェルを見た。
パッフェルがひとつうなずく。
「そしたら、スルゼン砦の時とおんなじじゃあないですか……ヤバイって思ったんでこうして助っ人の出前に来たわけですよ、ハイ」
「それに……」
「ほう、わざわざ集まってくれるとは手間が省けますな」
何か言いかけたアメルを、低い声がさえぎった。
鬼や屍人、魔獣……それらを伴って、悠然とこちらに近づいてくる三つの人影。
確かめるまでもなかった。
「キュラー!? それに、ビーニャ! ガレアノも!!」
ぎり、と歯軋りがシャムロックから聞こえた。
「元老院議会ってのはこいつらに乗っ取られていたんだよ……」
マグナが絞り出すような声で言った。
「黒騎士達はこいつらに騙されて操られているのよ!」
その横でトリスが、顔を歪めて叫ぶ。
動揺がみんなに広がった。
「なんだって!?」
「貴様ら……よくも、そのようなことを……!!」
怒りの表情で、アグラ爺さんがガレアノ達を睨みつけた。
しかし、それでひるむような悪魔達ではない。
「キャハハハッ!! 今さら悔しがっても手遅れだよぉ?」
「あなた達にはここで死んでもらいます」
「『鍵』と『器』となる娘どもだけはこちらにいただかせてもらうがなぁ!?」
ガレアノの言葉を合図としたかのように、周りに佇んでいた鬼や死人達が動き出す。
武器を振りかざしながらこちらに向かってくるそれらを、私は遠く離れた出来事のように感じていた。
襲い掛かってくる多くの兵隊よりも、ゲームで楽しんでいるかのように笑っているガレアノ達から目を離せずにいた。
体の奥底から湧き上がってくる何か。
それが一つの方向に向けて走っているのがわかった。
「っ、後ろ!」
誰かが叫ぶのと、肩が掴まれたのはほぼ同時だった。
ああ、これは敵の手か。
いつもの自分にはできないような冷めた思考で、私はその状況を捉えた。
ゆっくりとそいつを振り返る。
そして言った。
「離して」
びくり、とそいつ……角を生やした兵士が震えた。
抵抗する必要なんてない。
こうすればその手が離れるという確信がなぜかあった。
「離して」
もう一度繰り返すと、鬼は怯えるように手を離した。
こっちに近づいていた鬼や屍人も動きを凍りつかせる。
「ほう……?」
キュラーが興味深そうにこちらを見た。
ガレアノとビーニャもニヤニヤ笑っている。
私はゆっくりと口を開いた。
「ここの人、全員殺したの?」
「……そういうことになりますね。ルヴァイド達を除けば」
キュラーが答える。
「全員、ここに集まっているの?」
「そうですね」
いったん質問を止め、辺りを見回した。
……やっぱり、いない。
そして、口から最後の質問が出てきた。
「……女の人や子どもはどうしたの?」
何人かが息をのむのが聞こえた。
考えたくはなかった。
でも、戦う術を持たない人達が無事だったとは到底思えない。
それはさっき見た光景が証明していた。
そして、鬼や屍人達の中にそういう人達がいないということは…
「キャハハハハハッ!!」
ビーニャが嗤う。
それで答えが何なのか、おぼろげながら想像ついた。
「アタシの魔獣ちゃん達が欲しいって言うから、あげちゃった。キャハハハッ、おいしそうに食べてたよぉ?」
「なっ!?」
「ひどい……」
それからガレアノやキュラーが何か言っていた気がしたけど、ほとんど聞こえていなかった。
『なんて、ことを……』
それが自分の気持ちなのか、エステルの声なのかわからなかった。
悪魔に殺され、取り憑かれたシスル。
鬼に変わり果てたトライドラの領主。
魔獣に噛まれて死んだローウェン砦の兵士。
子どもを守ろうとして夫の槍に倒れた女の人と、父親を止めようとした子ども。
それらがぐるぐると、頭に浮かんでは消えていく。
身体が、熱い。
「ふざけんな……」
自然と、その言葉が口をついて出た。
