第9話
第9話 糸を繰る者繰られる者


 「?」
 どこだろう……ここ。
 真っ暗で、何も見えない。

 なんだか、嫌な感じ。
 早くここから出たくて、私はひたすら歩いた。
 どこまで行っても暗闇で、進んでいるのかすらあやしい。

 不意に、何かが足にぶつかった。
 何だろう……?
 確かめようと下を見て……息をのんだ。
 それは……







 「うー、最悪……」
 「どうしたの、?」
 「ちょっと、ヤな夢見て……」
 トリスにそう返しつつ、私はパンをかじった。

 ……言えるわけない。みんなが死んでる夢見ました、なんて。
 しかも、よりにもよって血塗れで……
 うぅ、また思い出した……妙に生々しかったし。
 ……あー、ダメダメ考えちゃ! 朝ご飯がまずくなる!!
 あんなのただの夢! 正夢なんかじゃない、絶対ならない!!
 頭をぶんぶん降った後一心不乱に食べる私を、他のメンバーは不思議そうに見ていたのだった。





 「……食べ過ぎた……」
 私はベッドに寝そべって呻いた。
 さすがに勢いつけすぎたか……

 ふと、ノックの音がした。
 「はい?」
 「……入っていいか?」
 この声は……ネスか。勉強のことかな?
 昨日は結局、大事をとってお休みになっちゃったし。

 「いいよ」
 起きあがってベッドに腰掛けてから、そう答えた。
 ドアを開けて、ネスが入ってくる。
 「何の用? 勉強の時間? それとも課題?」
 「いや、そうじゃない。僕はこれから出かける。夕方までいないから、今日は夕飯後に来てくれ」
 「夕飯後、ね」

 そっか……薬取りに行かなきゃいけないんだっけ。
 ホントは行きたくないんだろうけど。

 「わかった。それじゃ、夕方まで待ってる。……そうだ、マグナかトリスにでも頼んで街の案内でもしてもらおっかな?」
 わざと明るく言ってあげる。
 多分、ネスが一番心配なのはマグナ達にばれることだと思うから。

 「……そうだな。そうするといい」
 少しほっとした顔で、ネス。
 行ってくる、と言って部屋から出ていった。





 ようやくお腹も落ち着いた頃。
 「!!」
 今度はトリスが部屋に入ってきた。
 ……って言うか、ノックしよーよトリス……
 「どうしたの?」
 「うん、マグナとアメルとで街に行こうって。一緒に行かない? 昨日案内できなかったし」
 「うん、いいよ」
 ミニスにも会いたいし。
 でも、昨日マグナ引っ張り回しちゃったからなあ……今日は気をつけようっと。


 とりあえず近くだから、と劇場通り商店街に入ったところで。
 「あ、きれいな音ですね」


 ぴし。


 アメルは何気なく言ったのだろうが、私はそれどころではなかった。
 そうだ、あれがいたんだ……忘れてた。
 「あそこにいる人が演奏してるのかな?」
 確かにいる。銀髪長髪ハート服、中身は腹黒大悪魔が。
 ああ、行きたくない……
 だが私の思いもむなしく、マグナ達はそっちに行ってしまった。
 ……行きますよ、行けばいいんでしょう。
 あーもう、夢見が悪いのも、郵便ポストが赤いのもぜーんぶあいつのせいだっ!!(←関係ない)
 かなり投げやりな気持ちで、私はマグナ達の後を追った。

 「こんにちは、きれいな音色ですね」
 「いえいえ、私なんてまだまだですよ」
 表向きはいかにもな、吟遊詩人と客の会話。
 でも、多分その裏であざ笑っている。目の前の男は。
 今は直接危害を加えることはないだろうけど。
 なんだか落ち着かない。今朝の夢を、どうしてもそいつと結びつけてしまう。

 「そんなことないですよ!」
 「ふふ、お世辞でも嬉しいですよ。えーと……」
 「アメルです」
 「マグナです」
 「トリスです」
 「アメルさんにマグナ君に、トリスさんですか。……そちらのお嬢さんは?」


 どき。


 嫌だぁぁっっ! 聞くんじゃないっ!!
 でも、私だけ答えないわけにもいかない。

 「……、です」
 「さんですか。私は吟遊詩人のレイムといいます」
 名乗り終えると、レイムはじーっとこっちを見た。
 な、何……?
 落ち着かないんですが。いろいろな意味で。
 「あのー、私が何か……?」
 「失礼。知り合いに似ていたので、つい思い出して」
 知り合い、ねえ……
 ま、いいけど。本当にしろ嘘にしろ、私が会うことないだろうし。

 そして、無難に話は進む。
 「語るべき歌、ですか。……素敵ですね」
 「見つかるといいですね、そんな歌が」
 「ありがとうございます。……では、私はそろそろ行きますので」
 はーっ……やっと離れられる……
 「またお会いできるといいですね。マグナ君、トリスさん、アメルさん、……さん」


 ぞくり。


 ……何!? 今のは……
 「さん? どうしました?」
 「具合でも悪いの?」
 「あ、大丈夫。なんでもないから」
 アメル達にはそう言ったものの。
 今、とても冷たいものを突きつけられたような感じがして怖かった。




 しばらくして、レイムは足を止めた。
 振り返り、先程まで話していた相手を見る。
 一人の少年と、三人の少女。
 今はまだ、自分達を繋ぐ糸に気づいていない。
 「運命は動き出しました。さて、どう出ます、……?」
 最後に誰かの名前をつぶやき。
 吟遊詩人を名乗った男は、風と共に消えた。







