第95話
第95話 占い師とお客様
その後、何ヶ所かぶらついているうちに日が暮れてきた。
「そろそろ帰りましょうか。お夕飯の支度もありますし」
そう言ったアメルだったが、エステルが「あ、待って」と止めた。
三対の視線を浴びながら、遠慮がちに口を開く。
「最後に行きたい所があるの。……いいかな?」
「別にいいけど……どこ?」
「その……メイメイさんの所なんですけど」
全員、「へ?」と言わんばかりに口を開けた。
「メイメイさん? なんでまた」
「もしかしたら、を起こす方法がわかるかも、と思ったんですけど」
見た目こそ単なる酔っ払いだが、彼女の術は本物だ。
だがしかし、マグナは首をかしげた。
「そうかなー……?」
「でも、一応聞いてみたら? ダメで元々なんだし」
けどなあ、とマグナはなおも渋る。どうにも不安らしい。
「とにかく、行ってみましょう」
「そうですね」
結局、気が進まないのはマグナ一人だけのようだ。
「……わかった」
仕方なくうなずくマグナ。
それ以外の選択肢など、残されていないも同然だった。
「……あれ?」
たどり着いたメイメイの店。
その入り口に、普段はない看板があった。
そこには大きな筆文字で『ただいま、放浪中』とだけ。
「放浪って……また、どこかでお酒を飲んでるんだろうなあ、まったく……」
トリスが呆れる。
マグナもため息をひとつついた。
「しょうがない、今日のところはあきらめて……」
「にゃははははははっ♪」
店の中から聞こえてきた笑い声に、全員顔を見合わせる。
初めて聞くアメル以外は、充分すぎるほどよく知っている声だった。
数秒の沈黙の後、エステルが困惑顔で言った。
「……いるみたいですけど」
「な、なんだよ……」
「おーい! メイメイさーん、いるんでしょう!?」
看板を乗り越えて、トリスが店内へ入っていく。
マグナ達も後に続き、声を張り上げようとした時。
「あれ……もしかして……!」
先程とは違う声が、店の奥から響いてきた。
幼い声だ。
続いて、ぱたぱたと近づいてくる足音。
「ああ、やっぱりお兄さんにお姉さん達だ!」
出てきたのは、銀髪の小柄な少年だった。
「エクス?」
マグナが彼の名を呼ぶ。
はい、と会釈してから、少年はアメルに気づいた。
「あ、そこのお姉さんははじめまして。ボクはエクスっていいます」
「あ、はい。はじめまして」
丁寧に挨拶をされ、アメルもつられて頭を下げた。
「んー、なぁにぃ? 顔見知りだったワケなのぉ」
へらへら笑いながら、メイメイも奥から出てくる。
案の定、顔は赤いし、手には酒瓶を持っていた。
「メイメイさんこそ?」
「おぼっちゃまのエクスと酔っ払いのあなたに、どういう接点が!?」
思わずマグナとトリスが尋ねた。
どう考えても、付き合いなどありえなさそうな組み合わせだ。
「にゃははははっ♪ そりゃあ、もちろんただれた秘密の関係ってものよねぇ?」
「い!?」
「え!?」
「…………?」
メイメイの言葉に、マグナ達は硬直する。
ただ一人、意味がわかっていないエステルだけが、不思議そうに彼らを見回した。
「尽くし、尽くされる間柄ってヤツ? にゃはははははっ♪」
「……あの、どういう意味なんですか? メイメイさんの言っていることって」
「……知らなくていいことだよ……」
エステルに真顔で聞かれ、マグナはがっくりと肩を落とした。
側でトリスとアメルも、うんうんうなずいていたりする。
「もう、メイメイ、冗談はやめてよ!?」
エクスが眉を吊り上げた。
それからくるりと、マグナ達に向き直る。
「酔っ払いの言うことだから、信用しないで?」
「う、うん……」
「本当はね、前にボクが危ない目に遭った時に、メイメイの術のおかげで助かったことがあるんだよ」
「命の恩人ってこと?」
「うん、そーゆーこと」
へらっ、とした顔でメイメイが肯定した。
「で、それ以来お酒をおみやげにして時々、遊びに来るの。にゃははははっ♪」
「ここへ来る分にはお目付もついてこないからね。たまに息抜きをさせてもらうんだ」
「なるほど……」
エクスが普段何をしているかは知らないが、外出時にはお目付役がいつも一緒にいることはマグナ達も実際に見ている。
だからこそ、ここはエクスにとって貴重な、羽を伸ばすことができる場所なのだろう。
「そーゆーわけだからぁ、今はちょっと遠慮してほしいなぁ?」
「ごめんね?」
エクスがすまなさそうに頭を下げた。
「ううん、いいよ」
「別に急ぐ用事じゃないし」
本当は一刻も早く知りたいことがあったのだが、さすがにエクスの前でできる話ではない。
息抜きで来ているのなら、なおのこと。
「にゃははははっ♪ やっぱ、お酒はお米で作ったのが最高にゃあぁぁっ♪」
楽しげな声に振り返れば、メイメイはマグナ達の存在など忘れたかのように、至福の表情で酒瓶を傾けていた。
