第91話
第91話 立ち込める暗雲
デグレアから脱出し、どうにかファナンまで戻ったものの。
「はあ……」
誰かがついたため息に対し、反応する者はいない。
と言うか、ため息をつきたいのは全員同じなのだ。
まさかデグレアがあんな状態になっているなんて思いもしなかった。
加えての暴走。
そのは例のごとく、眠ったまま未だ目覚める気配はない。
「大丈夫かな、……」
「だいぶ気を消耗したみたいだから、しばらくは寝てると思うけど……」
ミニスのつぶやきに、モーリンが歯切れの悪い答えを返す。
特に怪我や病気をしたというわけではないので、休ませておくしかないのが現状だ。
「そういえばマグナ、手は……」
「あ、平気。まだちょっとぴりぴりするけど」
言いながらマグナが出した手は、傷一つない。
だがこれはアメルが懸命に治癒した結果だ。
の力を受け止めた直後は火傷のように腫れ上がり、いくつもの裂傷ができていた。
「考えてみれば、僕達はあの力が何なのか知らないんですよね……」
ロッカがぽつりと言う。
沈黙が部屋中に満ちる。
……いつの間にかバルレルがいなくなっていたことに、誰も気づいていなかった。
「話には聞いていたけどな。まさかテメエのことだとは思わなかったぜ」
ベッドに横たわり眠るに、バルレルは語りかける。
返答はない。否、期待していない。
起きていたところで、彼女達は何も知らないだろうから。
「よりにもよって、面倒なとこに面倒なもん残しやがって」
それがクレスメントの人間として生まれ落ちたこと。
魂だけとなった彼女が、依り代を得てその子孫達の前に現れたこと。
腹の立つ偶然だ。もし必然だとしたらさらにたちが悪い。
調律者クレスメント。何もかもがそこへと向かっている。
「あの様子じゃ、アイツもろくなこと考えてねえぞ……どう責任取ってくれるんだよ、ったく……」
毒づいても、答えてくれる存在はいない。
もうどこにもいなかった。
「少し、予定を変えようと思うのです」
心なしか嬉しそうに微笑むレイムに、ガレアノ達は困惑の表情を浮かべた。
せっかくやって来た「鍵」と「器」をみすみす逃した。
だからこそ、多少の咎は覚悟していたのに。
「あなた達の報告通りなら、今が最適の時ですからね」
そう前置きして、告げられた言葉は。
「なっ……!?」
少なからず、彼らに衝撃を与えた。
「……本気ですか? まだあれは……」
「力のことでしたら、もう必要なくなりましたよ。わざわざ呼び戻さなくたって、そこにいるんですから」
「は? それはどういう……」
言いかけて、キュラーは視線を背後へと転じた。
足音は聞こえない。
しかし、確かに遠ざかっていく気配を感じる。
ガレアノやビーニャも気づいたのか、その方角をじっと見つめていた。
「聞いていたようですが……よろしいのですか?」
「かまいませんよ」
ガレアノの問いに答えるレイムの顔には、冷たい笑みが浮かんでいた。
「ついでですから、そろそろ我々のことを嗅ぎ回っている鼠さん達には退場してもらいますか」
「あーあ、やっぱりまずいことになったか……」
「だな」
ため息一つついて。
アイシャとセイヤは、地面に腰をおろした。
「しかし……奴らは明らかにわざと聞かれるようにしていたぞ」
「そうね。結界も張らずにあんな話をしたってことは、十中八九私達をおびき寄せる罠だろうね」
再び、ため息。
今度は多少の疲労感が混じっている。
「とはいえ、ほっとくわけにもいかないのよねえ……今あの子に何かあったらこっちも困る」
「そうだったな……まったく世話の焼ける」
「…………」
じろりとアイシャがセイヤを睨んだ。
その視線に気づくと、セイヤはくっくと笑った。
「そうふてくされるな。俺はあの娘のことを言ったのだぞ」
「うるさい」
アイシャはふいと視線を逸らした。
セイヤはしばらく笑っていた。
ふと笑声を収めると、彼は一転して静かな口調で告げる。
「それより、手は打っておいたほうがいいぞ。どうやら思った以上に厄介そうだからな」
「……りょーかい」
そして、2日経った。
「、起きているか?」
ノックするが、返事はない。
まだ目を覚まさないのだろうか。
(……様子ぐらいは見ておくか)
入るぞ、とネスティはドアを開けた。
視界に飛び込んできたのはベッドと窓、それから……
「…………」
ネスティに気づき、ベッドの上で上半身を起こしていたが振り向いた。
「なんだ、起きてい……」
発しかけた言葉が、途切れる。
違うと記憶が、感覚が告げた。
彼女は、じゃない。
「ネスティさん……」
弱く、かすれたような声が彼女の口からこぼれた。
泣きそうな表情。
「が……起きないんです……」
目を伏せて、彼女…エステルは言った。
そして、彼女は一人きりで泣いていた。
自分がしてしまったこと。
見守ってきた存在。
それが何であったのかを、悟ってしまった。
……わかってしまった。
なんてことをしてしまったのだろう。
己の後悔だけが彼女をせめぎ立てる。
こんなつもりではなかったのに。
望んだものは、ただ……
さあ、雲行きがさらに怪しくなってまいりました。
思惑、裏事情絡みまくり。何が何やら。
そして主人公意識不明ははたして何をもたらすのか。
問題を抱えたまま、話はゼラムへと移ります。
2004.3.26