うねるような激情に飲まれつつも、片隅ではやけに冷静に(そろそろ爆発するな)と思っている自分がいる。
「あんた達……」
3,2,1。
人事のようなカウントダウンと共に、それがどんどん強くなっていく。
「何様のつもりよっ!!」
何もかもが、一気に弾けた。
変だった。いつもと様子が違っていた。
険しい表情で立ち尽くすの姿は、真実を知った衝撃もあったかもしれないが、それを差し引いても今の彼女は「何か」が違っていた。
鬼の一人が、その肩を掴む。
だが、それに動揺なり抵抗なりするかに見えた少女は、ただゆっくりと相手を振り返っただけだった。
鬼を見据えるその表情。
それは彼女本来のものでなければ、彼女に宿る存在のものでもなかった。
「離して」
氷の刃のような声が、その口から発せられた。
鬼の体が、目に見えて震える。
それも無理はないと思うほど、異様な迫力だった。
誰だ。あれは一体、誰だ。
誰もが冷や汗を流していた。
らしくないとか、そんな甘いものではない。
人間離れしたともいえる存在感。びりびりするような、それでいて波紋のごとく静かに周囲へと広がっていく怒気。
「離して」
二度目の言葉に、鬼は慌てて手を離した。
他の鬼や屍人、魔獣ですら近づこうとしない。
ガレアノ達三人だけが、己らを睨みつける少女を面白そうに見つめた。
ややあって、はガレアノ達に問いかけ始める。
いつもなら誰かしら何やってるとか、何をわかりきったことをとか言っただろう。
だが、どこからもその言葉は出てこない。
……口を挟めない。
「……女の人や子どもはどうしたの?」
他の質問よりもはっきりした口調でが問う。
言われてみれば確かにそうだった。
街の人間全員が殺された、その中には当然女子どももいたはずだ。
しかし、ここにいるのは男ばかりで女はほとんど見当たらない。
それは子どもも同じだ。
そもそも、憑依召喚術の効果は依代の能力に比例する。
非力な子どもなどに使っても、たいした効果は得られない。それは屍人使い達も承知のはずだ。
ならば……どうした?
その答えは、魔獣使いが嗤いながら告げた。
「キャハハハハハッ!! アタシの魔獣ちゃん達が欲しいって言うから、あげちゃった。キャハハハッ、おいしそうに食べてたよぉ?」
雪で冷えた空気が、さらに温度を下げた。
皆殺しにして、使える者は傀儡の兵として。
使えぬ者は魔獣の餌として。
そのように利用しておきながら、彼らはさも愉快そうに。
「ふん、有効に利用してやったんだ。感謝してもらいたいぐらいだなぁ?」
「ククク、それともあなた方には女性や子どもを使った方がよかったですかね?」
「……このクソ野郎どもが!!」
フォルテは忌々しく吐き捨てると、ガレアノ達に向かって走り出した。
マグナやリューグもそれに続き、行く手を阻む屍人や鬼を迎え撃つ。
そこに呪文の詠唱も加わって…
「ふざけんな……」
ぼそりと。
それまで再び黙り込み、身動きもしなかったがつぶやいた。
「あんた達……」
魔力が揺らめく。
始めにその近くで呪文を唱えていたトリス達が、少し遅れて鬼を一体屠ったばかりのマグナが、そして全員が気づいた。
「何様のつもりよっ!!」
風が吹き荒れた。
その中心に立つ少女から、普段の倍以上の魔力が放たれる。
「!?」
強風に耐えながら、トリスが声を張り上げた。
彼女はやはり、微動だにしない。
やがて、風が収まった時彼らは見た。
紫色に染まった、の双眸を。
今回は二視点で。自分じゃ目の色わかりませんし。
ガレアノ達、兵隊として使えない人はどうするのかなと考えたらえぐい方向に……(汗)
けど、ガレアノとキュラーだけ兵隊作って、ビーニャが何もしないわけないか……
これから色々動き出します。見えるところも、見えないところも。
2004.2.24