 「少し休んだら? ちょうど喫茶店が近くにあるし」
 大丈夫と言ったんだけど、みんなはそう思わなかったようで。
 トリスの提案もあって、喫茶店でお茶にすることになった。

 お店はいわゆるオープンテラスで、ちょっとおしゃれな感じ。
 こういう所でくつろぐって、一回やってみたかったんだよねー……

 「どう、少しはよくなった?」
 「うん、平気。ここのお茶おいしいし、元気出てきた」
 ホント、さっきの寒気も忘れそう……

 「どいてどいて――――っっ!!」
 ……って、この声……
 「待てぇっ! ウチの肉を返せっ、このかっぱらい!!」
 ……やっぱり。
 声に続いて視界に飛び込んできた姿を認め、私はため息をついた。

 「泥棒って、あの子でしょうか? 食べ物をいっぱい抱えてますけど……」
 確認するアメルの横では、マグナとトリスが「またか」という顔をしている。
 騒ぎの張本人……食べ物を抱えたユエルは、もうすぐ私達の前を通過しようとしていた。

 仕方ないなあ、というようにマグナが立ち上がり。
 「どいて――――っ!!どかないと、ユエルがはねちゃう……!!」
 ぞ、と言う前にユエルを押さえてしまった。
 案の定、捕まったユエルはバタバタ暴れ出す。
 だけど、マグナも負けてはいない。逃がさないよう、しっかり押さえ込んでいる。

 「ウゥゥゥッッ……!」
 不意にユエルは暴れるのをやめ、牙をむいて噛みつこうとする。
 でも、そうは問屋がおろさない。
 「えい」
 両手がふさがっているマグナに代わって、私はユエルの口を押さえた。
 抵抗手段がなくなり、ユエルはおろおろし出す。

 そうこうしてるうちに、肉屋のおじさんが追いついてきた。
 「いやあ、ありがとうございます。……こいつめ!」
 こちらに礼を言うやいなや、力一杯ユエルを殴りつけるおじさん。

 「ちょっ、気持ちはわかりますけど落ち着いて!」
 「そうは言いますけどね、こちらは毎日品物を盗まれてきたんですよ?」
 「獲物はみんなで分けるものじゃないか! だから、もらうねって言ったのに!! ケチ!!」
 おじさんを除く全員が「え?」とつぶやく。
 逆におじさんは怒り心頭。
 「もう許さん! 兵士に……」
 「ちょっと待って下さい! ……少し、私達に任せてもらえません?」
 あわてておじさんの言葉を遮ると、私はユエルに向き直った。

 「牢屋に入れられるのは嫌でしょう?」
 「えっ……やだよっ!」
 「じゃ、この人に謝って?」
 「どうして? ユエル、何にも悪いことしてないのに……」
 本気で首を傾げるユエル。

 「お金払ってないでしょ? この世界では、物をもらうのにお金ってものが必要なの」
 「そうだよ。お金を払わないと泥棒になってしまうの」
 「そんなの、知らなかった……」
 ユエルがしょんぼりして言った。
 そういえば、この子もイオス達と同じなんだよね……何も知らずに、利用されて。
 こんなかわいい子をあんな目に遭わせて……おのれカラウス、会ったらボコボコにしたるっ!!

 私が全然別の方向で燃えている間、ユエルはおじさんに謝っていた。
 「……ごめんなさい」
 「この子も反省しているみたいだし、許してやってくれません? お代は払いますから」
 「しかし、また同じことをされたら……」
 「大丈夫ですよ、召喚獣のことは召喚師に任せれば!! ねっ、マグナ、トリス?」

 言われた二人は一瞬ぽかんとしたが、すぐ我に返って、
 「そっ、そうですよ!」
 「きちんと言って聞かせますから!」
 おじさんはまだ不満そうだったが、「まあ、召喚師さんなら……」と言って帰ってくれた。

 「……はい、もう食べてもいいよ」
 「え、いいの?」
 「このお兄さん達が代わりにお金を払ってくれたの。だから安心してお食べなさい」
 アメルの言葉を聞いたとたん、ユエルは嬉しそうにお肉にかぶりついた。
 相当お腹がすいていたらしく、すごい勢いで減っていく。
 5分か10分くらい経っただろうか。たくさんあったお肉は、きれいになくなってしまった。

 「ありがとう! えーと……」
 「アメルです。それと、マグナさんに、トリスさんに、さん」
 アメルが順番に紹介している間、ユエルはうんうん、とうなずいていた。
 「アメル、マグナ、トリス、だね」
 ユエルが指さし確認をする。そのしぐさがまたかわいくて。
 (ありがとうっ! レイムの後に現れてくれて!!)
 思わず感謝してしまった。……だってきつかったもん、あの寒気。

 「ところで、あなたを召喚した人は?」
 「そうよ、帰ってこなくて心配してるかも……」
 あ、爆弾投下。
 案の定、ユエルは怒りだした。
 「心配なんかするもんか! あんな嘘つき、ユエルの主人なんかじゃないよっ!!」
 言って、ユエルは駆けだした。商店街の出口へと向かって。

 「あ、おい!」
 「食べ物分けてくれてありがとう――――っ、じゃあね――――――っっ!!」
 あっという間に見えなくなる。
 マグナ達は神妙な顔で、それを見送っていた。



 マグナ達は知らない。この二つの出会いの意味を。
 は知らない。悪夢と悪寒の意味するものを。
 ……今は、まだ。



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あああ、レイムとユエルいっぺんに出したら時間かかった……
夢入れたせいもありますが。あまりグロくならないよう注意したつもりですけど……(汗)
関係ないけど、八つ当たりって変なフレーズありますね。夕日のバカヤローとか。
次回、やっとミニス登場。