それを示して、トリスが続ける。
「それに、あの調子じゃ酔いが醒めるまではダメだと思うしね?」
「うん、そうかもね?」
エクスが苦笑いを浮かべた。
「ところで、さっきから気になっていたんだけど……」
エクスの視線が、ほとんど話に参加していなかったエステルに向いた。
怪訝そうに首をかしげながら、続ける。
「気のせいかなあ? お姉さん、前に会った時と雰囲気が違うような……」
「そ、そうで……そう、かな?」
出てきた言葉を、慌ててエステルは「風」に言い換える。
まさか馬鹿正直に、本当のことを言うわけにいかない。
「気のせいよ、気のせい!」
「そうそう!!」
トリスとマグナも必死にごまかしにかかる。
「そう? ならいいんだけど……」
「そ、それじゃあたし達はそろそろ……」
「そっ、そうだなっ! また改めて来ることにするよ!!」
汗を大量に流しつつ、不自然に高い声で話を強引に終わらせると、マグナとトリスはエステルとアメルの手をそれぞれ引いて踵を返す。
半ば逃げ出すようにして、彼らは店を後にした。
マグナ達が店を去ってから、十数秒後。
「……行った?」
縦長の道具入れの扉がわずかに開き、隙間から声がした。
「うん、もう大丈夫だよ」
エクスがうなずくと、扉が大きく開いた。
何度か咳をしながら、仮面をつけた女が出てくる。
ごとん、と支えを失ったほうきが反対側の隅に倒れ、埃を上げた。
「ごめんねぇ、他に隠れる所がなくてぇ」
「いいよ、別に。慣れてるし」
言った後、アイシャは再び上がった埃に咳き込んだ。
ようやく咳が収まった頃、アイシャは神妙な顔で問うた。
「……で、どうだった? あんたの見立てでは……」
「相当まずいわね。はっきり言って」
答えるメイメイも、先程までの酔っ払いぶりが嘘のように真剣だった。
「それじゃ、やっぱり……」
「ええ。このままじゃ、あなたの恐れていた通りになる」
しん、と沈黙。
「まずいな……そうなったら、君の言っていたことは……」
つぶやくエクスにも、もはや見た目相応の幼さは見られなかった。
アイシャが軽く舌打ちする。
「あんなの、とっくに当てにならないわよ。多少のズレは覚悟の上だったけど……ここまでやばい事態になるなんて……」
ぎり、と歯噛みする音が響いた。
しばらくうつむきがちの姿勢だったが、やがてアイシャは天を仰いだ。
「あーもう、ほんっとに世話が焼ける!!」
絶叫した彼女に、「まあまあ落ち着いて」とエクスが水入りのコップを差し出す。
受け取って一気飲み。はあ、と息を吐くと、アイシャはメイメイに向き直った。
メイメイが、くすりと笑う。
「……どのみち、ほっとく気はないんでしょ?」
「……まあね。あんなでも一応……だし。本当はいけないことなのはわかってるんだけど」
「何を今更。あれだけ干渉しちゃってるのに、ねぇ?」
「……悪かったわね」
アイシャは深々とため息をつくと、イスに寄りかかるように腰掛ける。
そして、頭を抱えた。
「損な性分よね、私って」
「まあいいじゃない。信じた道を突っ走るのがあなただもの。昔から、ね」
「……なんかその言い方だと、進歩がないように聞こえるんだけど」
「ほめてるんだと思うよ。これでもね」
苦笑を浮かべながら、エクスがつまみをアイシャに差し出す。
アイシャは嘆息すると、つまみを口へと運んだ。
「結局、聞くどころじゃなかったわね」
やれやれ、とばかりにトリスが肩をすくめる。
エステルがそうですね、と苦笑いをした。
「でも、まだダメって決まったわけじゃありませんし……明日、もう一度行ってみます」
「そうね」
それで会話が途絶える。
しばらく、誰もが無言だった。
「あの、マグナさん」
もう少しで屋敷というところで、エステルは意を決したように口を開いた。
「え、何?」
呼ばれたマグナが振り返る。
「が起きたら……また、一緒に遊びに行ってもいいですか? もう一度、それだけでいいですから」
「……うん」
「やったぁ! ありがとうございます!」
彼女にしては珍しく、子どものように飛び跳ねて喜ぶ。
この外出に乗り気でなかったマグナでさえ、思わず笑みをこぼしていた。
トリスとアメルも微笑む。
「嬉しそうだね、エステル」
「そうですね。あんな笑顔は久しぶりに見ます」
「そう……よかった」
長い長い時を経て、ようやく人並みに遊ぶことを経験した少女。
彼女は屋敷に戻って部屋に引っ込むまで、ずっとはしゃいでいた。
ようやく書けました、怪しげな交友関係(笑)
掃除用具入れからコンニチハ。ロッカーって、こういう世界だと何て言えばいいのかな?
ビジュアル的にも妙な組み合わせとは別に、お出かけはほのぼのと終了。
さて、そろそろ本題に戻りますか。
2004.12.25